記事ARTICLE

2022年12月07日

サイクリングサイエンス コラム 第20回 / 体動けば食指動かず


前回(第19回)では、メンタルヘルスと運動の関係性について解説しました。
要約すると運動する=筋肉を動かすことでマイオカインが放出、神経新生が促進されメンタルにプラスの影響がある、というもので、筋肉は身体だけでなく精神的にも非常に重要な役割を果たしています。逆に言うと、筋肉量が減ると心身ともによくない影響が出る可能性があります。
では、皆さんの身近で筋肉量が減るというものには何があるでしょうか。
そう、ダイエットです。

INDEX

▷相対的な筋肉量を増やすことが減量の本質


▷運動だけでは痩せにくい


▷食欲は運動するほど抑えられる


▷運動は正確な満腹感をもたらす


▷食事を我慢している感覚は一過性

▷相対的な筋肉量を増やすことが減量の本質

ダイエット、と聞くとつい体重ばかりにとらわれがちですが、健康面、審美面のいずれの観点でもダイエットの正解は体重を落とすことではありません。ダイエットで真に重要なのは、体重のうち筋肉の割合を増やすことです。
体格に対し体重が適正値を超えている過体重の状態は健康を損なうリスクをはらんでいますが、それが脂肪が少なく筋肉が多い体格の場合、健康上問題になりません。対照的に、一見やせていても筋肉量が少ない場合、生活習慣病から精神疾患までありとあらゆる病気のリスクが上昇します。
健康を得るために減量するのであれば目的は筋肉量を相対的に増やすことを意識しましょう。方向性は2つあります。

①脂肪が多い場合:脂肪を落とす
②筋肉量が少ない場合:筋肉量を増やす

このいずれかをご自身の体質に合わせて検討してください

▷運動だけでは痩せにくい

さて、具体的な減量方法は運動+食事療法が基本です。
「自分は運動しているから食べ物は気にしなくていい」と思っている方にとっては残念ですが、減量する場合運動のみでは効果的ではありません。

図1: 参照1より引用。運動のみでは食事制限と比較して減量効果は低い

過去に実施された研究では、運動のみの減量プランではほぼ体重が変わらないことがわかっています。
仮にプロ選手のように1日に4000kcal以上も消費するような日々を送っているのであれば何を食べても大丈夫でしょうが、読者の方にとって現実的ではないでしょう。とはいえ、プロのスポーツ選手であっても、減量期には激しい運動に加えて食事制限も行っています。
つまり、効果的な減量を行うには運動のみでは難しく、食事管理も併用することが必須になります。
一方、食事制限だけの減量は非常に危険です。食事制限で体重が減っている時、主に減っているのは筋肉です。先述の通り、筋肉の減少は様々な内科的疾患の原因になることは多くの研究から明らかになっています。食事制限で体重は確かに落とせますが、それは未来の健康を犠牲にした減量といえるでしょう。

図2: 筋肉減少のリスク。筆者作成

▷食欲は運動するほど抑えられる

食事制限は誰だって辛く、筆者もできればやりたくないといつも思っています。しかし、食事制限が少し楽になる方法があるのです。それはなんと運動そのものです。
運動するとカロリーを消費する為、その後の食事でいつもよりつい多く食べてしまうという経験は誰しもがあると思います。しかし昨今の研究により、体の中では運動をすることでむしろ食欲を抑える作用が働いているということが分かってきました。
2018年に行われた研究では、食事の好みと身体活動量に相関関係があることがわかりました。具体的には、身体活動量が多い人ほどより低脂質な食事を好むことがわかったのです。

図3:参照2から筆者作成。運動習慣をつけると摂取カロリーが減り、脂肪の摂取も避けるようになる

興味深いことに、運動量が増えると全く運動していない状態よりも食事量が自然と減っていきます。活動量が増えるほど消費カロリーが大きくなるため、食事量は自然と増えるという一般的なイメージと一致する現象は起きますが、それでも度を越した大きな上昇ではありません。
この結果はfMRIを用いた脳の画像研究でも裏付けされています。脳機能を可視化するfMRIを用いた研究では、60分間の高強度運動の結果、食物への欲求、視覚的注意、抑制制御に関連する脳領域において、食べ物を見た時のニューロン反応が低下することが示されました。つまり、運動後に食べ物を見ても、それを「食べたい」という欲求が運動前より抑えられた状況になるということです。

図4: 参照3から引用。運動することで黒丸部分の食欲を司る脳活動が抑制される

▷運動は正確な満腹感をもたらす

なぜ運動することで食事量や食欲に変化をもたらすのでしょうか。
現在わかっていることは、運動すると食欲に関与する3つのホルモンの分泌が促進もしくは抑制され、適切な量で満足感を感じるようになり食べ過ぎを予防できると考えられています。
まず1つめのホルモンはグレリン。これは我々の胃から分泌されるペプチドホルモンの一種で、脳の食欲中枢である視床下部に作用し、私たちに食べたいという欲求を与えます。また、グレリンの分泌量が増加すると、運動への意欲が低下することも報告されています。つまり、グレリンは食べたいけど動きたくない、人を怠け者にしてしまうホルモンなのです。運動すると、このグレリン分泌が抑えられ食べ過ぎを抑制することになります。
2つ目は、ペプチドYY。このホルモンはグレリンと反対に食欲を抑える作用があります。運動はペプチドYYの分泌を促す作用があり、結果として満腹感を持続させる効果が期待できます。ちなみにこのペプチドYY、咀嚼によっても分泌が亢進します。「よく噛んだほうが腹持ちがいい」のはこのペプチドYYの功績です。
3つ目はレプチン。脂肪細胞からはレプチンと呼ばれるホルモンが分泌されています。レプチンはグレリン同様に脳に作用して食欲を上昇させる働きがあります。肥満体型の人はそうでない体型の方よりこのレプチンの分泌量が多く、普段から食欲が強く刺激されている状態です。このため普通体型の方よりも食への欲求が強く食べすぎる傾向になり、肥満となるという悪循環に陥っているのです。さて、運動を習慣化させ脂肪細胞を減らすことに成功すると、このレプチンの分泌量そのものが減ります。すなわち痩せれば食欲が自然と減っていくということです。

図5: 3つのホルモンの相互作用。筆者作成

▷食事を我慢している感覚は一過性

運動すると食欲が増して食べ過ぎてしまうという印象がある方も多いでしょうが、これまで説明した通り運動後の食欲増進はあくまで一過性で、運動を続けていくことで食欲が適切な量に是正されていくようです。むしろ運動をしていない人ほどドカ食いしてしまうリスクが高いとも言えます。

参考文献
Damon L. Swift et al.The Effects of Exercise and Physical Activity on Weight Loss and Maintenance, Progress in Cardiovascular Diseases,Volume 61, Issue 2,2018, 206-213,
https://doi.org/10.1016/j.pcad.2018.07.014.

Beaulieu, K., Oustric, P. & Finlayson, G. The Impact of Physical Activity on Food Reward: Review and Conceptual Synthesis of Evidence from Observational, Acute, and Chronic Exercise Training Studies. Curr Obes Rep 9, 63–80 (2020). https://doi.org/10.1007/s13679-020-00372-3

Killgore WD, Kipman M, Schwab ZJ, Tkachenko O, Preer L, Gogel H, Bark JS, Mundy EA, Olson EA, Weber M. Physical exercise and brain responses to images of high-calorie food. Neuroreport. 2013 Dec 4;24(17):962-7. doi: 10.1097/WNR.0000000000000029. PMID: 24080950.

Wu H, Yu B, Meng G, Liu F, Guo Q, Wang J, Du H, Zhang W, Shen S, Han P, Dong R, Wang X, Ma Y, Chen X, Niu K. Both muscle mass and muscle strength are inversely associated with depressive symptoms in an elderly Chinese population. Int J Geriatr Psychiatry. 2017 Jul;32(7):769-778. doi: 10.1002/gps.4522. Epub 2016 Jun 7. PMID: 27272735.

これまでの記事はこちら
第1回 サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係

第12回 サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質
第13回 第十三回/強者必睡の理をあらはす
第14回 え? 私の起床時間早すぎ?
第15回 筋肉の冷静と情熱の間
第16回 心身暑慣すれば夏もまた涼し

第17回 君子の飲料は淡きこと水の如し
第18回 花は半開を看、水は適量を飲む
第19回 健全な精神は何処に宿る?


ラン先生のブログ&インスタグラムはこちら
Blog:https://charidoc.bike/
Imstagram:https://www.instagram.com/31_ran_/

【INFORMATION】

編集部での日々の出来事や取材の裏話、FUNRiDE presentsのイベント情報などをSNSにアップしています。
ぜひご覧いただき、「いいね!」のクリックをお願いします。
Facebook⇒ https://www.facebook.com/funridepost
twitter⇒ https://twitter.com/funridejp

関連記事

記事の文字サイズを変更する

記事をシェアする