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2022年07月04日

サイクリングサイエンス コラム 第16回/心身暑慣すれば夏もまた涼し

6月27日に梅雨明けが宣言され、観測史上もっとも早い梅雨明けとなりました。梅雨明け以降は6月とは思えないほどの暑さが続き、各地で猛暑日が記録されています。本来、このサイエンスコラムは月一の連載ですが、例年よりも3週間以上早い夏の到来を迎えたため、今回は少し早い7月号として暑さ順応(heat acclimation)についてお話しします

▷暑さに慣れるとは


▷タイミングは? 最短7日間 ベストは14日間かけて


▷暑い環境でゴロゴロするだけでも効果あり


▷体調不良を感じたらすぐにやめる


▷暑さに慣れるとは

前回のコラムで人の体温冷却システムについて説明しました。簡単にまとめると下記のメカニズムで人の身体は体温を下げています。


・汗をかき、乾くときに熱が奪われる
血液
・血流が増え、血液の循環効率が高まる
・血管が表皮側へ移動する
・心拍数が上がる

暑さに慣れるというのは、適切な期間・適切な暑さの環境下にいることで、体温冷却システムに関わる身体活動が強化され、身体が冷えやすい状態になることといえます。

図1. 経過日数と身体機能変化:14日かけて変化が進む

暑さに慣れた状態では、通常の体温冷却システムに加え、下記のように身体活動が強化されます。


・乾きやすい性質に変わり発汗量が増える
・汗で失われる水分量を補う為、体内の水分量を増やす
血液
・心臓が強くなり、一度の拍動で出る血液量が増える

図2 暑さ順応と汗の関係:暑さに慣れると薄い汗を大量にかける身体になる

このように、身体が暑さに慣れていく方法は科学的に説明できる現象です。適切なプロセスで暑さに慣れさせる手法は、肉体労働、軍事機関、プロスポーツ界などで取り入れられています。

しかし実際には、この暑さ順応の正しい方法はあまり知られていません。選手の気合にまかせ、暑さに慣らすためにやみくもに運動してしまうのは、効果的でないばかりか熱中症リスクを上げる原因にもなります。

一方で、暑さをひたすら避けていては、一向に暑さ順応は進みません。かつて流行していた根性論ではなく、科学的根拠に則って暑さに身体を慣らす方法をご紹介していきます。

▷タイミングは? 最短7日間 ベストは14日間かけて

適応に必要な期間は14日間が最適とされています。目標とするレースから逆算して、14日前から暑さ順応の準備を行います。期間は長い方が適応も進んでいきますので、開始は早い方が良いでしょう。

時間が無い方でも、最低7日間は確保したいところです。身体の変化は最初の7日間で大きく変化していきますので、7日間あればある程度の適応は完了します。短期間で追い込みたくなる気持ちはわかりますが、人の体は徐々に変化していくものです。まずはあせらずに。

また、暑さ順応では最初の数日間がもっとも体調を崩しやすいと知られています。特に最初の数日は無理せず慎重に行いましょう。

図3 経過日数と失神症例の関係:初日が最も報告件数が多い

環境 | 外or外環境に近い室内
もし目標にしているレースや大会があるのであれば、その開催時の気温に近い環境を作ります。例えば、午後に開催されるレースがあるのであれば、その時予想される気温、環境を再現しましょう。

特に目標にしている大会がなければ、日本の真夏屋外でのライドを想定し、27度以上の環境を用意します。普段屋外で練習している方は普段通りで、室内で練習されている方はクーラーを一時的に切るか弱めに設定しましょう。ローラー練習では前方からの風がないので、扇風機はしっかり設置してください。

強度 | 最大心拍数の50-60%で1時間
暑い環境下ができたら、ゆったりとしたペースで運動を開始します。目安は最大心拍数の50-60%で1時間が推奨されています。
なぜパワーではなく心拍数かというと、暑い環境下で運動を行うと、心拍数が上がりすぎる傾向にあるからです。

パワーは周囲の環境変化が反映されない指標ですので、心拍数基準で運動強度を決定する方がより自分の身体ストレスを的確に反映する方法と言えるでしょう。
時間がない方は、少し強度を上げ最大心拍数75%で30分以上でも同様の効果が得られると言われています。

頻度 | できるだけ毎日行う
短時間でも良いので、出来る限り毎日実施しましょう。暑さへの適応は徐々に進んでいくもので、この適応は暑さ刺激を毎日行った方が効率よく進むと報告されています。多少休息日を設けても構いませんが、なるべく連続で行うように心がけましょう。

本練習 | 早朝orクーラー環境で
上で述べた練習メニューは暑さに慣れるための練習です。強くなるための本練習を行う場合、本練習は涼しい環境下で行うようにしましょう。
暑さ順応が起きる前に激しい練習をしてしまうと、パフォーマンスが発揮できず練習の効率が落ちてしまいます。適度な強度で練習を行うために、本練習は気温が低い早朝、もしくはクーラーがよく効いた室内で行うことをオススメします。

また早朝は気温だけでなく体温も低いので、深部体温の面からもオススメな時間帯です。(前回コラム参照)本番に近い強度と環境で練習を行うのは、暑さ順応の期間が終了した後に。

検証 | 暑さになれたかどうかは体感と心拍数でわかる
暑さに慣れたかどうかは自分の体感と心拍数から判断できます。暑さ順応が完了すると、灼熱環境下でも暑さや疲労を感じにくくなってきます。また、心拍機能が強化され、暑い環境下で運動を開始しても心拍が上がりにくくなってきます。特に初日と比較すると、同じパワーでも心拍数が大きく違うことがわかるはずです。ご自身のデータと体感で比較してみてください。

また、暑さ順応が進むと体内の水分量が増えるため体重が増える方がいらっしゃいます。ヒルクライマーはこの体重増加を嫌がる方もいますが、この体重増加は水分が原因であり、灼熱環境下ではこの水分がパフォーマンス向上に寄与してくれるはずです。過度に増量を恐れる必要はありません。

▷暑い環境でゴロゴロするだけでも効果あり

以上が暑さ順応のプロセスですが、単に暑い環境にいるだけでも人間の体は暑さに慣れていきます(受動適応と呼ばれます)。 受動適応は、暑い環境下で運動を行う能動適応に比較すると効果は劣るものの、適応は進みます。日々クーラーの効いた室内で過ごしている方でも、1日1時間だけクーラーを切り、外と同じ気温の中で過ごすだけでも体は徐々に暑さに慣れていきます。シリアスライダーでなくとも、この暑さ順応を行うことで夏を安全に快適に過ごせるようになるので、オススメの方法です。

サウナやお風呂も効果的?
昨今流行のサウナや、日本人に馴染み深いお風呂も、暑さ順応に効果があると示す論文がいくつか出始めています。例えば、50度の比較的ぬるいサウナで1時間ほど過ごしておく方法や、運動後に40度のお風呂に30分-1時間毎日入浴する方法などで、暑さ順応が起きたという報告もあります。
注意点としては、あくまで長い時間をかけてゆっくりとならしていく方法なので、90℃を超えるようなサウナに短時間入ったり、熱々のお風呂に短時間入ったりする方法ではこの効果は期待できません。あくまでややぬるめの温度で、長めにゆったりと過ごす方が、暑さ順応と言う観点から見れば効果的です。

▷体調不良を感じたらすぐにやめる

このように暑さに慣らすことで灼熱ライドも楽しめるようになります。とは言っても、暑さに慣らす行程を正しく行う限り、不快であるものの体調不良になることはありません。
逆にいうと、暑さに慣らしている段階で気分が悪くなった場合は、熱中症の初期段階の可能性があります。気分不良を感じたら直ちに運動を中止し、涼しい場所に移動して熱中症初期対応を行ってください。

暑さに慣れるには時間がかかるため、暑さに慣れるために運動を始めた開始数日間がもっとも危険です。さらに、どんなに屈強なアスリートでも熱中症のリスクはあります。決して無理はせず、ゆっくりと慣らしていきましょう。

参考文献
J D Périard et al. Adaptations and mechanisms of human heat acclimation: Applications for competitive athletes and sports. Scand J Med Sci Sports.2015

Christopher J Tyler et al.The Effects of Heat Adaptation on Physiology, Perception and Exercise Performance in the Heat: A Meta-Analysis Sports Med. 2016 Nov;46(11):1699-1724.

Sauna exposure immediately prior to short-term heat acclimation accelerates phenotypic adaptation in females J Sci Med Sport. 2018 Feb;21(2):190-195.

Heat Acclimation Does Not Protect Trained Males from Hyperthermia-Induced Impairments in Complex Task Performance.Int J Environ Res Public Health. 2019 Feb 28;16(5):716.

Passive heat acclimation improves skeletal muscle contractility in humans.
Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2017 Jan 1;312(1):R101-R107

Keyne Charlot et al. Short-Term, Low-Volume Training Improves Heat Acclimatization in an Operational Context. Front Physiol. 2017 Jun 16;8:419

The Effect of Dietary Supplements on Endurance Exercise Performance and Core Temperature in Hot Environments: A Meta-analysis and Meta-regression
Sports Med. 2021 Nov;51(11):2351-2371.

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