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2022年04月06日

サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質

ロングビブパンツともお別れを告げる時期となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年こそ、今年こそショートビブパンツの日焼け跡を残すまいと固く誓ったものの、去年の日焼け跡がまだ消えていないランです。

今回は我々の心を(いろんな意味で)つかんで止まない、脂質についてです。

INDEX

▷脂質エネルギーは「ゆっくり」「大量」


▷脂質はアスリートも”普通”に摂っていい


▷日本人の4割は脂質を摂りすぎ


▷高脂肪食は脂質代謝を変えるが競技成績は変えない


▷高脂肪食は超級耐久レースに向いているかも


脂質エネルギーは「ゆっくり」「大量」

第九回目記事の乳酸の回でお伝えしましたが、人が体内でエネルギーを生成する行程は2種類あります。エネルギーは少ないが生成が速い無酸素経路と、エネルギーが多いが遅い有酸素経路です。糖質(グルコース)の場合、どちらの代謝経路も利用することができ、身体活動の強度によって速い経路と遅い経路を臨機応変に使っています。

一方、脂質は遅い経路しか利用することができません。かわりに、脂質から生まれるエネルギーは同質量の糖質と比較しておよそ2.1倍。脂質はゆっくりで大量なエネルギー源と言えます。

この特徴を生かすように、我々は脂質を主に安静時に使用しています。例えば睡眠中や椅子に座っているときなど、ほとんど筋力を使わずリラックスしている時でも生命活動を維持する上で最低限のエネルギーは必要です。この時は急を要さないため、脂質を利用した遅い経路でも問題なく間に合います。

表1 糖質と脂質の比較

しかし、歩く/走るなど身体活動強度が上がると、強度に比例して糖質の利用割合が増えていきます。この理由は、運動強度が強くなると筋肉へより早くエネルギーを送る必要があり、遅い経路の脂質では間に合わなくなるためです。
ロードバイク乗りにおなじみの心拍数ゾーンで説明すると、ゾーン1〜2でおよそ脂質利用と糖質利用が5:5程度、ゾーン3以上では脂質はほぼ利用されず糖質100%に近づいていきます。

図1 脂質燃焼と糖質燃焼の割合変化:運動強度が上がるほど脂質の割合は減っていく
参照:https://www.jupiterhealth.com.au/

L1ペースはおわかりの通り非常に緩いペースです。つまり、ライド中のエネルギー源は糖質、ライド前やライド後の安静時のエネルギー源は脂質ということです。

脂質はアスリートも”普通”に摂っていい

これらの事実から考えると、一般的なローディーと言われる方にとって補給のメインは炭水化物であり、脂質はそれほど拘る必要はありません。前回(第11回)、前々回(第10回)のコラムで炭水化物とたんぱく質を持久系アスリートがどう考えるかをお伝えしましたが、脂質に限っては、アスリートだからといって特別な摂取をする必要はありません。一般人と同様の基準に準拠すべきだと考えます。

日本人の4割は脂質を摂りすぎ

では、一般人と同様の基準とはどの程度なのでしょうか。
食事摂取基準(2020年版)では、脂質摂取エネルギーが総摂取エネルギーに占める割合の目標量を、成人で20〜30%としています。一方、令和元年(2019年)国民健康・栄養調査の結果によると、脂肪エネルギー比率が30%を超えている人の割合は、20歳以上の男性では約35.0%、20歳以上の女性では約44.4%という結果が示されています。また、近年の年次推移を見ても、男女ともに脂肪エネルギー比率が30%以上の人の割合が増えていることが分かります。これらのデータが示す通り、日本人の4割は脂質過多な食生活なのです。この脂質の過剰摂取が長期間続けば、動脈硬化、脂肪肝、脳梗塞、心筋梗塞などの生活習慣病につながることは明々白々ですが、敢えてここで強調しておきます。今一度、ご自身の食生活を見直してみてください。

高脂肪食は脂質代謝を変えるが競技成績は変えない

仮説ですが、この脂質過多の傾向は近年の糖質制限食の流行が反映されているのではと考えられます。というのも、糖質制限食は文字通り糖質を食事から抜いて減量をするという方法ですが、食事の満足感が得られにくいというデメリットがあります。糖質を制限している人は、この満足感を脂質で補おうとするため、自ずと脂肪摂取量が増えてくるのです。事実、糖質制限食は高脂肪食/高タンパク質食と同義に扱う書籍も多く散見されます。

高脂肪/低糖質食(別名ケトン食)のメリットデメリットは長年研究されており、高脂肪/低糖質食を続けると体内での脂質利用率が上がるという研究結果があります。つまり、より脂肪を食べることでより脂肪を使う身体に変化していくということです。

しかし、脂質利用率は向上しても、肝心の競技成績が向上したという報告はまだされていません。様々な要因が考えられますが、 ひとつには練習強度が落ちてしまうことが挙げられます。高脂肪/低糖質食は文字通り糖質を制限するので糖質が不足します。しかし糖質は速いエネルギー源であり、これらが不足すると高強度の練習に耐えられなくなり、結果として練習全体の強度が落ちてしまうのです。一般ロードレーサーであれば、炭水化物ベースの食事の方が練習の強度を維持する上で理にかなっていると言えるでしょう。

高脂肪食は超級耐久レースに向いているかも

例外的に高脂肪食がメリットをもたらし得るケースが超級レースです。これは完走が目的になるレベルの過酷なレースで、具体的には100km以上のウルトラマラソン、1200kmブルべ、アイアンマンレースなど、不眠不休で完走を目指す過酷なレースなどです。この場合、運動強度自体は低く持続時間の長い運動のため、主なエネルギー源は脂質となります。そのため理論上では脂質優位の食事のほうがメリットが大きくなりえます。しかし、先程述べた通り、これら脂質優位の食事法では高強度の練習に耐えられず、トレーニングの強度そのものが下がってしまう可能性をはらんでいます。

図2 超級レース前のトレーニング/食事例

現段階でわかっている研究結果を元に、脂質代謝を向上させる効果をこの超級レースに生かすとするならば、レース前1ヶ月のみ高脂肪食を試すという手法が挙げられます。過去の研究から、高脂肪食は2〜4週間継続すれば脂質代謝向上の効果が期待できることが分かっています。これを考慮し、レース1ヶ月前までは炭水化物メインでしっかり強度を保ち、レース1ヶ月前から脂質優位の食事をすることで脂質代謝の向上を図る、という方法であれば理論上は練習の強度と脂質代謝向上の両方が期待できます。しかしあくまで理論上のプランであり、効果は今のところ研究で示されていないことはご了承ください。

次回は休息の要、睡眠について深堀していきます。

参考文献

Rethinking fat as a fuel for endurance exercise
Jeff S. Volek,Timothy Noakes &Stephen D. Phinney

Nutrition update for the ultra endurance athlete
Curr Sports Med Rep. Nov-Dec 2011

Can carbohydrate mouth rinse improve performance during exercise? A systematic review
Nutrients. 2013 Dec

Daily training with high carbohydrate availability increases exogenous carbohydrate oxidation during endurance cycling
Gregory R et al

日本人の食事摂取基準(2020年版)厚生労働省
令和元年(2019年)国民健康・栄養調査 厚生労働省

これまでの記事はこちら
第1回 サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係



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