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2025年01月27日

才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第三十八回 / 二ヶ月タイの旅(前編)仲間と年越し、そして一人旅の始まり

飛行機を降りると、よく知った空気が私を包み込み、どこかホッとした。2024年12月下旬。私は昨年同様、チェンマイに到着した。

チャイナエアでのタイ入り。北京での23時間のトランジットで、初めて中国に入国し、極寒の一日を過ごした。未知の国であったこともあるだろう。少し張り詰めていた私の心が、タイの温い夜風とともに解きほぐされていくようであった。

年末年始はナーソンリゾートへ

まず目指すはチェンマイから250 km。日本だけでなく、アジア各国から自転車選手が合宿に集まる「ナーソンリゾート」。ここでたくさんの仲間と年を越すことが、一つ目の目的である。

チェンマイから丸一日かけて自走した昨年と異なり、今年はチェンマイ在住のレオと一緒に車で向かった。タイ人の彼は、もう長い間ナーソンを拠点にトレーニングを行っている。

今年のナーソンは賑やかだった。ナーソンを経営する中川さん(通称:父ちゃん)、ノイさんはもちろん、元MTBオリンピック日本代表の鈴木雷太さんが家族でやってきたり、かつての名選手である福島康司さんが一泊弾丸で顔を出してくれた。

元旦の初日の出を見に。今回、選手はまだ少なかった。それでも、木下友梨奈選手や北林力選手など、種目を問わず日本のトップ選手がトレーニングに励んでいた。

私が昨年まで所属していた「ベルマーレレーシングチーム」の仲間も集まった。その中にはもちろん監督の宮澤崇史さんの姿も。

宮澤さんはバイクを持参。彼の現役時代に、私はタイ合宿でその練習量とストイックさに刺激を受けたので、再び一緒に走るのは感慨深かった。気づけば私の年齢も、当時の宮澤さんを大きく超えている。

タイ合宿の名物山岳コース「万頭屋」にベルマーレレーシングチームのみんなと宮澤さんの中学校の後輩である北村さんで登頂。

1月中旬以降は、言わずと知れた新城幸也選手や、台湾チャンピオンのフェン・チュンカイ選手、タイ合宿の生みの親である福島晋一さんらが、続々と集まる予定。

タイ合宿は、チャレンジしたい強い気持ちがあれば誰でもウェルカム。自分の殻を破りたい選手は、今からでも間に合うので、ぜひトライしてみてはどうだろうか。

話が盛り上がるとお酒も進む。以前フェン選手がお土産に持ってきてくれたお酒を父ちゃんと飲み切ってしまった。
ろうそくに火を灯し熱気球のように空に放つランタン「コムローイ」を飛ばして新年を祝う。
お正月といえば、お餅。タイ北部は餅米「カオニャオ」が主食なので、それをついて磯部餅、大根おろし、きなこの三種が完成。
突発的に始まった餃子作り。宮澤さんと北村さん、幼馴染の先輩と後輩が餃子を焼く。
ナーソンの静かな夜が、焚き火とともにゆっくりと過ぎてゆく。

仲間と過ごしたナーソンでの年末年始から一人旅のスタート

多くの仲間が残るナーソンを出発するのは少し寂しさもあったが、私の今回の旅のもう一つの目的は、タイのまだ見ぬ土地を走ることである。旅先で待ち受けているであろう新しい出会いや、驚き、感動を味わいたい。

1月2日。私はナーソンを発った。軽装で動くために、荷物を予め次の宿泊地に送るのが私の旅のスタイルであるが、宅急便の正月休みに当たってしまった。

ここでなんと、宮澤さんがオートバイでひとっ走り。ナーソンから200 km近く離れたナーンという街まで荷物を運んでくれた。自走で向かう私と、荷物を宿に置いて折り返してきた宮澤さん。途中で落ち合って最後にランチを食べて別れた。

こうして私の一人旅が始まった。新年早々、仲間に助けてもらった。「誰かに頼る大切さ・感謝の気持ち」を再確認できた、素晴らしい年明けになった。

メコン川の雲海に昇る初日の出をみるのがこの2年間の定番行事に。

異国の地で触れる人の優しさ

一人旅のスタートから1週間。プレーという町で、ホームステイ型の宿に滞在した。お世辞にも設備が整っている宿ではない。ほとんどお湯が出ない上に、水量が弱い。室内に蚊は入り放題。でもすごく静かな「普通」のタイの一軒家。その一部屋を借りて住む、といった宿である。

私が到着するや否や、お菓子とコーヒーを出してくれた、宿の年配の女性主人。滞在期間中は、朝・昼(お弁当)・晩とご飯を作ってくれた。一緒に市場に買い物に行ったり、息子さんのバイクに二人乗りでお祭りに遊びに行ったり。なかなか普通の旅では味わえない経験をした。

出かける時に、毎日持たせてくれたお弁当。

「私のことをママ」と呼びなさい。

はじめはこの呼称に抵抗もあったが、まるで母親のような自然な振る舞いに気づけば違和感は消えていた。

食事をしながらお互い得意ではない英語で、たくさんの話をした。

近くのヨム川が2ヶ月前に氾濫して、彼女の家も2階まで浸水してしまったこと。英語は宿泊客と話すのが楽しいから覚えたこと。お金もないし、高齢の父親の面倒も見ないといけないので、タイからは出たことがないらしい。何よりも飛行機が怖いとのことだったが。

トラブルもあった。ドアノブが壊れて、部屋に入れなくなった。歯ブラシなどをコンビニで買い出しして、一晩違う部屋で過ごした。翌朝、ドアノブをハンマーで叩き壊して中に入った。

強行手段で、叩き壊されたドアノブ。

ママは常に「お金のことは気にしなくてよい。節約しなさい」と、食費などを私が払おうとしても受け取ってくれなかった。こんな時に私は、親切を素直にそのまま有り難く受け取ろうと決めている。

その代わりに、私ができることは、いつの日かもう一度この宿を訪ねることだろう。ママは、「早く来ないと、5年後10年後、私は年をとって死んでしまうよ」と、冗談半分で話していた。

宿を出る日。この日のお弁当は今までにも増して多かった。ジャージのバックポケットに入りきらないお弁当で背中をいっぱいに、たくさんの親切で心をいっぱいにして、私の旅は続く。

4泊したプレーのホームステイの「ママ」とお別れ。

今回のタイの滞在期間は2ヶ月。日本人に適用されるビザ免除期間60日をフルに活かそうと思っている。まだ旅は始まったばかりだ。




才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回  自転車で訪れる八重山諸島
第五回  出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回  東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回  北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回  全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
第三十一回 / 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
第三十二回 / 冬のリゾートで夏を楽しむ ニセコでロングステイ
第三十三回 / 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【前編】
第三十四回 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【後編】【ファンライド】
第三十五回 ワーケーション始まりの地 長野市「八景館」
第三十六回 もうひとつの台湾KOM。 台湾の強豪クライマーたちとの共演
第三十七回 『仙台』お世話になった人たちに会いに行く旅

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