2025年03月27日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第四十回 / 「南インド」45日間(前編) 押し寄せる「刺激」の波に飲まれる

腕を引っ張る客引きを振りほどき、足早に歩く。鳴り止まないクラクション。スパイス、汗、動物の糞尿、砂埃……さまざまな匂いが入り混じる未知の空気に圧倒される。
2025年3月4日 23時。ニューデリー駅周辺。
私の初めてのインドは、フライトの乗り継ぎの15時間を利用した首都での一泊から始まった。予約サイトに表示された住所にたどり着いたが、そこに宿はなく、深夜に街を一人彷徨う。やっと宿を見つけて安堵した。

インドでの自転車旅は可能なのか?
乗り継ぎの末に降り立ったのは、南インドの地方都市コインバトール。ここを選んだのは、周囲を「超級山岳」に囲まれているからだ。さらに、この時期は比較的雨が少なく、自転車旅には最適だと思った。
インドについては「ハマる人はハマる、ダメな人は二度と行かない」とよくいわれる。私はどちらなのか? そして、この国は私の自転車旅のスタイルに合うのだろうか?
いつもなら楽しみが勝るはずの、旅の前の高揚感。しかし、今回ばかりは不安が大きかった。
現地SIMの調達に失敗し(インドでは現地の住所と電話番号を持つ人物の保証が必要)、コンセントの変換プラグを自宅に忘れた。いきなり問題が噴出したが、eSIMで妥協し、スーパーで変換プラグを入手。ようやく少し余裕ができた。
街中を少し走ってみる。交通状況は混沌としているが、バリ島やハノイを走った経験がある私には「アジア的なカオス」の範疇。信号が少ないぶん、むしろ走りやすいとすら感じた。
インドで初めてのヒルクライム
コインバトールの北に位置する、標高2200 mの山岳リゾートの町「ウーティー」。記念すべきインド初登坂は、その山岳エリアに挑むことにした。
距離26kmで標高差1600 mを駆け上がる。路面は意外なほど綺麗で、心地よい樹林帯を抜ける。木々の間から時折巨大な岩壁が顔をみせる。気づけばその岩山よりも標高を上げていて、急斜面にへばりつく茶畑が視界いっぱいに広がっている。さらには美しい山岳集落が現れる。
「インドに来て良かった」
思わず口をついて出た一言。目の前の光景と、充実感が、すべての迷いや不安を吹き飛ばした。
「45日間、全力で楽しみ尽くそう」
そう決意する一方で、解決すべき問題が残っていた。
旅を支えてくれるインドの自転車仲間
最大の懸念は荷物の輸送だった。私は基本的に「空荷で走る」スタイルなので、移動の際には荷物を次の滞在先に先送りする。しかし、インドでは配達にどの程度時間がかかるのか、荷物が無事に届くのか、情報が少なく不安だった。
さらに、野生動物保護区を通る道路の中には、自転車の通行が禁止されている場所があることも判明した。事前申請をすれば許可が出る場所もあるらしいが、その手順は見当もつかなかった。
この問題をすべて解決してくれたのは、インドで出会った自転車仲間だった。
STRAVAで南インドのKOMを更新し始めた私のアクティビティに、地元のサイクリストからコメントが入った。もしかしたら貴重なローカル情報を得られるかもしれない。そんな軽い気持ちで返事をすると、すぐにWhatsAppで繋がり、翌日には一緒に朝練をすることに。
彼の名前はバラジ(Balaji)さん。私の英語力の問題や、お互いの言語特有の訛りに苦戦しながらも、サドルトークで情報交換を重ねた。
バラジさんは、私がやりたいことを把握すると「任せなさい」と旅のプランニングを手伝ってくれた。朝練のあと、自宅に招かれ作戦会議を決行。おすすめの登坂を教えてくれると同時に、「ここには10日ほど滞在した方がいい」「この山は許可が必要だから、手続きして一緒に行こう」と次々とアドバイスをくれる。
荷物に関しては、バラジさんの友人が私のホテルまで荷物を取りに来てくれて、次の滞在先の近くに住む別の友人へと発送。翌日には届いていた。さらに、コインバトールを留守にする間、かさばる輪行袋はバラジさんの友人のスレーシュ(Suresh)さんが預かってくれることに。
インドに飛び込んでわかった「優しさ」
ホテルの隣のバイク修理屋と仲良くなり、泥だらけの自転車を洗車してもらう、なんてこともあった。仕事の合間に時間をいただいてしまったのに、料金は受け取ってくれなかった。
インドの人々はあまり大袈裟に笑わない。そして「Yes」の相槌は首を横に傾げるので、日本人には不機嫌に見えてしまう。でも、そんなクールな態度で、私の「ありがとう」に答える彼は、最高にかっこよかった。
すでに初めの2週間で、食あたりで2日間寝込み、数えきれないほどぼったくられている。そんなことはすべて些細なことに過ぎない。
インドで出会った新たな友人たち。当初イメージしていた通りの「日本とは何もかもが違う」インドの中で、全くイメージすらしていなかったような「人の優しさ」に助けられて、私のインドの旅は始まった。
(後編へ続く)
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
第三十一回 / 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
第三十二回 / 冬のリゾートで夏を楽しむ ニセコでロングステイ
第三十三回 / 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【前編】
第三十四回 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【後編】【ファンライド】
第三十五回 ワーケーション始まりの地 長野市「八景館」
第三十六回 もうひとつの台湾KOM。 台湾の強豪クライマーたちとの共演
第三十七回 『仙台』お世話になった人たちに会いに行く旅
第三十八回 二ヶ月タイの旅(前編)仲間と年越し、そして一人旅の始まり
第三十九回 / 二ヶ月タイの旅(後編)自転車がつないだ数々の出会い
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著者プロフィール

才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。