2024年12月20日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第三十七回 『仙台』お世話になった人たちに会いに行く旅
自転車旅を生活の軸にするようになってから、冬は決まって九州や沖縄、最近は東南アジアへと、寒さから逃げることが定番となっていた。
そんな中、仙台の自転車屋さん「ベルエキップ」から忘年会のお誘いをいただいた。長く訪れていない冬の東北も良いかもしれない。どうせ山は雪の中。今回は自転車は二の次にして、お世話になった人たちに会いに行く旅にしよう。そう決めて東北新幹線に乗り込んだ。
仙台発、フランス行きのチケット
忘年会のお店に到着してドアを開けると、目の前には懐かしい顔ぶれが揃っていた。ベルエキップの店主・遠藤徹さんをはじめ、東京オリンピック代表の増田成幸さん、ロードレースから競輪へ転向した奈良基さん。
ヨーロッパでプロメカニックとして活躍した経験を持つ遠藤さんは、「自転車ロードレースをやるなら本場ヨーロッパを目指すべき」という強い信念を持っていた。その姿勢に引っ張られるように、私も自然とそう考えるようになった。
大学院生という、プロを目指すには遅すぎる年齢で競技をスタートした私に、考える時間はなかった。ただがむしゃらに前へ進む私の本気を、遠藤さんは見てくれたのだと思う。
昔から交流のあった、日本トップ選手の一人、福島晋一さんを紹介してくれた。晋一さんが代表を務めていたヨーロッパに若手選手を派遣する「ボンシャンス飯田」に移籍させていただき、競技を始めて一年も経たずにフランスの地を踏むことができた。
遠藤さんは、お店に余っていた自転車フレームを譲ってくれたり、自転車のメンテナンスを無償でしてくれたりと、夢はあるが、お金のない大学生の私に、計り知れないサポートをしてくれた。仙台を離れる時、餞別としてチェーンを2セット持たせてくれたのを今でも鮮明に覚えている。
ベルエキップのクラブチームからは、増田さんや基さんといった実績のある選手が巣立っていた。自転車を始めたばかりの私にとって、ヨーロッパを経験した彼らと身近に接する機会は、とても貴重だった。一緒に走り、たくさんの話を聞かせてもらった。
「プロを目指すならこのくらいの走力が必要」という明確な基準を知ることができたこと。「やるならヨーロッパ」と自然に意識するようになったこと。これらを得られたのは、私が仙台という地で、ベルエキップに巡り合えたからこそだと思う。
忘年会では、近況報告や思い出話に花を咲かせ、そして未来に向けて夢を膨らませ、あっという間に時間が過ぎていった。3次会まで楽しんで、再会を約束して、お開きとなった。
テニス時代の恩師に会いに
私は中学・高校・大学と、テニス一筋だった。大学では、大学院の1年生の夏まで宮城県の国体代表を目指し、部活に所属しながらテニススクールでコーチのアルバイトもしていた。そんな私にとって、お世話になった人に会いに行く旅といえば、真っ先に思い浮かぶのが卒業以来会えていなかった三浦コーチだった。
アルバイト先のテニススクールは、県内屈指の強豪ジュニア選手を育てており、三浦コーチはトップジュニアの育成を担当していた。私は彼のもとで、全国大会を目指すようなジュニアたちのレッスンをサポートしていた。
三浦コーチは、新しいコーチングの知識や経験を得るために常に努力を惜しまない人だった。選手たちの人間的な成長を大切にし、大学生コーチだった私にも「才田ならできる」と信じて丁寧に指導してくれた。時には厳しく叱ってくれた。
誰よりも自分に厳しい三浦コーチの言葉は、スッと私の中に入ってきて、心に響いた。5年間のアルバイトを通じて、競技に向き合う姿勢が私の中に根付いた。テニスに取り組む姿勢をそのままに、自転車に転向すると、自然と1ヶ月の走行距離は3000 kmを超えた。毎日トレーニングを振り返り、日誌を書いて、成長しようと貪欲だった。
あれから15年。今の私は、三浦コーチの前で、自分が歩んできた道を堂々と話すことができるだろうか。今回、コーチに連絡を取った瞬間から、少し緊張している自分がいることに気がついた。
再会したコーチは、当時と変わらず、まっすぐ芯が通った人だった。話し始めればすぐに当時に戻ったかのように、あっという間に時間が過ぎた。今後はもっと頻繁に恩師に会いに来ようと思う。
初心に戻って、今を全力で
大学4年生の冬。テニス部を引退し運動不足になるのが嫌で、通学のためにロードバイクを購入した。通学路はアップダウンの片道5 km。大学から帰宅した深夜、ツール・ド・フランスの再放送を見て、自転車ロードレースに興味を持った。
今となってはただの小さな丘に過ぎないが、こんな上り下りを毎日通学しているのだから私にもできるのではないか。そんな勘違いから始まった自転車人生。
初心に戻って、今できることを、妥協せずに頑張ろう。そんな気持ちでいっぱいになった私は、冬の仙台をあとにした。
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
第三十一回 / 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
第三十二回 / 冬のリゾートで夏を楽しむ ニセコでロングステイ
第三十三回 / 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【前編】
第三十四回 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【後編】【ファンライド】
第三十五回 ワーケーション始まりの地 長野市「八景館」
第三十六回 もうひとつの台湾KOM。 台湾の強豪クライマーたちとの共演
【INFORMATION】
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著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。