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2022年06月01日

サイクリングサイエンス コラム 第14回/え? 私の起床時間早すぎ?

これを執筆中に開催中のジロ・デ・イタリア2022、今年は近年稀に見る山岳コースとなり、3週間での累計獲得標高は51000m以上にもなるそうです。しかし、私はこれよりも過酷な峠を知っています。そう、お布団峠です。
みなさんがトレーニングをする時間帯はいつ頃でしょうか? お布団峠に打ち勝ち朝練? それとも夜練? 今回は練習時間のタイミングについてお話ししていきます。

INDEX

▷もっともトレーニングの効果が期待できるのは早めの午後


▷準備①早起きは本当に三文の徳?


▷睡眠のタイプは思った以上に多様


▷日本社会は遅寝遅起きタイプに不利


▷運動に最適な時間帯は睡眠タイプに合わせる


▷学校の朝練は効果が期待できない


▷もっともトレーニングの効果が期待できるのは早めの午後

ハードなトレーニングをする場合、最適な時間帯はお昼過ぎの午後と知られています。これには体内のコルチゾール(ストレスホルモン)が関係しています。身体がストレスを感じると、コルチゾールと呼ばれるホルモンを分泌しますが、このホルモンは量が多いと筋肉を分解する作用があるので、筋肉を維持したいアスリートは出来るだけコルチゾール分泌を抑えたほうが望ましいのです。このコルチゾールは起床前にピークに達した後、午後から急激に減少します。このコルチゾールが低いタイミングでトレーニングをするのが筋肉の損失が少なく効果的であるというわけです。
一方、夜遅い時間帯に激しいトレーニングをすると、本来寝る時間でもコルチゾールが高い状態が続いてしまい、睡眠や回復に悪影響を及ぼしてしまいます。ですので、コルチゾールが低くかつ睡眠に影響を与えにくい午後2〜4時ごろがトレーニングにもっともふさわしい時間といえるのです。

図1:コルチゾール日内変動

といっても、忙しい社会人や学生の方はこの時間帯にいつでもトレーニングできるわけではありません。多くの方は始業前の朝もしくは帰宅後の夜が現実的でしょう。では朝と夜、どちらの方が良いのでしょうか。

▷早起きは本当に三文の徳?

日本の社会では早起きが推奨されており、これにならって朝練をしている方も多いのではないでしょうか。早起きは三文の徳と諺にあるほど、早朝から活動すると様々なメリットがあると信じられてきました。確かにこれらの早起きを推奨する研究はたくさんありますが、最近は早起き信仰を否定する知見も出てきました。早起きはすべての人に徳をもたらすわけではないのです。

▷睡眠のタイプは思った以上に多様

早起きが得意、不得意かどうかはどうやら個人の努力ではなく、遺伝子レベルで決められているようです。2017年にノーベル賞を受賞した研究では、我々の睡眠リズムは、時計遺伝子により決められていることがわかりました。現在この遺伝子は350種類以上発見され、この遺伝子によって早起きが得意な人、夜の方が集中できる人など、さまざまな生活リズムが生み出されていることが明らかにされています。
前回の連載で述べた通り、睡眠時間が不足すると多くの人はパフォーマンスが落ちてしまいますが、何時に寝て何時に起きることに関しては正解はありません。

過去に就寝/起床時間と健康やパフォーマンスとの関連を調べた研究は数多くありますが、この個人の睡眠リズムを考慮したものはほとんどありません。早起きや朝の運動が健康にいいのは、あくまで朝型タイプの人であって、万人に適応できるものではない可能性があるのです。

ここでひとつ、早起きが得にならなかった研究例をご紹介します。
2017年にシアトルの公立高校で始業時間を1時間遅らせる実験が行われました。結果、生徒の睡眠時間が伸び、出席率が改善、さらには学業の成績まで向上したのです。始業時間を遅らせることで、遅起きタイプの学生も自分の睡眠パターンに合った、無理のない生活が送れるようになったことが要因と考えられます。

▷日本社会は遅寝遅起きタイプに不利

残念ながら、日本の社会に浸透している始業/終業時間は早寝早起きタイプに合うように設計されています。しかし、夜型の人にとっては、朝9時から仕事をするよりも午後から開始した方がパフォーマンスがよくなるでしょう。
また遅寝遅起きタイプが無理やり早起きしても、健康を害するリスクも報告されています。早寝早起きは文化的には推奨されていますが、自分の睡眠タイプによって良くも悪くも影響しうるのです。

私個人の意見ですが、働き方の多様化に合わせ、始業時間もフレックスにする方が仕事能率、個人の健康という面でメリットが大きいと考えています。日本社会はフレックスタイムを導入すべきです。

▷運動に最適な時間帯は睡眠タイプに合わせる

さて、トレーニングの話に戻りましょう。トレーニングも仕事同様、朝夜どちらの時間で練習する方が良いのかは、自分の睡眠タイプに合わせた方が良いと言うことになります。朝方タイプであれば朝練の方が、夜型タイプであるならば夜練の方が効果的ということです。
但し、先ほど述べたように、深夜に過酷なトレーニングをし過ぎると不眠となるリスクがありますのでご注意下さい。

ご自身の睡眠タイプがわからないと言う方は、国立精神・神経医療研究センターのサイトで質問に答えると自分の睡眠タイプを教えてくれます。興味がある方は試してみてください。
https://mctq.jp/q/top.php

▷学校の朝練は効果が期待できない

最後に、日本の部活で盛んに取り入れられている朝練について。部活動の一環で始業時間前に朝練をしている学校はありますが、この朝練、効果に対してはかなり懐疑的です。
ランナーを対象とした研究では、ウォーミングアップとして早朝に運動を行ったとしても、全体のパフォーマンス向上効果はないと示されています。朝しか練習時間がないのであればいざ知らず、午後も練習するのであれば、朝練の時間を睡眠時間に充てる方が学生アスリートにとって良い影響が期待できるでしょう。部活の指導をされてる方、自主的に朝練されている方、練習時間帯を見直してみてください。


参考文献
Yamanaka Y, et al. Morning and evening physical exercise differentially regulate the autonomic nervous system during nocturnal sleep in humans. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2015 Nov 1;309(9):R1112-21.

Dahl EB, et al. Morning Preconditioning Exercise Does Not Increase Afternoon Performance in Competitive Runners. Int J Sports Physiol Perform. 2021 Dec 1;16(12):1816-1823.

Chem-station: https://www.chem-station.com/blog/2017/10/2017nobelmedicine.html
2017年のノーベル生理学・医学賞は「概日リズムを制御する分子メカニズムの発見」

Gideon.P.Dunster et al. Sleepmore in Seattle: Later school start times are associated with more sleep and better performance in high school students Science Advance 12 Dec 2018 Vol 4, Issue 12

Bargiello, T.A., Jackson, F.R., and Young, M.W. (1984). Restoration of circadian behavioural rhythms by gene transfer in Drosophila. Nature 312 , 752–754 (1984)

Červená K, et al. Diurnal and seasonal differences in cardiopulmonary response to exercise in morning and evening chronotypes. Chronobiol Int. 2021 Dec;38(12):1661-1672.

国立精神・神経医療研究センター ウェブサイト

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第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
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第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係

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