2025年04月24日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第四十一回 / 「南インド」45日間(後編) 走るほどにインドに染まる

「南インド」45日間(前編)はこちらより
「Hey Bro(やあ、兄弟)!!」
インドを旅していると、本当にいたるところで声をかけられる。
ここは私にとって初めて訪れる南インド。知人が歩いているわけもなく、彼らはほぼ間違いなく、私の知らない「他人」である。
けれど、インドの人たちはそんな垣根を軽々と超えてくる。初対面でもすぐに打ち解け、数分会話しただけで連絡先を交換し、「困ったことがあったらいつでも連絡してくれ」と言ってくれる。その人との「近さ」には驚かされる。
急にプライベートに踏み込むことを「失礼」と感じる日本人とは、まるで真逆の距離感。
けれど、こうしたコミュニケーションが心地良くなってきた時、私は「インドに慣れてきている」と感じるようになった。
「滞在」から「移動」へ。旅のはじまり
旅の序盤、私は南インドの都市・コインバトールに10日ほど滞在していたが、そこから南へと移動を開始した。ディンディガルという山間の街に2週間ほど腰を据え、周囲の山岳エリアを走り尽くしたのち、さらに南へ。ついにインド最南端・カーニャクマリにたどり着いた。
南に尖った三角形を描くインド亜大陸の突端。ベンガル湾、アラビア海、インド洋という三つの海が交わるこの場所では、水平線を背にした朝陽も夕陽も望むことができる。
それだけでも特別だが、ここはヒンドゥー教の聖地としても知られ、独特の厳かな雰囲気をまとっていた。
人との出会いと同じくらい、景色との出会いもまた旅の醍醐味だ。足繁く通った南インドの山々と同じく、このカーニャクマリも、この旅のハイライトといえる場所だった。
「最南端」と聞いて胸が高鳴らないサイクリストはいないだろう。
まるで複数の「国」の集まり「インド」
最南端に到達したあとは、アラビア海沿いを北上。州境を越えて、タミルナドゥ州からケララ州へと入った。
「州をまたぐ」といっても、インドにおいてそれは「国境越え」に近い感覚である。言葉も文字も異なり、インド人同士ですら母語での意思疎通ができないことも珍しくない。
宗教構成も違えば、食文化も変わる。ケララ州ではイスラム教徒やキリスト教徒が多く、ヒンドゥー教徒が食べない牛肉がレストランのメニューに並んでいた。
気候の違いも想像以上だった。両州の間には、インド西縁を南北に貫く「西ガーツ山脈」がそびえている。この山脈を境に、天気ががらりと変わる。
旅をしたのはちょうど3〜4月、乾季から暑季へと移ろう時期。海沿いのケララでは湿度が高く、夕立に見舞われることもしばしば。何度も雷雨に足止めされ、宿にたどり着けず予定が大きく狂うこともあった。
インドの宅急便事情
もうひとつ、思いがけず苦労したのが「宅配便」だった。いや、思いがけずというより「やはり」というべきか。
ディンディガルからケララへと、PCなどを入れた大きなバックパックを先に送り、最低限の荷物だけで自走するスタイルをとったのだが、荷物が届くまでにかかった日数は、なんと7日間。
滞在先が山の懐の田舎町だったことや、宅配便が休みの日曜日を挟んだことも影響したであろうが、今までの他国では経験したことのない事態だった。一方で、最低限の荷物だけでも自転車生活を維持できることは、ひとつの発見でもあった。
インドは「人」の国
インド滞在中、何度も何度も苦難に直面した。そのたびに、誰かが手を差し伸べてくれた。
宅急便の手配を手伝ってくれた、インドで知り合った友人たち。軒下での長時間の雨宿りを快く受け入れてくれて、チャイまでご馳走してくれたバイク修理屋の店主。キャンセル料を免除してくれた、雨でチェックインが一日遅れたホテル。
そして私は、南インドをぐるっと回って、旅の始まりの地・コインバトールに無事戻ってくることができた。
滞在45日間で走った距離は、4,400 km。
インドに来た当初は、すべてが未知で、文化の違いに戸惑い、友人もいなかった。
けれど今なら、この国でどう自転車旅を組み立てていけばよいのか、はっきりとイメージできる。
インドでは「向こうから声をかけてくる人には気をつけろ」とよく言われる。詐欺が多いから、と。
けれど、私が経験した南インドでは、そんなことはなかった。声をかけてくる人はみんな、右も左もわからない私のことを、助けようとしてくれた。彼らのおかげで、私は旅を続けることができた。
世界最多の人口を抱えるこの国の人たちが、この地で再びロードバイクに乗る日本人を見ることがあるだろうか。きっとある。そう思う。
到着したときに強烈に感じた、あの独特の「インドの匂い」。それも今ではすっかり馴染んでしまって、もう感じなくなった。
この匂いが日本で完全に抜け落ちた頃、またきっと私はインドを恋しくなっている。そんな気がする。
「Hey Bro!!」
その時はしつこいくらいに声をかけてきてくれて、あっという間にインドの空気に引き摺り込んでくれるに違いない。

- 『インド45日間自転車旅』のYouTube動画はこちら
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
第三十一回 / 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
第三十二回 / 冬のリゾートで夏を楽しむ ニセコでロングステイ
第三十三回 / 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【前編】
第三十四回 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【後編】【ファンライド】
第三十五回 ワーケーション始まりの地 長野市「八景館」
第三十六回 もうひとつの台湾KOM。 台湾の強豪クライマーたちとの共演
第三十七回 『仙台』お世話になった人たちに会いに行く旅
第三十八回 二ヶ月タイの旅(前編)仲間と年越し、そして一人旅の始まり
第三十九回 / 二ヶ月タイの旅(後編)自転車がつないだ数々の出会い
第四十回 / 「南インド」45日間(前編) 押し寄せる「刺激」の波に飲まれる
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著者プロフィール

才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。