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2024年02月24日

サイクリングサイエンス コラム第三十三回/「運動の強度違えば効果も隔てり」

運動の強度が違うと得られる効果も異なる

皆さん、普段のライドではどのように強度を決めていますか? 心拍数やパワーメーターのデータをもとにライドの強度を決める方、距離や時間に応じて強度を決める方など、様々なやり方で強度を決めライドに臨んでいることと思います。

このコラムでも度々登場している”トレーニング強度”ですが、強度によって身体に起こる変化は異なります。今回は、トレーニングの強度が我々の身体にどのような影響をもたらすのか、改めて具体的に解説していきます。

強度は大きく3種類に分けられる

強度とはトレーニングにおいて”どれぐらいしんどいか”という主観的な感覚のことです。このしんどさはあくまで主観的なため、トレーニング強度は個々人で異なります。さらに、同じ人でもその時々の体調やコンディション、トレーニング状況が異なればその日の強度も変わってきます。

このように様々な要因で変動するトレーニング強度ですが、起きる効果の違いによって大きく3種類に分類することができます。具体的には低強度有酸素、高強度有酸素、そして筋トレ(無酸素)です。

図1:トレーニング強度の大まかな分類。筆者作成

筋肉の量と質を増やす『筋トレ』

1つ目は筋肉にアプローチする筋トレ、正式名称はレジスタンストレーニングと呼ばれているものです。10回から20回程度繰り返すのが限界、という非常に強い強度が該当します。
筋トレはその名の通り、筋肉にダイレクトな効果を発揮します。

具体的には
筋量増加:筋肉の量を増やす
神経作用:筋肉を支配する神経の反応を良くする
筋力増加:筋肉の力を大きくする

など、主に筋肉の能力を全体的に向上させる効果が見込めます。

筋トレのメカニズムは、動かした筋肉にダメージを与え、その後回復するときに「ダメージを受ける前よりも強くしよう」という修復機能を利用し筋肉を大きくしたり強くしたりする、というものです。

ただし、筋トレによる筋肉の向上にはいくつか条件があります。1つ目は、鍛えられるのは骨格筋に限られることです。内臓などに付いている自分の意思では動かせない不随意筋(平滑筋)は、筋トレをしても鍛えることはできません。

2つ目は、鍛えられる筋肉はトレーニングで動かしている箇所に限られることです。人間には400を超える骨格筋が存在しますが、これらをすべて同時に鍛える筋トレというものは存在しません。

テストステロンによる筋肉増強

実のところ、筋トレ以外の方法で骨格筋すべてを大きくする方法は無いわけではありません。男性ホルモンのテストステロンを投与すると、筋トレせずとも骨格筋全体の量が増えることがわかっています。男性が女性と比較して筋肉の量が多いのはこのホルモンの影響です。

ドーピングで知られるステロイド剤もこのテストステロンと同様の筋肉向上作用を持つため、トレーニングをせずとも筋肉全体を大きくする事は可能です。しかし当然ですが、ステロイド剤を使った筋肉の増強は命に関わるような副作用を伴います。

テストステロンの量は年齢とともに減少するため、加齢に伴い筋肉の量が低下します。そのため筋肉量が減らないようにするには、テストステロンに頼るのではなく筋トレによって常に筋肉に刺激を与え筋量を維持するよう努める必要があります。

筋トレのポイント

筋トレの大事なポイントは、適切な刺激を与えることです。筋肉にダメージを与えないとそもそも再生の工程が発生しません。この再生を促すほどの刺激は、かなり強度の高いトレーニングが必要となります。せいぜい10回程度が限度という強い強度が最適な負荷とされています。

一方で、筋トレの難しいポイントは強度設定と栄養面でのサポートが必要な点です。
筋肉の成長を促すには適切な負荷が必要ですが、かなり重たい負荷を与えるため常に怪我のリスクがつきまといます。また、負荷が高いため同じ部位を毎日トレーニングすることは基本的にできません。負荷の大きさを度外視しても、筋トレは鍛える→休むまでセットで行わないと筋肉の成長が発生しないため、やはり同じ部位を毎日行う事はできません。これらを踏まえ、個々人に合わせた適切なトレーニング強度と休息を含めた設定が必要です。

筋トレを行ってもカロリーやタンパク質が不足すると身体は筋肉に栄養を届けてくれず、筋肉量は増えません。筋トレだけしていれば筋肉が増えるわけではなく、栄養を必要量摂取するところにも筋トレの難しさと奥深さがあるのです。

図2:筋トレにおいて大事なこと。トレーニングは入念な計画も必要である。筆者作成

心肺機能を向上させる高強度有酸素運動

筋肉が運動能力のすべてを決めるわけではありません。サイクリストや持久系競技者にとっては心肺機能、つまり酸素を効率よく全身に送る循環機能も非常に重要です。なぜなら、長時間続く耐久スポーツにおいては、筋力よりも酸素運搬能力の方が成績に直結するからです。

この酸素運搬能力というものは、主に4つの因子から成り立ちます。
心臓の力
肺を動かす力
血管を隅々まで充足させる力
エネルギー工場であるミトコンドリアの力

そしてこれらの4つの因子すべてに対して効果があるのが高強度の有酸素運動です。

図:酸素運搬能力の4要素。筆者作成

高強度有酸素運動は、具体的には1分から3分位ギリギリ続けられるほどの強度です。先程の筋トレよりも少し強度は下がりますが、それでも体感ではかなりしんどい強度でしょう。
筋トレ経験者であればわかると思いますが、筋トレ単体では心臓はそれほどドキドキしません。つまり、筋トレをしても心肺機能はそれほど向上していないのです。筋トレはあくまで筋肉を成長させるための負荷であり、心臓や呼吸器などの心肺機能を向上させるためには運動継続時間が短すぎるのです。心肺機能を向上させるには、心肺機能に最適な負荷と時間でトレーニングを行う必要があります。それが高強度有酸素運動です。

酸素運搬能力を高めるために最も効率が良いのは、高強度のトレーニングと休憩を交互に行うインターバルトレーニングと研究で示されています。興味深いことに、この酸素運搬能力は寿命にも影響の与える因子だというのです。

高齢者を対象とした研究では、酸素運搬能力の指標であるVO2Maxが高い群は、そうでない群と比較し病気からの回復も早く寿命が延びると報告されています。高強度有酸素運動は、競技ガチ勢だけでなく中高年の一般ライダーにもぜひ取り入れてほしいものです。

夢のような高強度有酸素運動ですが、当然欠点もあります。それは身体への負担が大きいという点です。運動強度は筋トレには及びませんが、高い強度を筋トレよりもはるかに長い時間持続させるため、心臓をはじめとした全身への負担が莫大なものになります。
筋トレ同様に毎日行うことは推奨されていません。初心者の方であれば週1回程度でも充分効果が認められます。慣れてきたとしても週3回以下にとどめておいたほうがよいでしょう。

また、心臓や血管に持病がある方は、必ず医師と相談した上で行ってください。基礎疾患によっては高強度有酸素運動が心臓・血管に過大な負荷を与え、重篤な病気につながる恐れがあるからです。高強度有酸素はいわばハイリスク・ハイリターンのトレーニングなのです。

運動による”いい効果”を効率的に引き出す低強度有酸素運動

筋トレ、高強度有酸素運動はどちらも身体への負担がかなり大きいトレーニングです。では、身体の負担がそれほどでもない低い強度の運動は意味がないのかというと、そんな事はありません。低強度で行う有酸素運動は身体への負担の少なさと恩恵の多さを両立する、非常に安全かつ効果的な運動法なのです。

低強度有酸素運動とは会話ができる程度の強度で運動を継続して行う運動です。低強度有酸素運動では、筋肉を動かし続けることで筋肉からホルモンが持続的に放出され、身体に様々な恩恵をもたらします。
例えば、インスリンの働きを向上させて糖尿病を予防する、血管を柔らかくして血圧を下げる、肌の再生を促し肌のツヤを良くする、抑うつ気分を晴らす、睡眠の質を向上させる、筋肉の回復を促すなど、低強度有酸素運動から得られる効果は枚挙にいとまがありません。
低強度有酸素運動の素晴らしい点は筋トレ、高強度有酸素運動と比較して強度がゆるく、怪我や病気のリスクが少ないことです。初心者にも安全なのです。

図:低強度有酸素運動の効果の一例。他にも運動のメリットは沢山

健康のために運動を行いたいのであれば、低強度有酸素運動が最も安全かつ効果的といえるでしょう。しかし、低強度有酸素運動にも欠点はあります。あくまで維持にしかならないのです。
筋トレや高強度有酸素運動のように、筋肉や心肺機能を強くするような刺激はありません。そのため、低強度の有酸素運動をいくら続けていても筋肉が大きくなったり心肺機能が向上したりという効果は見込めません。あくまで現状維持にしかならないのです。
加齢とともに筋力、有酸素運動能力は著しく低下するため、低強度の有酸素運動だけでは維持すらままならなくなります。
そのため低強度有酸素運動だけではなく、少量でも良いので筋トレや高強度の有酸素運動を加えた方が健康への増強効果は良い、というのが現在の医学界の総評です。


特徴 リスク
筋トレ ・骨格筋の量
・質が向上
・回数は10回程度が限度
・加齢による筋力低下に対抗可能
・関節や靭帯の怪我
高強度有酸素 ・心肺機能を底上げ
・1-3分持続する強度
・寿命も延ばす
・何歳でも効果あり
・心臓・血管の病気がある人は  事前に医師の許可を
低強度有酸素 ・運動の健康効果を楽に得られる
・長時間続けられる
・怪我や病気のリスクが低い
・現状維持にしかならない

図:運動種別による特徴とリスクまとめ

トレーニング効果はグラデーション

このトレーニング強度の分類は、階段上ではなくグラデーションです。筋トレをしているから全く心配機能が向上しないかというと、そんなことはありません。インターバルトレーニングでも多少は筋力向上は認められます。
運動を行えば上記の効果は基本的にすべて発生します。ただし、どの効果が前面に出てくるかというのは運動強度によって異なるというわけです。自分が欲しい運動の効果を見定めて、それに見合った運動強度の強度の運動を行っていきましょう。

図:強度と効果の現れ方の例。効果はグラデーション状に変化する

最強の組み合わせは低強度を基本に高強度を少々

医師としてオススメするトレーニング方法は、低強度有酸素運動をベースとし、そこに筋トレ、もしくは高強度有酸素運動を挟むというトレーニング方法です。
強度の高い運動は基本的に毎日行うことができず、休息日が必要です。その休息日に低強度有酸素運動を挟むことで、休息と同時に低強度有酸素運動による身体への良い効果も得られます。
強度の高い運動でインターバルか筋トレのどちらを行うべきかに関しては、自分が求めている効果を吟味した上で選びましょう。個人的にはどちらもやっていただきたいのですが、特定の目的がある場合はいずれかに絞っていただいても構いません。具体例をあげながら見ていきましょう。

例①:長く速く走れるようになりたい

低強度×高強度有酸素
サイクリストとしての能力を高めたい場合、低強度有酸素運動をベースに週1-2で高強度有酸素運動を組み込むことをお勧めします。週1-2回だと少ないと感じるかもしれませんが、真に追い込んだ高強度有酸素運動であれば週2回が限界で、それ以上行うと体調を崩してしまいます。もし週3以上できるのであれば、強度が十分に高くない可能性があります。
また、サイクリストに筋トレが不要かと言われたらそんなことは決してありませんが、優先順位はそれほど高くありません。ロードレースを行う上では高い心肺能力が肝になります。低強度の有酸素運動で楽に長く走れる身体を作りながら、高強度を足すことで速く走る能力を高められます。

例②:痩せたい

低強度×筋トレ
痩せる=低強度有酸素運動というイメージがあるかと思いますが、ダイエットで痩せたい人ほど筋トレをお勧めします。というのも、ダイエットで食事制限を行うと身体は筋肉を優先的に削るようにできています。筋肉量が減るということは、太りやすい身体を自ら作ることになるため、これを予防するために週2-3回程度の筋トレで全身の筋肉量を維持しましょう。
筋トレがないお休みの日には、散歩やサイクリング程度の軽い有酸素運動を行いカロリー燃焼を促すとともに、身体に酸素と血液を送り込んで十分な休息を与えてあげましょう。また、筋トレは食欲をコントロールしやすくなるという効果もあります。ダイエットを行う人ほど、ぜひ積極的に筋トレを足してほしいものです。

参考文献

Su L, Fu J, Sun S, Zhao G, Cheng W, Dou C, Quan M. Effects of HIIT and MICT on cardiovascular risk factors in adults with overweight and/or obesity: A meta-analysis. PLoS One. 2019 Jan 28;14(1):e0210644.

Weston KS, Wisløff U, Coombes JS. High-intensity interval training in patients with lifestyle-induced cardiometabolic disease: a systematic review and meta-analysis. Br J Sports Med. 2014 Aug;48(16):1227-34.
Severinsen MCK, Pedersen BK. Muscle-Organ Crosstalk: The Emerging Roles of Myokines. Endocr Rev. 2020 Aug 1;41(4):594–609.

Bhasin S, Storer TW, Berman N, Callegari C, Clevenger B, Phillips J, Bunnell TJ, Tricker R, Shirazi A, Casaburi R. The effects of supraphysiologic doses of testosterone on muscle size and strength in normal men. N Engl J Med. 1996 Jul 4;335(1):1-7.

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MacInnis MJ, Gibala MJ. Physiological adaptations to interval training and the role of exercise intensity. J Physiol. 2017 May 1;595(9):2915-2930.

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第1回 サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係

第12回 サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質
第13回 第十三回/強者必睡の理をあらはす
第14回 え? 私の起床時間早すぎ?
第15回 筋肉の冷静と情熱の間
第16回 心身暑慣すれば夏もまた涼し

第17回 君子の飲料は淡きこと水の如し
第18回 花は半開を看、水は適量を飲む
第19回 健全な精神は何処に宿る?
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第21回 罪悪感なく飲むために
第22回 リバウンドの危機
第23回 サイクリストのスキンケア

第24回 ヘルメットの重要性
第25回 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【前編】
第26回 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【後編】
第27回 あしつり大解剖
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第30回 ダイエットシリーズ第1弾 体重とは何
第31回 ダイエットシリーズ第2弾“痩せる”のに運動は本当に必要?
第32回 ダイエットシリーズ第3弾 減らすべきは脂質? 糖質? カロリー?

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