2023年07月25日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第二十回 / 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
いざ夏の山形へ
大学時代に仙台で自転車を始めた私は、夏が近づくと、気がつけば東北の大地を走っている。これといった理由はない。ただ単純に東北が好きなんだと思う。
今回、山形県を中心に東北地方を訪れたのは7月頭から中旬にかけて。梅雨真っ只中である。雨の中のライドが嫌だという人は多いであろうし、私も例外では無い。しかしこの日ばかりはちょっと違った気持ちであった。
INDEX
いざ夏の山形へ
2つの超級山岳を有する庄内平野
昔の「山寺」 今の「山寺」
私のこの旅の終わりは芭蕉が心を決めた地へ
気の向くままに「みちのく」を走ろう
【今月のワーケーションスポット】酒田「酒田駅前交流拠点施設ミライニ」
『五月雨を あつめて早し 最上川』
ご存知、松尾芭蕉の紀行文「おくのほそ道」の一句である。旧暦の5月は梅雨の時期に当たる。
雨が降ったり止んだりを繰り返す天気の中、私は最上川に沿って走る国道47号を下流の庄内平野から上流を目指して走り出した。山々に降り注いだ雨は最上川へと流れつき勢いを増している。
芭蕉は舟下りを体験した時の印象を込めてこの句を詠んだらしい。この日も厚い雲の下、舟が下流に向かって流れていた。それを眺めながら、同じような光景を見たであろう当時の芭蕉に想いを馳せる。
2つの超級山岳を有する庄内平野
芭蕉がみちのく(現在の東北地方)を旅したのは、元禄2年(1689年)の3月27日〜9月6日。彼が46歳の時である。その距離は約2400 km、期間は約150日に及ぶ長い旅で、中でも東北を歩いたのは梅雨から夏にかけての時期だった。
自転車で東北を走っていると、彼が訪れた土地をよく通過する。
最上川は庄内平野で日本海に注ぐ。鳥海山と月山という2つの百名山をはじめ、日本海以外の三方を山々に囲まれた平野で、酒田と鶴岡という主要な町を要する。夏に訪れると青々とした水田が非常に美しい。
芭蕉が月山をテーマに詠んだ一句がある。
『雲の峰 いくつ崩れて 月の山』
雲の峰(入道雲)が月山に繰り返しぶつかっては崩れる様子が夏本番の情景を感じさせる。今回の訪問は7月上旬。夏本番より少し早い。
ただ、私は真夏の月山も知っている。初めて庄内平野を訪れたのは2019年のお盆。8合目まで自転車で登ることのできる月山にも当然アタックした。天空に向かって高度を上げて、登り切ってから眼下に広がる庄内平野を一望した時は疲れも吹き飛んだ。
庄内平野を挟んでどっしりと構えた鳥海山がすぐに目に入った。「あれは登っておかないといけないな」と思った記憶がある。
その後、複数ある鳥海山のクライミングルートの中で私が初めに選んだのは象潟から上る鳥海ブルーライン。2年後の2021年のことだった。
今回はそれ以来の庄内平野であるが、この5年で3回も訪れていることになる。そのくらい夏の山形は良いのだ。そして今回の旅では未踏のルートを味わうために繰り返し鳥海山に足を運び、どっぷりこの懐の深い山に浸った。
昔の「山寺」 今の「山寺」
さて、雨の最上川を上流へと遡ると、県庁所在地の山形市に到達する。ここには断崖絶壁に建つ立石寺(山寺)がある。ここで芭蕉は有名な一句を詠んだ。
『閑さや 岩にしみ入る 蝉の声』
芭蕉は夕暮れ時にここを訪れたという。人の物音は一切なく、境内は静寂に包まれ、蝉の鳴き声だけが響き渡っていたのだろう。
彼がこの地を訪れてから三百数十年。私は彼とほぼ同じ季節に訪れたが、残念ながら蝉の鳴き声はまだそこまで聞こえなかった。
山寺は山形の誇る超有名な観光地。コロナ禍から少しずつ観光客が戻ってきた今、彼が感じた静けさを体験することはちょっと難しいかもしれないが、この句を反芻すると静まり返った情景が脳裏に鮮明に浮かんできた。
私のこの旅の終わりは芭蕉が心を決めた地へ
山形の滞在から一路、J Pro Tourの石川ロードレースに参戦するために、新幹線と在来線で福島県石川町に入った。
レースを終えた後、石川町の程近くの白河市に滞在してこのエリアを少し楽しんだ。
白河は奈良時代から平安時代頃に国境の関所が置かれ、みちのくの玄関口とされてきた場所である。関所としての機能を失ったあとは、文学の世界で「みちのく」の象徴として数多くの古歌に詠まれたことから文化人の憧れの地ともなった。
現在でも白河は栃木と福島の県境、つまり関東と東北の境となっている。今も昔も白河の関所を越えると東北「みちのく」に入る。
芭蕉は白河でこのように心境を綴っている。
『心許なき日かず重るまゝに、白川の関にかゝりて旅心定りぬ』
江戸を出発して不安で落ち着かない旅の日々が続く。それでも歩みを止めず一歩一歩進んで行くうちに白河の関までたどり着いた。ここまで来ると長い旅を続ける決心がついた。といった内容だ。
東北には旅人を惹きつける魅力があるに違いない。私もUターンして「再びみちのくの地へ」と言いたいところではあるが、それはまたの機会に。今回の旅はここで終わりである。
気の向くままに「みちのく」を走ろう
車も、電車も、もちろん自転車もなかった時代に、徒歩でみちのくを巡って紀行文を残した松尾芭蕉。
この夏は、ぜひ東北地方の旅にふらっと出かけてみることをお勧めしたい。芭蕉や、彼の影を追いかけて東北を歩いた多くの旅人が見た景色、感じた空気を味わいながら、あなただけの「おくのほそ道」を自転車で描いてみてはいかがだろうか?
【今月のワーケーションスポット】
もちろん今回の旅もワーケーションスタイル。おすすめのスポットを紹介したい。
酒田「酒田駅前交流拠点施設ミライニ」
令和2年にオープンした図書館や観光案内所を包括した酒田駅前の交流拠点。地元の人から観光客までたくさんの人が集う。もちろんWiFi完備で、場所によっては食べ物やペッドボトルなどキャップ付きの飲み物の持ち込みも可能。
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回_屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
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著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。