2023年12月22日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
苔むした荒れた路面。流れ込む雨水や土砂。深い森の中、心許ない道を進む。
「酷道」。特に道の荒れた国道のことを愛情を込めてこう呼ぶことがあるが、岐阜県と北陸三県の間には、まさにこの名にピッタリな峠が多く存在する。
現実となった「熊に注意」冠山峠(かんむりやまとうげ)
初めて内陸から山を越えて北陸へ自転車で抜けたのは、2020年9月のことだった。この山塊での「酷道」との出会いである。滋賀県米原で新幹線を降りた私はまず鳥越峠を越えて岐阜県に入り(この時点でかなり山深かった)、国道417号冠山峠で福井県越前に踏み込んだ。
下りコーナーを曲がって視界がひらけた瞬間、目の前に動く黒い塊が。急ブレーキで止まった私は熊と対峙した。道の中央をゆったりと歩く熊と、固まった私。距離にして15mくらいだろうか。それはかなり長い時間だったように感じられた。熊はゆっくりと茂みの中に消えていった。下りきって市街地が見えた時に胸を撫で下ろした事を覚えている。
「熊に注意」の看板が私の中でリアルになった瞬間だった。
今年、久々に越前を訪れた。宿のご主人が11月に冠山トンネルが開通する事を教えてくれた。長いトンネルの開通によって、交通量の減った峠道の路面が荒れてしまうことがある。峠には冠山の登山口があるので、大丈夫だと思うがこの素晴らしい道がいつまでも自転車で抜けられる峠であって欲しいと願う。
温見峠(ぬくみとうげ)
岐阜県本巣市と福井県大野市を結ぶ国道157号の峠。やはり「酷道」として知られ、通行止めになることも多い。
私が通った岐阜からのアプローチでは日本五大桜「淡墨桜」を通過し、ラスト6キロくらいは急勾配と緩斜面を繰り返す本格登坂区間になる。
晴れていたので基本的に路面はドライだったが、数日前の大雨の影響か時折斜面から水が溢れ出し、その渡渉でシューズはびしょ濡れに。覚悟して出発しているので、このくらいでないと物足りないと思ってしまう。
期待通りの悪路を登り切ると峠には控えめな石碑があり、自転車と一緒に写真に収めるのが小さな喜びとなるのは、サイクリストには共通した感情ではないだろうか。派手さはない山頂が、この峠らしさとも思えた。
淡墨桜から福井県の大野市街まで約70キロ、補給ポイントがないと考えて良い。そして福井側は路面が悪い。その分、しっかり準備をすれば「酷道」にどっぷり浸かることができる。
最もハードな「酷道」楢峠(ならとうげ)
私はこの国道471号の峠を富山県から岐阜県へと抜けた。山頂までラスト3キロ。それまでの比較的走りやすかった峠道は表情を一変させた。
急激にひび割れが増え、穴が目立つようになった路面からは植物が伸びる。苔むした路面に追い打ちをかける前日の雨。ダンシングで後輪が滑る。
三桁県道や町道、村道では遭遇することもあるが、これが国道となるとかなり珍しい。ストレスを感じる一方、想像を超える「酷道」に気持ちが昂る。
滅多に車も通らないであろう控えめな峠には小さな地蔵堂がある。切り通しを越えると飛騨の街並みが遠くに見える。確かに酷い道ではあるが、雰囲気の良い峠だ。
そしてさらなる驚きは岐阜側だった。富山側のラスト3キロで味わった悪路が10キロほど続く。そしてかなりの急勾配。
緊張したブレーキングで握力が奪われる。あまりのガタガタ道に暴れるバイクを抑え込む腕が痺れる。
しかし激坂悪路を下り切った私の感想は、「あぁ、こちら側も上ってみたい」だった。
国道「酷道」だけではない
国道以外にも、もちろんこのエリアにはたくさんの素晴らしいルートがある。北陸には白山や立山といった日本を代表する信仰の山があり、平野から眺めるその存在感は圧倒的。クライマーであれば、自然とそこに近づきたいと思ってしまうだろう。
厳しい雪に覆われる冬を超えて、来シーズン再びこのエリアを訪れることが今から楽しみだ。
今月のワーケーションスポット
北陸三県の玄関口の一つである小松空港。石川県に位置するが、福井県へのアクセスも良い。空港内にはワーキングスペースがあり、飛行機の待ち時間や到着後に無料で利用できる。
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
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著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。