2024年06月22日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第三十一回 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
大台ヶ原 #1
聞こえるのは、乱れた自分の呼吸だけ。
急傾斜が続く。その厳しさに邪念は消え去り、一歩一歩、ペダルを踏むことを繰り返す。
日本屈指の山深さを誇る紀伊山地。その中でもロードバイクで到達できる最高標高地点、「大台ヶ原」へ向けて標高を上げる。
吉野大峯 #1
近畿地方の南に突き出た紀伊半島には、日本列島を東西に横断する巨大な断層帯「中央構造線」が走る。その南側に広がる険しい山岳地帯が紀伊山地である。雨が非常に多い地域で、豊富な水が木々を育み、河川となって山間を縫うように流れている。川に沿って道が走り、狭い平地に人々が生活している。
紀伊半島を代表する大河「吉野川」は中央構造線に沿って流れている。この川の両岸の狭い平地に広がる町の一つが奈良県吉野町である。吉野は古くから修験道の地として知られ、多くの歴史の舞台にもなってきた。
今回、私は吉野に5日間滞在し、自然の壮大さだけでなく、人の温かさや文化の深さに触れることができた。
吉野大峯 #2
吉野と熊野を結ぶ「大峯奥駈道」。修験道の開祖、役行者が7世紀に開いたと言われるこの道は、世界遺産にも登録されている厳しい修行の道だ。
大峯奥駈道は吉野を出て、まずは大峰山へと向かって上っていく。吉野の町から標高差約200mを上ったところにある金峯山寺は、修験道の総本山であり、こちらも世界遺産に登録されている。国宝「蔵王堂」の大きさに圧倒される。
また金峯山寺のすぐ近くにあり、同じく世界遺産に登録されている「吉水神社」にもぜひ訪れたい。
源義経が兄頼朝の怒りを買い、京都から逃走する際に滞在した場所として知られる。また、後醍醐天皇が足利尊氏との戦いに敗れて吉野に追われ、「南朝」の皇居を置いたのもここである。
さらに、豊臣秀吉が5日間に渡る花見を開催し、豪遊したことでも有名だ。
金峯山寺や吉水神社の周辺には食事処や宿が立ち並び、その奥へと修行の道に沿うように舗装路が伸びる。
秀吉が絶賛した春の桜だけではなく、古くから林業で栄えた吉野の山には、杉と檜の美しい木立が並ぶ。この森の中を少しずつ山深くへと分け入っていくと、道は細くなり、路面も頼りなくなってくる。
紀伊山地の醍醐味はこの山深さにある。普段なら不安になるような道も、「これぞ紀伊山地」と思いながら存分に味わいたい。最後は修験道の道を離れ、五番関トンネルでピークを迎える。
ここは約90kmにも及ぶ大峯奥駈道の序盤に過ぎないが、本当に山奥まで上ってきたという印象に駆られる。
大台ヶ原 #2
大台ヶ原への登坂は続く。
標高差1200mを誇るヒルクライムは近畿地方で最大であり、多少の下りも含め27kmの距離をかけて上るため、その登坂時間は非常に長い。
目の前が開けた。
急勾配を終えて、稜線を走る大台ヶ原ドライブウェイに出たのだ。視界に飛び込んできたのは、幾重にも重なる山々の先に、一際大きな壁のように聳える大峯山脈の山々。その圧巻の眺めに、一瞬、脚の疲労さえ忘れてしまう。
大台ヶ原はロードバイクで到達できる近畿最高標高地点(標高1570m)であるが、大峰山脈の主峰である八経ヶ岳(標高1915m)は近畿の最高峰であり、左右に並ぶ他の山々も八経ヶ岳に全く引けを取らない存在感。まさに紀伊山地の背骨である。
吉野を出発した大峯奥駈道は遠くに望む大峰山脈の稜線を進む。大台ヶ原を自転車で上ることで、さらに山深く、標高の高い修行の道を、徒歩で踏破する修験者の苦労を想像する。
何より大峰山脈の稜線は美しい。そしてこの地域の山深さを再確認して、まだまだ楽しめそうだな、と疲労困憊であるにも関わらず、次はどこに上ろうか、この山々のどこを縫うように道が走っているのだろうかと、新たな目標を探し出してしまったりする。
レースコースで「寄り道」を楽しむ
「吉野大峯」の登坂路は、2020年まで開催されていた「吉野大峯ヒルクライム」のコースである。
ただし、レースコースは序盤に金峯山寺を通らず観光車道(県道37号)を通る。吉野を楽しむなら、西を通るルート(県道15号)を選び、寺社を巡り、吉野葛や柿の葉寿司を味わってほしい。
吉野の歴史を知り、名物を味わうことで、速く上る以外の楽しみがきっと広がる。
「大台ヶ原」は、今年で第20回を迎える「大台ヶ原ヒルクライム」のコースとして知られる。上りごたえがあり、変化に富んだルートは、レースコースとして非常に魅力的だ。
ただ、大台ヶ原のある紀伊山地東部は、日本で最も降水量の多い地域の一つ。大峯山脈の稜線を目に焼き付けるために、晴れの日を狙って走りたい。
どちらのコースも、自然や文化、歴史を感じながら走ることで新たな楽しみが見つかるだろう。タイムとは異なる魅力に出会って、紀伊山地の壮大さを存分に味わってほしい。
吉野町のワーケーションスポット
YOSHINO GATEWAY 吉野ゲートウェイ
2022年4月にオープンした開放感のある空間。椅子やテーブルなどのバリエーションも豊富で、自分好みの居場所を見つけるのも楽しい。
月額契約や、1日単位でのドロップイン、ワンドリンクでのフリースペース利用など、様々な形での働き方に対応してくれるテレワーク施設。
結 ほんまち屋敷 https://www.yui-honmachiyashiki.com/
中井 春風堂 http://nakasyun.com/
YOSHINO GATEWAY 吉野ゲートウェイ https://yoshinogateway.com/
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
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著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。