2023年10月16日
サイクリングサイエンス コラム第三十回/ダイエットシリーズ第1弾 体重とは何?
皆さんが自転車に乗る理由は何ですか?
楽しむため、トレーニングのためなど様々な理由があるでしょうが、最も多い理由は「痩せるため」ではないでしょうか。レース志向の方、特にヒルクライムを目標とする選手であれば、より速く上るために減量にいそしんでいる方も多いでしょう。
しかし、ダイエットに関する情報は巷にあふれている上、中には眉をひそめるような怪しい情報もまぎれていきます。
そこで今回からダイエットシリーズとして、誰もが悩むダイエットについて一緒に学んでいきましょう。第一弾の今回は、そもそも体重とは何かについて解説していきます。
体重とは?
多くの人がダイエット中に取り憑かれてしまう体重。そもそも、体重はどのようなもので構成されているのでしょうか。
多くの方がご存知でしょうが、体重の60-70%は水分が占めています。体重60kgの人であればおよそ40L近くもの水分が体に含まれていることになります。とはいえ、普段我々が目にする体内の水分と言えば汗や鼻水、涙や血液などの極少量の体液です。自分の体に大量の水分が含まれているとは、にわかには信じがたいでしょう。我々の身体のどこに、それほどの水分が蓄えられているのでしょうか。
体の中の水分と聞くと、真っ先に思いつくのは血液でしょう。しかし実のところ、血液が水分に占める割合はそれほど大きくなく、全体重の7%を占める程度に過ぎません。
体内水分の最も大きな貯蔵先は細胞です。細胞はいわば水風船のように、薄い膜の中に水を保持しています。我々の身体には60兆を超える細胞が存在し一つ一つが水分を保持しているため、細胞一つあたりの水分量は微量でも全体としては非常に多量になります。
さらに、その細胞は細胞外液と呼ばれる栄養満点のプールに浮かんでいます。これら細胞内液と細胞外液の2種類の液体が体内の水分のほとんどを占めているのです。
ダイエットの目標は脂肪だけ落とすこと
水分以外の残りの体重は、細胞や酵素のもととなるタンパク質(約15-20%)、骨を構成するミネラル(約5%)、皮下と内臓に蓄積される脂肪(約10-20%)で占められています。
このうち、骨や内臓といった臓器は日々の生活で重さが変わる事はありません。日々の生活習慣で量を変えることができるのは、筋肉に含まれるタンパク質と体脂肪のみです。そして、我々が言うダイエットと言うのは、体脂肪のみ落とすことが目標になります。
しかし、それこそがダイエットの難しさを招いています。体重を落とすためと闇雲に食事制限をすると、筋肉は減るが脂肪は減らないという現象が起きてしまうのです。特に、運動をせず食事制限のみで行うダイエットを繰り返すと発生します。
食事制限のみのダイエットではむしろ太る?
なぜ食事制限だけのダイエットでは痩せられないのでしょうか。それには人間が生きるために身体に備えた悲しいシステムが関係しています。
我々の身体は古い細胞を破壊し新しい細胞を作るという、破壊と再生を繰り返しています。この破壊と再生のペースが同じ限り、我々の身体組成は変化しません。
しかし、成長期を過ぎて歳を重ねてくると、破壊のペースがどんどん上がります(破壊>再生 の状態)。さらに残念なことに、破壊は筋肉を中心に起き、脂肪の破壊ペースは衰えません。
つまり何も介入しない限り、我々の身体は勝手に筋肉が減り脂肪が増えていくように出来ているのです。さらに筋肉は「エネルギー不足」と「運動不足」の状態では再生スピードが落ちます。運動を行わず食事制限のみのダイエットをするのは、筋肉を減らすのにおあつらえ向きな環境を自ら作ってしまっているといえるのです。
なんとも理不尽な話に聞こえますが、元来我々の祖先は長い間飢餓と戦ってきました。筋肉は生きていく上で必要ですが、作るのにも維持するのにもエネルギーを沢山消費します。そのため我々は、筋肉は必要最低限の量を維持し、軽くて沢山エネルギーを貯蔵できる脂肪を優先的に蓄えるように進化してきました。奇しくも、生き残るために選択した機能が飽食と怠惰な現代人を苦しめる結果を招いているのです。
特に、体重だけにとらわれるダイエットではこの筋肉の減少に気づきにくくなります。
仮に5kg痩せたケースを考えてみても、5kgの内訳が脂肪4kg・筋肉1kgなのか、それとも筋肉4kg・脂肪1kgなのかで結果は大きく異なるものになります。
医学的にみれば、後者はダイエットの失敗であり、むしろ肥満体型に近づいてしまったとも言えます。医学的な観点からのダイエットの成功とは、体重が減ることではなく、筋肉を維持したまま脂肪を減らすことなのです。
脂肪だけ落ちたかどうか判断するには?
では、本当にダイエットに成功したのか、つまり脂肪だけを落とせたのか確認するにはどうすればいいのでしょうか。最も正確に身体の脂肪量を確認する方法は、CTかMRIによる皮下脂肪と内臓脂肪の撮影です。もちろん、どちらも億単位でお金がかかる医療設備であり、ご家庭での購入は難しいでしょう。
現実的な方法は家庭用体組成計です。家庭用体組成計とは、体に微弱な電流を流して体内組成を計測する機器です。簡便に計測できる分、さまざまな因子に影響を受けるため厳密な脂肪の測定はできません。しかし、同じ条件で計測し続ければ変化のトレンドは追うことができます。朝一番、排尿した直後が条件を揃えやすいのでオススメです。
皮下脂肪の計測をするならば、ノギスという離れ業もあります。ノギスは本来物の幅を計測する機器ですが、決まった部位の脂肪をつまんで厚みを計るという使い方ができます。「特にこの部位の脂肪を落としたい」という明確な目標があるのであれば、簡易的な指標となります。
短期間での急激な体重増減は水分の移動
話を体重に戻しましょう。毎日体重を計測している方ならばお気づきでしょうが、体重は毎日のように、場合によっては1日の中でも大きく変動します。時には1日で2-3kgも変わることすらあります。この体重の急激な変化はどのようなメカニズムで起こるのでしょうか。
ここまでのお話を理解していればもうお分かりですね。答えは水分量が変わるからです。
普段、体内の水分量は厳密に管理されています。具体的には、体中にちりばめられた体液量センサーを介し、排泄する尿の量を腎臓が調整することで全身の水分量をコントロールしています。とはいえ、人によっては50リットルに及ぶ膨大な量の水分を管理するため、多少のズレは発生します。そのズレが1日で2-3kgにもなる体重変動として現れているのです。
筋肉量が多い方はこの短時間の水分量変動が大きくなります。なぜなら、筋肉は人体の中で最も水分含有量が多い臓器だからです。筋肉量が多い=貯水庫のキャパが大きいということになるため、水分量の増減で体重の変動が大きくなるのです。
また以下に示す5つの要因は水分の移動を引き起こし、急激な体重減少・増加をもたらします。
体内の水分量が急激に変化する要因
要因①グリコーゲンの枯渇と貯蔵
筋肉はグリコーゲンと呼ばれる形の糖質を予備エネルギーとして貯蔵しています。1gのグリコーゲンは3-5gの水分子と結合して保存するという性質を持っているため、体内のグリコーゲンを消費すると、グリコーゲンの消費量に合わせて水分も筋肉内から出ていくことになります。
そのため、ダイエット初期や長時間の運動直後など、エネルギーを多く消費し、予備エネルギーの体内のグリコーゲンを使い切るタイミングでは、グリコーゲンと一緒に水分が抜けるため体重がストンと落ちます。これは痩せたのではなく単に水分が抜けただけで、グリコーゲンを補充すれば再び水分も元に戻ります。
原理を知っていればただの水分移動だと割り切れるのですが、ダイエットを始めたばかりの人にはこの現象が最初の関門となり得るのです。張り切ってダイエットを開始した直後であれば、グリコーゲン枯渇とそれに伴う水分移動で体重はみるみる落ち、1kg程度はあっという間に減ります。
しかし、グリコーゲンを使い切って水分が抜けきってしまうと、体重の減りは著しく緩慢になります。頑張って食事制限と運動を続けても、体重は初期の頃のようにするするとは落ちません。さらにグリコーゲン枯渇による倦怠感も出てきて、辛いのに痩せない。結果、もうダイエットなんてやめてしまおうと投げやりになってしまうのです。
要因②激しいトレーニング後
激しいトレーニングを行うと、翌日に体重は増える傾向にあります。これには筋肉の炎症と水分が関係しています。トレーニングを行うと筋肉にダメージが入り、一時的に炎症が生じます。炎症が起きると、その部位の細胞はサイトカインと呼ばれる炎症モジュレーターを分泌し、回復のために必要な水分を呼び寄せます。
トレーニング後、負荷を掛けた部位に浮腫が生じるのはこれが原因です。そのため、激しいトレーニングの翌日は体重が一時的に増加します。あんなに激しく運動したのに体重が減るどころか増えている、と心配しなくても大丈夫です。この浮腫は炎症の快復とともに自然と元に戻ります。
要因③飲酒
アルコールには強い利尿作用があり、飲酒後は体重が落ちる要因となります。これはアルコールがバソプレシンという抗利尿作用のあるホルモンの分泌を阻害するため、大量の水分を尿として放出してしまうからです。
そうはいっても、お酒を飲んだ後は身体や顔がパンパンにむくんだ経験はありませんか?水分が尿として体外に出て脱水になっているのに、浮腫があるとはどういうことなのでしょうか。それにはアルコールの別作用である血管拡張が関与しています。
アルコールには利尿作用だけでなく、血管を拡張させ血管内の水分を細胞側へ放出する作用もあります。つまり、アルコールを摂取すると血管内の水は尿や細胞側に出ていき、血管の中身が水不足でカラカラになってしまうのです。飲酒後の体内は、血管の中はカラカラなのに、細胞側は水でパンパン=浮腫というあべこべな状態になっています。
要因④大量発汗・下痢
言わずもがな。大量に発汗すれば当然水分量が減少し、体重が減ります。
熱中症の回(コラム18回のリンク)でもご紹介しましたが、減少する水分量が全身の2-3%程度であれば、特に体調に異変を感じません。そのため夏の運動やサウナなどで大量に発汗すると、1-2kg程度体重が減ります。
下痢も脱水の原因となります。我々は飲料水だけでなく食べた固形物からも水分を吸収しています。水分を吸収する腸管で何らかの異常が発生し水分吸収が阻害されると、水様便(=下痢)として大量の水分を排泄してしまいます。そのため腸炎になると2-3kg単位で体重が減ります。発汗・下痢の体重減少はどちらも水分の喪失なので、水分摂取を行うと体重はもとに戻ります。
要因⑤女性の月経周期(黄体期)
女性の場合、月経周期に伴う女性ホルモンの変動により、体内で貯蓄される水分量が変化します。特に月経の2週間前から直前にかけての黄体期と言われる時期には、体の水分量が急激に増え、1日で1-2kg増えることもあります。
女性ホルモンの変動は脳の食欲中枢にも作用し、食事量のコントロールが難しくなることもあり、体重の不安定さに影響を与えます。無論、これは全ての女性に当てはまるわけではなく、月経周期に影響を受けない女性もいれば大きく振り回される女性もいたりと、個人差が大きいことが特徴です。
女性は筋肉の肥大を促すホルモンであるテストステロンの絶対量が少ないため、男性と比較するとダイエットが難しくなります。加えて、月経周期に伴う水分量の変動によりダイエットの効果が見えづらくなるという、さらなる困難もあります。
女性のダイエットこそ、長期的な目線で数ヶ月から1年以上のスパンをかけ、ゆっくり体重を落とすことを心がけてください。
人は簡単に痩せないし太りもしない
巷には短期間で体重を落とす方法が溢れています。少なからず言えることは、1週間ほどの期間で体重を落とすと称するダイエット法は、実際はダイエット法ではなくただの脱水法です。また、運動をしないダイエット法は健康に必要な筋肉を次々と削っていく減量法であり、もはや寿命の前借りのようなダイエットです。
正しいダイエットとは、緩く長期的に継続して、短期的な結果に惑わされない方法なのです。
次回は正しい減量法、特に食事法について解説していきます。
参考文献
標準生理学 第9版
病気が見える 婦人科 第4版
これまでの記事はこちら
第1回 「サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係
第12回 サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質
第13回 第十三回/強者必睡の理をあらはす
第14回 え? 私の起床時間早すぎ?
第15回 筋肉の冷静と情熱の間
第16回 心身暑慣すれば夏もまた涼し
第17回 君子の飲料は淡きこと水の如し
第18回 花は半開を看、水は適量を飲む
第19回 健全な精神は何処に宿る?
第20回 体動けば食指動かず
第21回 罪悪感なく飲むために
第22回 リバウンドの危機
第23回 サイクリストのスキンケア
第24回 ヘルメットの重要性
第25回 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【前編】
第26回 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【後編】
第27回 あしつり大解剖
第28回 No music, No sports.音楽がパフォーマンスに影響する!?
第29回 運動に適量はある?
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Blog:https://charidoc.bike/
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著者プロフィール
ラン先生らんせんせい
医師兼研究者。工学系大学院で再生医学を研究する傍ら、”できるだけ短時間で強くなる”を目標に自転車トレーニングに関する論文を日々読み漁っている。休日はGPSで日本地図を描く”伊能忠敬プロジェクト”を個人的に進行中。個人ブログでも自転車に関連する論文紹介をしている。 https://charidoc.bike/