2024年07月16日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第三十二回 冬のリゾートで夏を楽しむ ニセコでロングステイ
「今日は山は見えるだろうか?」
長く滞在していると、それを確認することが日課になる。「蝦夷富士」とも称される、八の字に裾野を大きく広げた後方羊蹄山(しりべしやま)。見る角度によって、その表情を変えるニセコアンヌプリ。何度眺めても、その美しく端麗な姿に魅了される。
後方羊蹄山やニセコ連峰に囲まれたリゾート地。今回、私は6月末から7月頭にかけて、ニセコに10日間滞在した。
物価も言語も海外基準
近年のニセコは、冬季に外国人観光客がパウダースノーを求めて殺到する。多くの観光客がコンドミニアムスタイルの宿に長期滞在し、ウィンタースポーツを楽しむ。
富裕層に人気のこのエリアでは、ホテルや外食の価格が高騰している。毎年夏に北海道の山岳エリアを訪れてヒルクライムを楽しんでいた私が、ニセコを後回しにしていた理由はここにある。夏価格が冬より安く設定されていたとしても、単純にお金がかかるからだ。
一度、カフェでランチを食べた。食事中のグループの会話は英語。メニューには英語が併記されている。サンドイッチとドリンクで2200円。観光地価格と言えばそれまでだが、私にとっては少々高額で、毎日となると非常に厳しい。海外にいるような感覚になった。
庶民の味方
そんな私にとって心強い味方は、セイコーマート。このローカルコンビニは、全道で統一価格。ニセコにおいては、より輝いて見える。セイコーマートでしか味わえない商品に、今回の旅でも大変お世話になった。
スーパーマーケットも通常価格。コンドミニアムが多いので、キッチンを使って自炊で安く済ませるのも良いだろう。
また、土地の名産品を味わうのも楽しみのひとつだ。さすが日本の農業を支える北海道だけあり、その季節の野菜も楽しめる。6月末には隣の仁木町でさくらんぼが真っ盛り。
チーズやスイーツなどの乳製品、ハム、ソーセージなどのシャルキュトリも豊富。
ニセコにはブルワリーが多く、酒造もある。少し足を伸ばせば、ニッカウヰスキー発祥の地である余市や、ワインで有名な小樽も訪れることができる。
外食に比べればずっと安く済むので、少し贅沢して、宿での食卓をニセコの名産で彩るのも良いだろう。
雄大な景色を自転車で味わう
おすすめのライドルートは、ニセコHANAZONOヒルクライムのレースコースと後方羊蹄山一周の組み合わせ。
ヒルクライムは倶知安の市街地をスタートする14kmの緩斜面。急勾配がないため、難易度は低く万人向けだが、ボリュームは十分。山頂にたどり着くと、左手には最高峰アンヌプリ、右手には硫黄を纏ったイワオヌプリが現れる絶景が待っている。長い上りを制覇したご褒美だ。
そして、爽快なダウンヒル。北海道は1000mに満たない標高であっても、その寒冷な気候から関東以南の1500〜2000m級の景色が楽しめる。木々も低いため、ニセコの峠は景色が開けているところが多く、息を呑む光景が次々と目に飛び込んでくる。北海道の路面は厳しい冬の影響で荒れていることが多いので、スピードは控えめに。
続いては、後方羊蹄山を反時計回りに一周するコース。常に左手に美しい蝦夷富士を望むことができる。この山は見る角度によっては、富士山形が少し崩れることもあり、「完璧」ではないことがわかる。何事も見る角度を変えれば表情が変わる。そんなことに気がついて、この山の魅力はさらに増すように感じられる。
後方羊蹄山との再会を楽しみに
ニセコを後にする日、目指すは札幌。長く滞在した山岳地帯を抜け出すために、中山峠を選んだ。
江戸時代から、松前や函館を中心とした道南や、一部の海岸線を除いて道路が全く存在しなかった。明治政府は、ロシアの侵入に対し、また北海道の開拓を進めるために、札幌に中央官庁を置くことを予定して、内陸へ通じる道路の整備を急いだ。
真っ先に整備が進められた中山峠を越える新道の開通は明治4年7月。そして札幌に官庁が開設され、北海道の開発は急速に進んだという。
だらだらと上る北海道らしい、この退屈な峠も、開拓時代に苦労して開通した峠だと思えば特別に感じられる。
長時間のクライミングの後には、ぜひ「あげいも」を。今や北海道を代表するグルメの発祥はここ。ホクホクのジャガイモと衣の甘みが癖になるボリューム満点の名物で、心もお腹も満たされて札幌へ向けてダウンヒルを開始した。
10日間、毎日のように顔を見せてくれていた後方羊蹄山。中山峠から正面に望めるはずのニセコの象徴は、この日、その姿を見せてはくれなかった。次回は札幌からこの峠を上り、山頂に向けてその頭を徐々に見せてくれるであろうこの山に、また会いに来ようと思う。
おすすめコース HANAZONOヒルクライム〜後方羊蹄山一周コース
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
第三十一回 / 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
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著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。