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2023年09月27日

才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第二十二回 / 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜

2720mの頂に挑む

日本の最高標高地点は誰もが知っている富士山頂である。3776m。当然のことながら、その頂にロードバイクで到達することはできない。

ではロードバイクで到達することのできる最高標高地点はどこか。それは日本百名山にも数えられる乗鞍岳の登山口「畳平」に向かう乗鞍エコーラインの最高標高地点である。ここをフィニッシュとするレースがある。

乗鞍ヒルクライムだ。

レースのフィニッシュ付近にある「標高2716m」という名前のバス停。長野県と岐阜県の県境に位置する。

最高の時間を味わうために、あえて試走はしない 

ワーケーションをしながら全国で山々を回っている私ではあるが、一度も乗鞍岳を上ったことはなかった。理由はただ一つ。日本で最も高いところまで上るこのコースを、最高の舞台で味わいたいと思っていたからである。

どんな道も初めて上る時が最も感動に満ち溢れている。その初登攀(とうはん)が全国のヒルクライマーが目標として、この日のために努力を重ねて、その強い気持ちが一堂に介してぶつかり合う「乗鞍ヒルクライム」であったらどれだけ特別な体験ができるだろうか。

リモートワークを利用して、1ヶ月近く前から長野県に滞在していた私は、安房峠、平湯峠、野麦峠や松本平の山々など乗鞍周辺の山岳アタックを繰り返した。しかし、レースの舞台となる乗鞍エコーラインだけは走りたい気持ちを抑えて避け続けた。これもすべて最高の瞬間のために。

乗鞍の北側に位置する安房峠からは穂高連峰を望むことができる。
乗鞍の玄関口、松本には北アルプスの山々へアプローチするための多くの登山口がある。燕岳の登山口「中房温泉」はその代表格。
8月中旬には付け焼き刃の高地トレーニングで御嶽へ。アルプスエリアで乗鞍と双璧をなす独立峰である。

最高の舞台の中、いざ

一番の不安は何よりも天候だった。空模様でコースの見え方はガラッと変わってしまう。乗鞍ヒルクライムという「最高の舞台」はすでに用意されている。あとは「最高のルート」を「最高の天気」で、こればかりを願って何度も何度も天気予報をチェックする日が続いた。

大会当日。私の想いは通じた。

朝4時頃には会場に到着し、夜明けとともに乗鞍岳が目の前に姿を現した。6時過ぎのスタートが近づくにつれて少し霧が立ち込めてきたが、気温の上昇とともに晴れていくことは想像できた。すべてが揃った。

あっという間の56分31秒 8位

優勝候補の選手たちと互角に戦うことは難しいだろうということはわかっていたので、最終盤まで先頭集団で楽しめれば、くらいの気持ちで肩の力を抜いてスタートした。

コースのすべてが初めて走る道である。中盤まではスタート前に立ち込めてきた雲の中、木々の間を縫って走る道を集団は進む。

徐々に人数を減らす集団。そういえば、雲はどこに行ったのか。気付けば晴れている。すでに全行程20 kmの半分以上を消化していて、さらにその後きつくて千切れそうになった頃には10人程度まで先頭集団は絞られていた。

フィニッシュに近づくにつれて、青い空と白い雲、幾重にも重なる山々で視界は満たされていった。

標高を上げるほど薄くなる空気。集団は崩壊して単独走になった。そのタイミングで絶景が広がった。

目を奪われた。キツさはどこかへ飛んで行った。ペースを刻むのはまったく苦ではなくなった。むしろ、もうすぐこのクライミングが終わってしまうことに寂しさが込み上げてきた。このままこの舞台でずっと上り続けることができたら幸せなのに。ここまで取っておいた最高のクライミングなのだから。

これが日本最高峰に至るヒルクライムだ。大事に一歩一歩ペダルを踏み込んで、とうとう視界から長く続いてきた上り坂が消えた。全身で乗鞍を感じながらフィニッシュを迎えた。

悔しさは無かった。順位はどうでも良くなっていた。

完走証。順位が書かれていないことが、このレースにはとても似合っているように感じられた。

乗鞍に取り憑かれたクライマーたち

山頂では私より早くフィニッシュした7人の選手が興奮を隠せない様子でレースを振り返っていた。誰もが私よりずっとこのレースにかけて努力してきた選手たち。彼らを虜にするこの山の魅力を私はこの1時間足らずで十分に感じることができた。

そして、それは必ずしも上位者だけに言えることではない。参加者3000人を超える各々が特別な思いを持って日本最高標高地点を目指して上ってくる。

この5年で93回乗鞍に上ったという筧五郎さんと話をしながら、彼らの最後のひと踏みを最高地点で応援した。

初めて乗鞍を知った私。優勝経験もあり乗鞍のすべてを知り尽くした筧五郎さん。五郎さんの言葉は心に響いた。

「来年本気でやってみろ。優勝しろ。無冠の、ただの山好きの自転車乗りで終わる気か。勝つんだよ」

フィニッシュ地点で写真を撮っていたらカメラ越しに現れた筧五郎さん。今大会、乗鞍にもっとも多く上っているクライマーは五郎さん、もっとも上っていないのが私だろう。

ここはゴールか、それともスタートか

レースの興奮が冷めないうちに、その勢いで松本の盆地を挟んで乗鞍と反対側の鉢伏山をアタックした。

鉢伏山から眺める乗鞍は雲が少し出てきて霞んでしまってはいたが、先ほどまでのクライミングは鮮明に頭の中に刻まれている。

来年またこの舞台に戻ってくるだろうか。まだわからない。レース中に肌で感じた優勝を狙う選手たちの気持ちのぶつかり合い。それに挑むには、半端ではない覚悟が必要だ。

来年、スタートラインに私の姿はあるだろうか。私の心は少しざわめいていた。

乗鞍に勝るとも劣らない絶景を見せてくれる鉢伏山。写真右奥の雲の中に乗鞍がある。つい数時間前の出来事を脳内で反芻する。
これといって特別な準備はしなかったが、レース前に珍しく揚げ物には手が伸びなかった。こんなことは5年以上なかったと思う。ということで、レース後には松本名物の「山賊焼き」を頬張った。

才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回  自転車で訪れる八重山諸島
第五回  出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回  東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回  北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回  全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅

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