2024年11月20日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第三十六回 もうひとつの台湾KOM。 台湾の強豪クライマーたちとの共演
季節外れの台風の影響を受けたレース
路面を叩きつける雨は、その勢いを一層増したかのように思われた。夜がうっすらと明けてきた中、大きな集団となって突き進んできたサイクリストたちは、突如ペダルを踏むのをやめるように告げられた。
混乱の中、レースの中止が決定した。台風の影響で、前日から降り続いた雨により、地滑り警報が発令されたためだった。
台湾の道路最高地点である標高3275 mの武嶺(ウーリン)にフィニッシュする世界最大標高差のヒルクライムレース「台湾KOM」。全長150 km、獲得標高4000 mを超えるレースは、スタートからわずか25 kmで閉幕した。
突然のメッセージ
今大会は、私にとって8度目の台湾KOM参戦だった。例年通り、気心知れたジャージメーカーのSUNVOLTの皆さんや、山の神・森本誠さん夫妻と一緒に遠征をしていた。
レース後に宿泊予定であった台中市街に車で戻ってきた私たち。レースは中止になったが、夜の打ち上げは例年通り開催された。円卓を囲んで、ビールを飲みながら、台湾料理で盛り上がる。
レース中止時に、軒下で雨宿りをしながら残念な表情を浮かべる参加者たち。その中で、私は安堵していた。豪雨に当たりながらフィニッシュに辿り着くイメージが持てなかったのである。
しかし、やはりいつもの、台湾最高地点にフラフラになりながら到達したあとの打ち上げとは何かが違う。確かに仲間との食事は楽しいのだけれど、何かが足りないのである。
その時、スマートフォンに一件の連絡が入った。
こんばんは、才田さん。
今週の日曜日(中止になったレースの二日後)に、埔里(プーリー:台湾中西部の町)から武嶺に登るのですが、興味はありますか?たくさんの台湾トップクライマーたちが集います。
台湾のトップホビークライマーの一人、陳世宜さんからの招待状だった。
台湾KOMのコースは最高峰「武嶺」に東側からアプローチするが、サイクリングやトレーニングでは、台中をはじめとした都市が集まる西側から登るのが一般的である。大都市圏からアクセスが容易だからであろう。西側から武嶺へ登る場合のスタート地点が、埔里という町になる。
実は台湾に渡る前に、私は落車していた。そのために深い呼吸や、ダンシングをすると、肋骨に痛みが走る状況だった。まともに10日ほど走ることもできていない。レースは多少の痛みがある中でも出場に踏み切ったが、この誘いには少し迷いがあった。
それでも、いつか走ってみたいと思っていた、未踏の西側からの武嶺へのヒルクライム。しかもこれ以上ないメンバーが集まりそう。迷いは早々に消し飛んで、心はすぐに決まった。
もうひとつの「台湾KOM」
この武嶺へのアタックは、一人のイタリア人サイクリストのために準備されたものだった。
台湾に3ヶ月間滞在し、トレーニングをしていたマルコである。彼の目標であった台湾KOMが中止になってしまったのを受けて、帰国直前の彼に、最高の舞台を用意する。そのために台湾の強豪クライマーが集まる。もし、台湾KOM後も滞在しているのであれば、ぜひ参加してほしい、ということだった。
早朝に、台中の私の滞在先まで迎えにきてくれた陳世宜さんの車に乗り込んだ。埔里に到着したのは5時半頃。集まったメンバーと挨拶と記念撮影を済ませて、予定通り朝6時にアタックが開始された。
目指すは標高3275 m、台湾最高地点の武嶺。総距離53 km、標高差2800 mにも及ぶ大スケールのヒルクライムとなる。
序盤は平坦基調。ローテーションしてタイムを稼ぐ。脚の反応が良く無い気がする。久々に本格的に強度をかけるのだから当たり前。長時間の戦いになるし、徐々に良くなるはずと言い聞かせながら進む。
勾配が増してくると、15 kmくらいの地点で、すでに残ったメンバーはマルコと台湾人の余さん、そして私の3人に。しばらくすると、私もローテーションをスキップせざるを得なくなった。私のコンディションはやはり悪かった。約18 km地点、総距離のわずか三分の一ほど、1時間たらずでドロップした。
なんと長い一人旅だろう。私より先に千切れた他のクライマーにもパスされながら、「やめなければ終わりはくる」と、諦めずにペダルを踏んだ。永遠とも思える長いクライミング。アタック開始から2時間50分。なんとか山頂にたどり着いた。
新しい仲間と共に回収した、足りなかった「何か」
登りで散り散りになったメンバーは、それぞれが巨大なヒルクライムと、そして自分自身と戦った。登頂したみんなで武嶺の石碑の前で写真を撮る。今年もこの絶景を見ることができた。私は今までの訪台の全てで武嶺に登頂している。今回も、その頂に立つことができた。
自転車という共通点があるからこそ、人との繋がりが広がっていく。それを改めて感じた台湾の旅。レースとは違う充実感に満たされた心を胸に、長いダウンヒルに入った。
新しい仲間と共に。
武嶺アタックのSTRAVAアクティビティhttps://www.strava.com/activities/12753559716
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
第三十一回 / 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
第三十二回 / 冬のリゾートで夏を楽しむ ニセコでロングステイ
第三十三回 / 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【前編】
第三十四回 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【後編】【ファンライド】
第三十五回 ワーケーション始まりの地 長野市「八景館」
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著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。