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2023年02月05日

サイクリングサイエンス コラム 第22回 / リバウンドの危機

正月も過ぎ、お休み気分もゆっくりと元の日常に戻りつつあるこの頃。休暇期間中に体重が増えてしまった方も多いのではないでしょうか。いつもより少し数字の増えた体重計を眺めながら、「今年は〇kg痩せよう」「富士ヒルまでに〇kg減らそう」など、ダイエットの計画を立てている方もいることでしょう。今回はこの減量に関する落とし穴について解説していきます。

INDEX


▷体重の増減を繰り返すリバウンドとは


▷増減を繰り返すと病気になりやすい


▷ダイエットの繰り返しは脂質・糖代謝を狂わせる


▷人間は短期間では太らないし痩せない


▷減量は筋トレとセットで


▷貴方に減量は必要ですか?


▷意図しない体重の変化は病気が隠れているかも


体重の増減を繰り返すリバウンドとは

ダイエットに成功して痩せたものの、リバウンドして体重が元に戻ってしまった、もしくは元より増えてしまった。こんな話はどこでも聞く話です。減量後に体重がもとに戻ってしまうことを医学的にはweight cyclingと呼びます。体重がヨーヨーのように戻ってしまうことからヨーヨーダイエットと呼ばれることもあります。この体重サイクル、残念ながら楽しいサイクリングではなく、我々の健康をむしばむ恐ろしいサイクリングなのです。

具体的にどれほどの変化量を定義するのかはいまだにはっきりとした定義は確立されていませんが、体重のベースラインの4-5%以上変化することを指すことが多いです。肥満が増加し痩身がもてはやされた現代において、ダイエットは大きく普及しました。その結果、米国の成人の4人に3人がダイエットを経験し、平均7.8回の体重減少・増加のサイクルを経験していると報告されています。しかし、ダイエットを経験したことのある方ならばご存じのとおり、減らした体重を維持することはとても容易ではありません。残念なことに、減量に成功したのちにそれを維持できたのは僅か10%未満という報告もあります。

さらに一般的なダイエットに限らず、アスリートは自分が挑む競技によっては意図的に体重サイクルを起こしていることもあります。例えば、ボディビル競技者は体重の増量期と減量期をわけてトレーニングし、筋肉量をあげつつ脂肪をギリギリまで削ぎ落した身体を作り上げます。体重階級のあるスポーツでも過酷な減量を行う競技者も多いでしょう。

増減を繰り返すと病気になりやすい

この体重サイクル(リバウンド)ですが、急激な増減を頻繁に繰り返すと健康になるどころかむしろ不健康になるという報告が近年増え続けています。

2019年に発表された体重変動と疾患リスクを調べた研究では、体重変動は全死因および心血管疾患による高い死亡率と関連していることが分かりました。また、体重サイクルの変動が大きい群では高血圧の罹患率も高くなると報告されています。さらにこの研究では、肥満群が体重サイクルを繰り返すよりも、正常体重群が体重サイクルを繰り返すほうがより悪影響が大きく出ています。

図1. 体重サイクルと死亡率の関係:サイクルを繰り返すと心血管疾患での死亡率が上昇する。参照より筆者作成


近年の研究では体重変動が複数の疾患リスクと関連していることがわかっています。関連性が報告されている疾患は、子宮内膜ガン、腎臓ガン、糖尿病、うつ病などです。

ダイエットの繰り返しは脂質・糖代謝を狂わせる

なぜ体重サイクルがこのように様々な疾患と関連があるのでしょうか。現在考えられている大きな要因は、体重の変動が代謝障害を引き起こすというものです。

減量のために意図的にカロリー制限を行うと、身体は脂肪と共に筋肉も分解して生命維持のエネルギーを確保します。体重が落ちたあとに食事をもとに戻してしまうと、ダイエット前よりも筋肉が落ちた状態なので太りやすく、脂肪がついて体重がもとに戻ってしまいます。
すなわち、一度ダイエットしてリバウンドした時、その体はダイエット以前よりも筋肉が少なく脂肪の多い状態になってしまうのです。このサイクルを繰り返せば繰り返すほど、筋肉はますます減り脂肪はどんどん増えていきます。

図2:リバウンドが身体に与える影響。筆者作成。

また脂肪は量だけでなくどこについているかも重要です。脂肪はさまざまな生理活性物質を放出し、生活習慣病を引き起こしますが、その危険性は脂肪の蓄積部位によって変化します。内臓周囲に蓄積する内臓脂肪は、体表付近につく皮下脂肪と比較して、よりダイレクトに内臓に悪影響を及ぼします。

図3:内臓脂肪からのアディポサイトカインが作用する模式図。筆者作成。


リバウンドの恐ろしいところは、脂肪の中でも内臓脂肪が増えてしまう点です。体重サイクルを繰り返すと、皮下脂肪組織が内臓脂肪へ移動するという報告があります。身体の中にある脂肪量は同じでも、健康への悪影響が大きくなる内臓脂肪の割合が増えてしまうことになるのです。

人間は短期間では太らないし痩せない

「正月で増えてしまった分はどうしよう」と心配している方へ。短期間で増加した体重のほとんどが水分とグリコーゲンの増加量です。変動が体重の2%程度であれば自然なことで、特に気にする必要はありません。本来、人は簡単に太りませんし、痩せもしません。年末年始のご馳走と出不精で増えてしまった体重も、普段の生活に戻れば自ずと戻ります。慌てずのんびりと元の生活に立て直すことに注力しましょう。さらに女性の場合は、生理周期に伴って体内の水分量が変動するため、1か月で2kg程度の増減は気にする必要は全くありません。

減量は筋トレとセットで

むしろ、正月に増えたからと慌てて減量してしまうほうが問題です。短期間でダイエットをしようとすると、真っ先に食事を急激に減らそうとしてしまいがちです。しかし、基礎代謝分を下回るような食事制限は、先述の代謝異常を引き起こしてしまいます。体重サイクルによる不調を避けるためには、ダイエットを一度で終わらせることを目標にしましょう。

リバウンドしにくいダイエットの要は筋肉量を維持 or 増量することです。体重を落としている時期は筋肉の分解は避けられません。しかし、本格的な減量と同時に筋トレをおこなうと、この筋肉の減少を抑えられることがわかっています。減量する時は筋トレと必ずセットでおこなう方法が健康に良い減量法といえるでしょう。

図4:リバウンドを防ぐには筋トレもセットで。


本来、ダイエットとは体重を落とすことではなく、生活習慣を変えることです。「早く終われ」と願うようなダイエット法は、一過性で長続きしません。流行り廃りの多いダイエット法ですが、始める前に「私はこのダイエット法を一生続けられるだろうか」と自問自答してみてください。流行の方法に流されることなく、コツコツと気長に理想の生活を築いていきましょう。

貴方に減量は必要ですか?

さらに、とても大切な観点として、そもそも自分に減量が必要かという事を今一度考えてみて下さい。特にヒルクライム競技は、体重が成績に直結しそうな印象があるので、無理なダイエットに傾倒してしまいがちです。しかし、急激に体重を落とすと坂を登るのに必要な筋肉が落ちてしまいます。ヒルクライムレースで勝ちたい、という気持ちはよくわかりますが、そのためにできることは体重を落とす以外にも沢山あります。筋力をつける、心肺機能を高める、有利なペダリングや体の使い方を覚えるなどなど、今の体重でも勝てる戦略を立てましょう。十分に乗り込めば体重も適正値に近づいてくるはずですので、多くの方には短期的な減量は必要なくなるはずです。

ボクシングやボディビルで時折みられる「水抜き」と呼ばれる、体内水分量を減らして体重を落とす方法があります。これらのように意図的に脱水状態を作る減量方法は、体重計測直前の最後の一絞りには有効かもしれませんが、有酸素系競技で水抜きを行うと
パフォーマンスを著しく落とす原因となります。勝つために、長期的スパンで体重調節を行いましょう。

また、若年女性の場合、ファッションとしての痩せたい願望が強いこともあります。事実、日本は先進国の中でも女性の低体重が非常に多く、深刻な問題となっています。痩せている=美しいはすでに時代遅れ。今のトレンドは健康的に自分らしい体系でいることです。誰のためでもない、自分のために、自分が心地よい体型を維持しましょう。

図5:各国のBMI18.5未満の割合。日本は先進国の中でも痩せた人が多い。参照より引用。

意図しない体重の変化は病気が隠れているかも

一方、自分が意図していないのに体重が勝手に急に増えたり減ったりした場合、何らかの病気の可能性もあります。例えば、体重が数日の間に急激に増えむくみが出現した場合、身体の水分量を調節する臓器である心臓や腎臓になにか異常がある可能性があります。反対に、半年の間に5%以上勝手に体重が減った場合、悪性腫瘍や甲状腺の疾患がある可能性があります。すぐさま医療機関を受診しましょう。

参考文献

Huajie Zou et al. Association between weight cycling and risk of developing diabetes in adults: A systematic review and meta-analysis, 03 August 2020

Huajie Zou et al. Body-Weight Fluctuation Was Associated With Increased Risk for Cardiovascular Disease, All-Cause and Cardiovascular Mortality: A Systematic Review and Meta-Analysis, Front. Endocrinol., 08 November 2019 Sec. Obesity

Zou H et al. Body-Weight Fluctuation Was Associated With Increased Risk for Cardiovascular Disease, All-Cause and Cardiovascular Mortality: A Systematic Review and Meta-Analysis. Front Endocrinol (Lausanne). 2019 Nov 8;10:728.

Zhang X, Rhoades J, Caan BJ, Cohn DE, Salani R, Noria S, Suarez AA, Paskett ED, Felix AS. Intentional weight loss, weight cycling, and endometrial cancer risk: a systematic review and meta-analysis. Int J Gynecol Cancer. 2019 Nov;29(9):1361-1371. doi: 10.1136/ijgc-2019-000728. Epub 2019 Aug 26. PMID: 31451560; PMCID: PMC6832748.

日経BP:https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00003/061500126/

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第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係

第12回 サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質
第13回 第十三回/強者必睡の理をあらはす
第14回 え? 私の起床時間早すぎ?
第15回 筋肉の冷静と情熱の間
第16回 心身暑慣すれば夏もまた涼し

第17回 君子の飲料は淡きこと水の如し
第18回 花は半開を看、水は適量を飲む
第19回 健全な精神は何処に宿る?
第20回 体動けば食指動かず
第21回 罪悪感なく飲むために


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