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2023年11月21日

サイクリングサイエンス コラム第三十一回/ダイエットシリーズ第2弾“痩せる”のに運動は本当に必要?

ダイエット篇第一弾、前回のコラムでは、減らしたいと願う体重はそもそも何で構成されているのかについてお話しました。今回はダイエット篇第二弾として、痩せる運動について一緒に考えていきましょう。

脂肪が一番燃えるのは脂肪燃焼ゾーンの運動

痩せる運動と聞くと真っ先に思い浮かぶのが”脂肪燃焼ゾーン”ではないでしょうか。脂肪燃焼ゾーンとは心拍数から概算される運動強度で、最も効率よく脂肪が燃焼される強度と考えられています。お手持ちのサイクルコンピュータやスマートウォッチに心拍計測機能があれば簡単に導くことができ、ダイエットを目的にこの範囲でトレーニングをされいてる方も多いのではないでしょうか。

しかし、脂肪燃焼ゾーンはなぜ脂肪燃焼に最適なのでしょう。まずはその原理から解説していきます。

脂肪は長持ちで持ち運びに便利な優秀なエネルギー源

脂肪燃焼ゾーンを理解するには、まず脂肪燃焼のメカニズムから考えていきましょう。我々の体が基本的なエネルギー源として使用するのは炭水化物、脂質、そしてタンパク質です。
このうちタンパク質はやや特殊な環境下で使用されるエネルギー源で、普段は炭水化物と脂質が主に使用されています。炭水化物と脂質は代謝経路が異なるため、我々は状況に応じて使い分けています。

炭水化物の特徴は、エネルギーに変わるスピードが非常に早い反面、1つの分子から得られるエネルギー量はそれほど多くないことにあります。反対に、脂質はエネルギー回収に時間がかかるものの、1分子から得られるエネルギー量は炭水化物と比較して非常に大きくなります。そのため、我々の体は脂質を主なエネルギー源として使用しています。

炭水化物と脂質のエネルギー量にどの程度の差があるかというと、炭水化物の基本単位である糖質1gが4kcalであるのに対し、脂質1gはなんと倍以上の9kcal以上を取り出すことができます。脂質は持ち運びにも便利なエネルギー源といえます。

これらの特徴から、我々は貯蓄においても脂質をメインとするように進化してきました。我々の身体に貯められるエネルギー量は、糖質は高く見積もってもせいぜい1400kcal程度な一方、脂質は50000kcalを超える量でも蓄えられるようになっています。

表1:脂質と糖質の比較。エネルギー源として脂質はとても便利な存在。

脂肪燃焼量 = 脂肪使用率×エネルギー消費量

特に安静時はほぼ脂質のみでエネルギーを賄っています。つまり、割合だけで考えると脂肪が最も燃焼する運動強度は実は安静時です。しかし脂肪燃焼量を考えるためには、割合だけではなく消費カロリー総量も重要になります。

燃焼するカロリー量を大きくするのは実はとても簡単です。シンプルに運動強度を上げて単位時間あたりの燃焼カロリー量を大きくすればいいのです。しかしここに脂肪燃焼の難しさがあります。

強度が上がると、脂肪だけでは間に合わなくなる

運動強度が上がると当然消費カロリー量は増えるのですが、短時間で多量なエネルギーが必要となります。使用するエネルギー源も変化させる必要があるため、脂質のゆっくりとした回路では間に合わなくなり、素早く回収できる炭水化物をメインのエネルギーへ切り替えて使うようになります。
以下のグラフは炭水化物と脂質の燃焼割合を示したものです。運動強度が上がるにつれ全体の消費カロリー量(必要なエネルギー量)は増えるものの、脂質の割合が減り炭水化物の割合が増えます。つまり、運動強度を上げすぎると脂質が消費されなくなるということです。

図1:運動強度と脂肪燃焼の関係。強度が上がると全体の消費カロリーは増えるが、そこにしめる脂肪の割合はどんどん減ってしまう

このジレンマを克服する最適な強度が脂肪燃焼ゾーンと呼ばれる領域です。脂肪燃焼ゾーンとは、運動強度をある程度高く保ちつつ脂質の使用割合がある程度確保される絶妙な運動強度の領域をいいます。
医学的には最大脂質燃焼率( maximal rate of lipid oxidation : MLO)と呼ばれている運動強度のことを指し、この強度で運動を続けると最も効率的に脂肪が燃焼できると考えられています。

図2:脂肪燃焼ゾーンの定義。脂肪燃焼量が最大になると推測される運動強度範囲を脂肪燃焼ゾーンと定めている。

この脂肪燃焼ゾーンは、過去の研究から最大心拍数のおよそ60-70%程度と推測されています。この研究が広まることで、現在我々がスマートウォッチやサイクルコンピューターからレコメンドされる、痩せるための最適な運動強度が知られるようになったのです。

運動だけで痩せることは難しい

ここまでの話を聞くと脂肪燃焼ゾーンで運動をすれば運動だけで痩せていくように感じるでしょうが、皆さんは実際に痩せられたでしょうか。実際に痩せられたという人はそれほど多くはないことでしょう。そんなに簡単に痩せられるのであれば、世の中にはこれほどにダイエット情報は溢れていません。

なぜダイエットはこれほどに難しいのか。近年の研究により、脂肪燃焼というものはどうやら一筋縄ではいかないことがわかってきました。

あなたの脂肪燃焼ゾーンは本当に正しい?

ある研究をご紹介しましょう。その研究では、心拍計から求められる脂肪燃焼ゾーンは、実際の脂肪燃焼最大量と一致しているのか調査しました。
研究対象者は最大心拍数から求められる脂肪燃焼ゾーン内で運動を行います。その最中に、実際の脂肪燃焼量を呼気の二酸化炭素濃度から計算します。その後、様々な運動強度で脂肪燃焼量をモニターしながら運動を継続してもらい、本当に最大脂肪燃焼量が脂肪燃焼ゾーンの範囲内に当てはまるのか確認しました。

結果は、本人の最大心拍数から求められる脂肪燃焼ゾーンは、実際の最大脂肪燃焼ゾーンから平均で23bpmほどズレがあることが明らかになりました。

図3:参照3から筆者作成。

この結果が意味するのは、脂肪燃焼ゾーンだと長らく信じられていた運動強度は、実際には個人差が大きく正確性に欠けるというものです。スマートウォッチに勧められせっせと指定の心拍数範囲で運動していても、それは貴方の脂肪燃焼ゾーンではなく効率の悪い強度の可能性があります。

運動で消費カロリーは期待するほど増えない

さらに別の研究をご紹介しましょう。
ダイエットによる王道の公式は、消費カロリー>摂取カロリーとすることです。ここでいう消費カロリーとは、基礎代謝量に運動で消費されたカロリーを足したものというシンプルなモデルと信じられてきました。沢山運動をすることで総消費カロリー量を増やして痩せる、とても聞きなれたダイエットの理想論です。しかし近年の研究では、運動を沢山頑張ってもそれほど総消費カロリーは増えないことがわかってきたのです。

ご紹介する残酷な研究は、肥満体重で安定している成人を対象に行われました。対象者を運動なし、軽い運動、高い運動量の3つのグループに割り当て、それぞれの総消費カロリー量を26週間にわたってモニタリングしました。この期間中に食事制限は全く行わず、運動だけで身体にどのような変化が起きるか観察されました。

結果、運動したグループでは運動によるカロリー消費があったにもかかわらず、総消費カロリー量は運動していない群と変わらない結果となりました。さらに除脂肪量や体重も運動した群でも変化せず、運動したのに痩せなかったというとても残酷な結果となりました。

別の研究でも同様の結果が出ています。肥満成人の被験者に対し1500kcal/weekと3000kcal/weekの有酸素運動プログラムを実施してもらい、運動量によって総消費カロリーが増えるかどうか12週間にわたって追跡調査されました。結果は、徐脂肪量が減ったのは3000kcal/weekの群だけで、1500kcal/weekの群では消費カロリーの補填が行われてしまい、痩せない結果となりました。

図4:運動量と基礎代謝量の関係。摂取カロリーが一定の場合、運動でカロリーを燃やすほど基礎代謝量を減らしてバランスを摂ろうとする。参照5から引用。

このような結果になった理由として、我々の身体は消費カロリーが一定になるよう、基礎代謝量を微調節している可能性が出てきました。今までのダイエット理論は、基礎代謝量は変化せず、運動によって消費カロリーを増やすことで痩せると考えられてきました。

図5:従来のダイエット理論。筆者作成

しかし、我々の身体は消費したカロリー量と摂取したカロリー量に合わせて基礎代謝を微調整し、カロリーの収支を帳尻合わせしている可能性が浮上しました。そのため、脂肪燃焼ゾーンの軽い有酸素運動を行った程度では、その後の体のカロリー微調整によって運動で燃やしたカロリーを帳消ししてしまうため、努力は報われず痩せないことになります。

それでもダイエット中は運動したほうが良い

ここまで聞くと、ダイエットには運動をする意味がなく食事制限だけで痩せる方が良いように感じます。しかし、運動が全く必要ないわけではありません。ここからは、なぜダイエットにおいて運動が必要になるのか、2つの側面から見ていきましょう。

①筋肉の維持

運動がとても重要な理由は、筋肉の維持に欠かせないからです。我々の体は摂取カロリーが消費カロリーを下回り、エネルギーが足りない状態が作られると、基礎代謝を落として微調整を行います。
加えて、不足分を体脂肪や体内に貯蔵された糖質グリコーゲンを使って補おうとします。同時に、エネルギーを大きく消費してしまう筋肉も分解してより省エネで生きていけるように体を作り変えようとします。これがダイエットで筋肉も落ちてしまう原理です。

この現象を予防してくれるのが運動です。筋肉に一定以上の負荷をかけ刺激を入れていると「筋肉は必要なんだな」と身体が判断し、筋肉量を維持しようと体が自然とバランスをとります。結果、エネルギー不足時は筋肉ではなく脂肪をメインで使うようになるのです。

つまり、運動は消費カロリーを増やすためではなく、食事制限に伴う筋肉の減少を防ぐために欠かせないのです。

②食欲の正常化

運動のもう一つの重要な側面は食欲の正常化です。前述の通り、運動して消費カロリーが摂取カロリーを超えた場合、人間の体は何とか微調整をして不足分のカロリーを補填しようとします。その1つの対処法として、食欲中枢を刺激して摂食活動を促すのです。何とかして我々に食べさせようとするわけですね。

運動するとどうしてもお腹が空くのは、身体が不足分を補おうとするいたって正常な反応なのです。これだけ聞くと、運動はむしろ食欲を増進させるだけのような気がしますが、実はこれはあくまで短期的な反応です。

コラム20でもご紹介しましたが、運動習慣は食欲のコントロールを正常化していくことが明らかになっています。以下は食事量と運動習慣の関係を示したものです。

図7:参照6より筆者作成。運動を全くしないほうが食欲が暴走しがちになる。

不思議なことに、全く運動しない人の方が、軽く運動する人よりも食事を多く取る傾向にあるのです。しかもこの食事内容は、いわゆる脂質や糖質の多いジャンクフードに偏る傾向が見られました。長期的な運動週間には、食事量を適切にコントロールして、かつ健康的な食事を好むように、食の好みを変える効果があることがわかってきたのです。

実際のところダイエットにおいて重要なのは食事制限ですが、食事を我慢することではなく、適切な量で満足できる正常な食欲を持つことがカギになります。この点において、運動は脳の食欲中枢に働きかけて食欲の正常化を促す効果があるため、食事制限を楽にするという意味でも運動には意味があるのです。

好きな運動を続けることが大事

以上のことより、ダイエットにおいては結局のところ運動よりも食事管理の方がより重要です。とはいえ、筋量の維持や食欲のコントロールという意味でも運動はしないよりもしたほうが良いのです。

運動の種類、強度を問わず、どんな運動でもダイエットの成功率を上げる効果があります。自分にとって苦にならない、楽しいと思える運動を見つけて続けることがダイエット成功のカギとなるのです。


参照文献

1.標準生理学 第9版

2.garmin HP, https://www.garmin.co.jp/minisite/heartrate-science/

3.Kittrell HD, DiMenna FJ, Arad AD, Oh W, Hofer I, Walker RW, Loos RJF, Albu JB, Nadkarni GN. Discrepancy between predicted and measured exercise intensity for eliciting the maximal rate of lipid oxidation. Nutr Metab Cardiovasc Dis. 2023 Nov;33(11):2189-2198.

4.Herman Pontzer ,David A. Raichlen,Brian M. Wood,Audax Z. P. Mabulla,Susan B. Racette,Frank W. Marlowe. Hunter-Gatherer Energetics and Human Obesity. July 25, 2012

5.Flack KD, Ufholz K, Johnson L, Fitzgerald JS, Roemmich JN. Energy compensation in response to aerobic exercise training in overweight adults. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2018 Oct 1;315(4):R619-R626.2018. Epub 2018 Jun 13.

6.Beaulieu, K., Oustric, P. & Finlayson, G. The Impact of Physical Activity on Food Reward: Review and Conceptual Synthesis of Evidence from Observational, Acute, and Chronic Exercise Training Studies. Curr Obes Rep 9, 63–80 (2020).

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第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
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