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2023年07月03日

サイクリングサイエンス コラム 第27回 / あしつり大解剖

Mt.富士ヒルクライムが無事に終了しました。自分の目標を達成できた方もいれば、惜しくも届かなかった方もいらっしゃるかと思いますが、何より皆さんが無事にフィニッシュできたことにホッとしています。さて、富士ヒルの話題を耳にする中で、足がつってしまって大変だったとちらほら耳にしました。そこで今回は、足のつりについて解説したいと思います。

INDEX


▷筋肉はどのように伸び縮みするのか


▷脳からの電気刺激を受けて筋肉は収縮する


▷体内のミネラルが電気刺激を生み出す


▷指令を無視した筋肉の暴走が足のつり


▷対策

筋肉はどのように伸び縮みするのか

足のつりを理解する前に、そもそも人間の筋肉がどのように動いているのか解説していきます。筋肉の動きのメカニズムは実は非常にシンプルです。全体として複雑な動きをする人間の身体ですが、筋肉の状態は基本的に縮むか元に戻るかの二つしかありません。
その筋肉のメカニズムを表したのが下図です。

図1:筋肉の模式図。筆者作成。

筋肉は筋繊維が互い違いに並んだ構造をしています。脳から筋肉へ収縮の指令が入ると、筋繊維はお互いの隙間に滑り込むように動きます。収縮の指令が無くなると、筋繊維は元の位置に戻ります。

このように筋繊維が隙間へ滑り込んだ状態が収縮、元の位置に戻った状態が伸長です。「筋肉が縮む」としばしば表現しますが、実際には筋繊維の長さが変わるのではなく、筋繊維が隙間に収納されることで全体として長さが短くなる、ということが起きています。

脳からの電気刺激を受けて筋肉は収縮する

筋肉の収縮は脳によって制御されています。脳から発信された信号は電気刺激に変換され、運動神経を介して筋肉に刺激を送ります。筋肉は受けた電気刺激に反応して収縮します。
「EMS」という、貼るだけで筋肉を刺激する装置がありますが、これは皮膚を介して筋肉に電気刺激を送ることで筋肉を収縮させるものです。

電気刺激を利用するメリットはとにかく速いことです。化学物質や血流と違い電気刺激は素早く伝達するため、指令を受けて素早く行動するのにうってつけです。電気信号の速さがどれほどか理解するために、陸上競技や競泳の「フライング」をもとに考えてみましょう。

フライングはスタート合図よりも早く動いた場合に認定されますが、その時間は0.1秒と定められています。0.1秒である理由は、音を聞いて脳が判断し筋肉に指令を送るまでが約0.1秒だからです。音が鳴って0.1秒以内に動いた場合は、音が鳴る前に動き出していたと判断するわけですね。

図2:フライング判定の仕組み。筆者作成。号令を聞いてから筋肉が動き出すためにはおよそ0.1秒かかる。

0.1秒という時間は人間には早すぎて判定できないので、フライングの判定は機械で実施します。しかし、機械でなければ判定できないような速度の指令のやり取りを、我々の身体は絶え間なく当たり前にやってくれているのです。

無論この信号はむやみに出しているわけではなく、筋肉が勝手に動かないよう厳重に管理されています。指令がない状態では筋肉が動かないようにしてくれているのです。

体内のミネラルが電気刺激を生み出す

筋肉を制御する電気刺激はどのように生み出されているのでしょうか。今度は中学の理科で学ぶ「イオン」で理解していきましょう。

ナトリウムやカリウム、カルシウムといった特定の金属は、水中に溶けるとイオン化する性質を持っており、イオン化するとプラスの電荷を帯びたイオンとなります。ナトリウムがイオン化するとは「Na+」と書かれ、横に「+」の記号が付いていましたね。思い出しましたか?このように水に溶けるとプラスやマイナスの電気的な性質をもつ金属たちのことを電解質と呼びます。

プラスに帯電したナトリウムイオンが大量に存在している状態を想像してみてください。イオンが溜まっているとプラスの電荷が増えるため、イオンが集まる場所全体がプラスの電荷をもつ状態になります。電池のプラス極側になる状態です。

図3:電気刺激発生の模式図。NaイオンはKイオンよりもプラスの力が大きいので、Naイオンが集まる細胞の外は電気的に+帯電している。神経活動が発生すると、細胞膜の電解質を通すゲートが開き、イオンが内外へと移動するとこの電気的な力が変化して電流が発生する。

人体はこの電荷を持った電解質を自由に出し入れすることで、電荷の大きさを変化させて電気を発生させています。我々が筋肉を動かす電気刺激には、ナトリウムやカリウムなどの金属が重要な役割を担っているということです。

図4:神経繊維の興奮と筋肉収縮の関係。筆者作成。筋肉を動かすための電気刺激はナトリウムやカリウムなどの電解質が生み出している。

指令を無視した筋肉の暴走が足のつり

ここからが本題、足のつりについてです。先述の通り、筋肉は脳からの指令がないと基本的に動きません。しかし、ある条件が揃うと筋肉が暴走し勝手に収縮することがあります。この筋肉が暴走した状態が筋痙攣、つまり足がつった状態です。

図:正常な筋運動と筋痙攣の違い。筆者作成。
左2つの正常な筋収縮と伸張では、筋肉は脳からの指令に従う。右の筋痙攣では脳からの指令を無視して筋肉が勝手に収縮してしまう。

なぜ筋痙攣が起こるのか、そのメカニズムについて考えてみましょう。脳からの「筋肉を収縮する」という指令は電気信号として全身へ送られます。電気信号が筋肉に到達すると神経伝達物質が放出され、筋肉のセンサーであるレセプターが刺激されることで筋肉の収縮が始まります。これが筋肉が動き出す仕組みです。

図5:足のつりの因子。筆者作成。上記の因子が相互に作用して筋痙攣の原因となる。

電気刺激を生み出すもとになっているのは電解質でした。これらの電解質のバランスが体内で崩れると、本来起きないはずの場所やタイミングで電気刺激が生み出され、筋肉に意図しない収縮指令が送られることがあります。これがつりの正体です。
つまり、足のつりの本態は筋肉内部での電解質異常だということです。

つりの正体である電解質の乱れはどのような時に起こるのでしょうか。
最たる例は脱水です。体内で水分が不足すると電解質の濃度バランスが崩れ、異常興奮が起こりやすくなります。運動中の大量の発汗も、水分とミネラルが失われ電解質異常を起こしやすくなる要因です。さらに血流循環障害も足のつりの原因となり得ます。
電解質は基本的に血流に乗って運ばれているため、十分な量の血液が運ばれないと患部で電解質が不足します。ふくらはぎを含む下肢は心臓から遠いこと、重力の影響を受けることから元々血流が良くありません。日常的に意識して動かさないと、どんどん血流がうっ滞して電解質異常が発生してしまいます。
筋肉の疲労も暴走の原因と知られるようになりました。筋肉を酷使した後そのままにしてしまうと、筋肉の暴走が起きやすい土壌を生み出してしまうのです。

まとめると、足のつりの本態は筋肉の暴走であり、水分不足、血流不足や筋肉の疲労などが原因です。原因がわかれば対処法も自ずと決まります。これらが発生しないように日々気をつけるようにすることです。

対策

対策1 水分とミネラルの補給

基本的なつりの対策は水分補給です。同時に、ナトリウムやカリウム、カルシウムなどの電解質も補給する必要があります。スポーツドリンクなどに含まれるこれらの成分を摂取するか、ライド前に食事で補給することをおすすめします。

対策2 血流改善のためのトレーニングとストレッチ

血流障害にはライド前のストレッチが効果的です。これは筋肉の疲労回復にも役立ちます。疲労が蓄積しないよう筋肉のケアを怠らないようにしましょう。これらの対策はつりだけでなく、競技力の向上面でも好意的な効果があります。
また、運動不足も関係することがあります。週末だけ運動している方は特に注意が必要です。平日でも短い運動メニューや歩行時間を増やすなど、足の筋肉を動かす習慣を作るようにしてください。

筋痙攣の原因は様々な因子が絡むため、症状は同じでも対策は人によって異なります。万人に効果のある足つり対策というものは残念ながら存在しませんが、「自分にはこれは効く」という対策法が必ずあるはずです。様々な方法を試行錯誤して、オリジナルの足つり対策を作ってみましょう。


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第1回 サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
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第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
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