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2024年07月23日

サイクリングサイエンス コラム第三十六回/サイクリストに筋トレは必要?

私たちサイクリストは一般的に持久系のスポーツに分類されます。そのため、筋トレで筋肉をゴリゴリにつけるのは競技に対し大きなメリットをもたらもたらさないように感じます。

しかし、サイクリストに筋トレは必要かという問いに対する答えはイエスです。しかも、どの競技レベルにおいてもお勧めできると断言できます。
なぜサイクリストを始めとする持久系競技者にとって筋トレは有効なのか、そしてなぜサイクリストは筋トレを避けるのか、この部分について解説していきます。

なぜサイクリストは筋トレを忌避するのか

この質問の前提にある「そもそもなぜサイクリストは筋トレをしたくないのか」という潜在意識に目を向けてみましょう。これには、サイクリストにはびこる筋トレの誤解が隠れています。
サイクリストが筋トレを嫌がる理由の1つに『筋トレで鍛えられる筋肉とサイクリングに求められる筋肉が違うから』が挙げられます。具体的には遅筋と速筋の違いです。

筋肉には大きく分けて2種類あるのは皆さんもご存知かと思います。正確に表現すると、筋肉を構成する筋繊維には大きく分けて2種類あります。このコラムでは便宜上タイプ1とタイプ2として説明します。
タイプ1は、筋肉のパワーは大きくありませんが、長持ちする筋繊維 = 遅筋として知られています。一方のタイプ2は、大きな力を出せるものの短時間しか使えない筋繊維、こちらが速筋として知られています。

図1:筋繊維の種類

サイクリングなどの長時間行うスポーツではタイプ1が鍛えられ、短時間で大きな負荷をかける筋トレではタイプ2が鍛えられると広く知られています。

『筋トレをやったところでサイクリングで使うタイプ1の筋肉は鍛えられず意味がない』という主張はサイクリストが筋トレをしない理由としてしばしば挙げられます。

さて、この理由はもっともらしいですが、この筋繊維とトレーニングの理解には多少の誤りが含まれています。

誤解1:筋トレで鍛えているのは両方の筋繊維

まず、筋トレではタイプ2しか鍛えられないと信じられていますが、実際のところ筋トレではタイプ1タイプ2双方の筋繊維に刺激が入ります。すなわち筋トレをしている限り、その筋肉の最大パワーも持久力もどちらも向上しているのです。
確かにフリーウェイトといった重たい重量を扱っている場合、最も負荷がかかっているのは下肢の筋肉群ですが、それだけではなくバランスを取るための体幹部の筋肉にも長時間負荷がかかっています。筋トレをして鍛えられるのは速筋だけではなく、遅筋にも同時に刺激が入っているということです。
刺激の割合でいうと、サイクリングと比較すると速筋メインで鍛えているのは事実ですが、この速筋も実はサイクリングにおいて重要な役割を果たします。サイクリングにおける速筋の役割について、もう一つの誤解を絡めて解説します。

誤解2:自転車競技は両方の筋繊維を使う

もう一つの誤解とは、サイクリング中には遅筋であるタイプ1しか使っていないというもの。
実際のところ、サイクリング中にはタイプ1、2の両方の筋繊維を使っています。筋トレでタイプ2を鍛えてあげることで、サイクリングの能力が向上するわけです。
なぜ短時間しか持たないはずの速筋の向上が、持久力向上につながるのでしょうか。ここにはエネルギー効率が関わってきます。

理解を深めるため、2人のサイクリストを例に挙げて考えてみましょう。

1人は1分間での最大パワーが300Wのサイクリスト。もう1人は最大パワーが200Wのサイクリスト。この2人が150Wで一定時間サイクリングをした場合、どちらのサイクリストの方が長時間ライドできるでしょうか?

答えはいたって単純です。
最大パワーの大きい300Wのサイクリストの方が長時間サイクリングを行うことができます。最大パワーが300Wのサイクリストにとって、150Wのサイクリングは相対的に楽になるからです。

図2:サイクリストエコノミーの例。

このように、持久力とは有酸素能力だけでなく、無酸素領域である最大パワーにも比例しているのです。
この概念は、スポーツサイエンス領域ではサイクリングエコノミーと呼ばれています。サイクリングエコノミーとは、比較的強度の低い運動に、どれほどエネルギー量(酸素量)を使うかという概念です。車でいえば燃費に相当する概念です。
一般的に、最大パワーが大きければ大きいほどサイクリングエコノミーは良いと考えられています。低いパワーに長時間耐えられるということです。なぜなら、最大パワーが高い人にとってそのパワーは相対的に小さいものになるため、必要なエネルギー量、酸素量が少なくて済むからです。
最大筋力や筋肉の量は、一見すると持久力に関係ないと思うかもしれませんが、サイクリングエコノミー = 省エネ性を増す意味では、非常に重要なファクターです。
ではこの最大パワーを増やすにはどうすればいいのでしょうか。その最適解の一つが負荷の高い筋トレです。

筋トレは体重を増やす?

サイクリストが筋トレを嫌がるもう一つの理由に体重の増加があります。同じ体積の脂肪と比べ、筋肉の方がより重たいのは皆さんご存知かと思います。筋トレをすることで自転車では使わない”無駄な筋肉”をつけてしまい、体が重くなって坂道を上るのが遅くなってしまうのでは、と筋トレを恐れている人も多いでしょう。特にこの傾向はヒルクライマーと呼ばれる人に多い印象です。

しかし、これもよくある筋トレの誤解です。
そもそも筋肉だけで体重を増やすのは皆さんが思ってる以上に過酷です。筋トレで体重を増やすと聞くと、ついムキムキマッチョの大柄なボディービルダーを想像してしまいますが、あれは筋肉のボリュームを増やすことに人生を捧げた人たちの努力の結晶です。
単なるサイクリストが筋肉だけであそこまで体重を増やすのは、理論上ほぼありえないことを強調しておきます。

なぜそこまで増えないのかというと、サイクリストがプラスアルファでやる程度の筋トレ量ではそれほど筋肉量が増えないからです。2018年の研究によると、筋肉のボリュームを増やすには筋トレの負荷ではなく、トレーニング量が重要であるという結果が出ています。サイクリストがプラスアルファで行うような週1、2回の筋トレでは、坂道を上るのに邪魔になるほどの筋肉量が増える事はほぼありえません。安心して筋トレしましょう。

実際には、体重は増えなくても筋トレを行うことで筋肉に刺激が入り、最大筋力を向上することができます。つまり体重は重たくならないけれど、強くなれるわけです。
仮に筋肉のみで体重が増えたとしても、その体重増加の殆どは水分です。筋肉には筋肉そのものの重さの2〜3倍量の水分とグリコーゲンを溜め込む性質があります。例えば、筋肉で体重が1kg増えた場合、そのうち筋肉は200-300g程度で残りは水分です。水分と筋肉の増加に伴う体重増加は、サイクリングのパフォーマンスにはほとんど影響がなく、むしろ良い影響が大きいという研究結果もあります。
筋トレによる体重増加は恐るるに足りません。

エンジョイ勢にも筋トレは効果

ガチ勢ではなく、健康のために自転車に乗っているエンジョイ勢にも筋トレはお勧めです。なぜなら、有酸素運動に筋トレを混ぜることで健康効果の増大が期待できるからです。
有酸素運動は基本的に心血管系の病気、糖尿病、高血圧といった生活習慣病を改善すると広く知られています。詳しくは強度の回
しかし最近の研究では、有酸素運動に筋トレを加え筋肉量を維持、もしくは増大させることも非常に重要であるとわかってきました。
以前のコラムでも紹介しましたが、有酸素運動だけでは筋肉量を増やす効果はあまり期待できません。有酸素運動に筋トレを交えることで、筋肉量を維持もしくは増大させ、筋肉から分泌される健康物質マイオカインをより増大させる効果が期待できます。
健康を意識したいのであればこそ、自転車だけではなく自宅でできる筋トレを追加してみましょう。

レースシーズン以外に週一から

筋トレは具体的にどれぐらいの量を行えばいいのでしょうか。
すでに自転車でのトレーニングを行っている方であれば、レースが控えていないオフシーズンや中間シーズンに週一回+α程度で十分です。ここで行う筋トレの目的はあくまで自転車の能力をサポートすることであり、筋肉をムキムキに大きくすることではありません。レースが入るオンシーズンは、強度の高い自転車のトレーニングにのみ集中し、筋トレの必要はありません。強度の高い自転車トレーニングに加え、ボディビルダーのように週3回以上も筋トレを高頻度で行うと、怪我やオーバートレーニング症候群の引き金にもなり得るため、あくまでサブ練習として筋トレを取り入れましょう。

健康を意識するエンジョイ勢も基本的に週1で充分です。慣れてきたら頻度を増やしても構いませんが、あくまでサブ練習。メインは自転車の練習に集中しましょう。


参考文献

Sunde A, Støren O, Bjerkaas M, Larsen MH, Hoff J, Helgerud J. Maximal strength training improves cycling economy in competitive cyclists. J Strength Cond Res. 2010 Aug;24(8):2157-65. doi: 10.1519/JSC.0b013e3181aeb16a.

Swinnen W, Kipp S, Kram R. Comparison of running and cycling economy in runners, cyclists, and triathletes. Eur J Appl Physiol. 2018 Jul;118(7):1331-1338. doi: 10.1007/s00421-018-3865-4. Epub 2018 Apr 16.

Blagrove RC, Howatson G, Hayes PR. Effects of Strength Training on the Physiological Determinants of Middle- and Long-Distance Running Performance: A Systematic Review. Sports Med. 2018 May;48(5):1117-1149. doi: 10.1007/s40279-017-0835-7.

Schoenfeld BJ, Contreras B, Krieger J, Grgic J, Delcastillo K, Belliard R, Alto A. Resistance Training Volume Enhances Muscle Hypertrophy but Not Strength in Trained Men. Med Sci Sports Exerc. 2019 Jan;51(1):94-103. doi: 10.1249/MSS.0000000000001764.

Šuc A, Šarko P, Pleša J, Kozinc Ž. Resistance Exercise for Improving Running Economy and Running Biomechanics and Decreasing Running-Related Injury Risk: A Narrative Review. Sports (Basel). 2022 Jun 24;10(7):98. doi: 10.3390/sports10070098.

これまでの記事はこちら
第1回 サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係
第12回 結局は普通が一番な脂質
第13回 強者必睡の理をあらはす
第14回 え? 私の起床時間早すぎ?
第15回 筋肉の冷静と情熱の間
第16回 心身暑慣すれば夏もまた涼し
第17回 君子の飲料は淡きこと水の如し
第18回 花は半開を看、水は適量を飲む
第19回 健全な精神は何処に宿る?
第20回 体動けば食指動かず
第21回 罪悪感なく飲むために
第22回 リバウンドの危機
第23回 サイクリストのスキンケア
第24回 ヘルメットの重要性
第25回 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【前編】
第26回 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【後編】
第27回 あしつり大解剖
第28回 No music, No sports.音楽がパフォーマンスに影響する!?
第29回 運動に適量はある?
第30回 ダイエットシリーズ第1弾 体重とは何
第31回 ダイエットシリーズ第2弾“痩せる”のに運動は本当に必要?
第32回 ダイエットシリーズ第3弾 減らすべきは脂質? 糖質? カロリー?
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