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2025年06月28日

才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第四十三回 / 寄り道だらけの自転車四国お遍路【前編】

3年ぶりの四国「お遍路」の地へ

ここ数年、来ることができていなかった四国。訪れたい場所のリストは膨れ上がり、自身六度目の四国となる今回は、2ヶ月に及ぶ長期滞在を計画した。私の主たる目的は、未踏の超級山岳を登頂すること。そのためには四国をほとんど一周することになる。

そんな時、ふと思い立った。「ついでに、お遍路に挑戦してみよう」と。

弘法大師・空海が足跡を残した四国八十八か所の寺「札所」を巡るお遍路。その距離は1,400 kmに及ぶとも言われる。実際、現在の八十八か所巡りが整備されたのは江戸時代。真念という僧が『四国辺路道指南』を出版し、札所の位置や道順を整理したことで、誰もがたどれる巡礼路として定着した。

四国八十八か所のお遍路は、一番札所・霊山寺からスタートする。

手探りのお遍路の始まり

私はフェリーで徳島に降り立った。お遍路では「発心の道場」と呼ばれる地。旅に出る決意そのものが「発心」である。

直前まで九州を旅していた私は、北九州の新門司からフェリーで徳島に上陸した。

徳島では、いきなり難所が待ち構えている。阿波三大難所とされる、焼山寺、鶴林寺、太龍寺はどれも登坂距離約4 km、平均10%の激坂。太龍寺にいたっては舗装状態も荒れ放題。激坂を一つ、また一つとクリアすることで、お遍路への決意が固まり、また札所を回ることが日常に溶け込んでくる。

お遍路の難所として有名な「遍路ころがし」。その一つ目の峠「堀割峠」から吉野川を望む。
お遍路を始めて最初の難所となる、阿波三大難所の一つ、十二番札所・焼山寺。
阿波三大難所の二つ目は、やはり激坂の先にひっそりと佇む二十番札所・鶴林寺。

ちょっと変わっているのは、私のお遍路は寄り道が多いことだ。札所とは関係のない超級山岳を登破することが主たる目的だからである。

例えば、高越山(こうつざん)。吉野川から望む美しい三角形のこの山は「阿波富士」と称され、地元の方々には「おこおっつぁん」の愛称で親しまれている。

高越山のヒルクライムの標高差は1,000 m近くに及ぶ。山頂に位置する高越寺は、空海が若き日に修行したとされる地。私は意図せずして、その足跡をなぞるように、自転車でそこに辿り着いた。

高越山は山頂付近まで舗装路が伸び、彼方まで連なる四国の山々を一望できる。

さらにもうひと山。滞在していた美馬の街から最も近い超級山岳「大瀧山」。山頂直下の大瀧寺は、八十八か所にこそ含まれていないが、空海ゆかりの番外霊場をまとめた「別格二十霊場」の最後の札所として知られている。

標高946 m、八十八カ所と別格二十霊場を合わせた百八の霊場の中で最高所に位置する寺院であり、弘法大師がこの山に二度登ったという言い伝えが残る。ここにも空海の足跡があった。

修行に励む空海の足跡

徳島を後にして高知県へ。室戸岬と足摺岬に札所があり、とてつもなく長い海岸線をもつ高知県は、その移動距離の厳しさから「修行の道場」とされる。

室戸岬に位置する二十四番札所・最御崎寺。室戸スカイラインから絶景を望む。

神峯寺のような激坂札所の他に、高知で私が挑んだ超級ヒルクライムの一つが「梶ヶ森」。標高1,399 mにもなる山頂まで舗装路が伸びていて、ロードバイクで到達可能である。

ここでも山頂付近には、空海が修行したとされる岩場や御影堂が点在する。なるほど、この山もまた、弘法大師の修行の舞台だった。

二十七番札所・神峯寺。最終盤1.5 kmの平均勾配は16%を超える超激坂。
山頂1,399 mまで舗装路が伸び、自転車と共に山頂に立つことができる梶ヶ森。過去にヒルクライムレースのコースにもなっている。

「お遍路とは札所を巡ること」だけではないと思えてくる。整備された霊場は、信仰の象徴かもしれない。しかし、空海が修行に励んだのは、誰もが訪れる「札所」だけではなく、人を寄せつけぬような山の中ではなかったか。

西日本の最高標高の舗装道路「UFOライン」にも登坂した。UFOラインの西の起点「土小屋」から望むのは、弘法大師が修行をしたと伝えられる石鎚山。西日本最高峰にして、彼の修行の地。私は彼の後ろ姿を追いかけているような感覚を覚えるようになってきた。

西日本最高峰の石鎚山(1,982 m)を望む、土小屋登山口。石鎚山ヒルクライムレースのフィニッシュともなるここの標高は1,492 m。

空海を追いかける

四国最南端の足摺岬を経由して、「菩提の道場」愛媛県に入った。菩提とは「悟り」に目覚めること。

愛媛で私が挑んだのは、松山と今治の中間地点、頂上に通信塔を頂く高縄山。以前一度登ったことのある山だが、今回どうしても再訪したくなった。というのも、この山にも空海の伝承が残るからだ。この頃になると、私も積極的に空海の足跡を意識するようになってきた。

愛媛県のメジャーセグメントの一つ、高縄山。986 mの山頂まで舗装路が伸び、ヒルクライムが楽しめる。

その昔、彼が山頂の高縄寺を訪ねた際、門前で「頼み申す」と声をかけたが、住職は昼寝の真っ最中。後日訪問した際も同様だったため、空海は札所開基をあきらめて山を下ったという話が残る。

見えてきた「私のお遍路」

空海は四国の地で、目についたあらゆる山に登ったのではなかろうか。私が全身全霊を込めてペダルを踏み込みたどり着いたその山頂には、必ずといって良いほどに空海の足跡がある。どの登坂も「ただの坂」ではなくなる。

ヒルクライムに没頭する時間はどこか瞑想のような時間であり、それはある種の修行のようなものだと思っている。おそれ多くも私は、そんな自分の姿を弘法大師・空海に重ね、新たな登坂との出会いを求めてまた走り出す。

四国一周も後半に差し掛かる。残された札所はもちろん、未踏の山々はまだ多い。これから訪れる山岳でもきっと、「あなたもこの山を見つけましたか」とでも言うように、先に頂を踏んだ弘法大師空海が待っていてくれるに違いない。

標高1,700 mに迫る、西日本で最も高いところを走る道路「UFOライン」。石鎚山脈の稜線に沿って伸びる「天空の道」を駆け抜ける。



才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回  自転車で訪れる八重山諸島
第五回  出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回  東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回  北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回  全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
第三十一回 / 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
第三十二回 / 冬のリゾートで夏を楽しむ ニセコでロングステイ
第三十三回 / 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【前編】
第三十四回 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【後編】【ファンライド】
第三十五回 ワーケーション始まりの地 長野市「八景館」
第三十六回 もうひとつの台湾KOM。 台湾の強豪クライマーたちとの共演
第三十七回 『仙台』お世話になった人たちに会いに行く旅
第三十八回 二ヶ月タイの旅(前編)仲間と年越し、そして一人旅の始まり
第三十九回 / 二ヶ月タイの旅(後編)自転車がつないだ数々の出会い
第四十回 / 「南インド」45日間(前編) 押し寄せる「刺激」の波に飲まれる
第四十一回/「南インド」45日間(後編) 走るほどにインドに染まる
第四十二回 / 「九州縦断自転車旅 友人の顔が浮かぶ道を行く」

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