記事ARTICLE

2024年09月11日

才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第三十四回 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【後編】

前編はこちら

後編は利尻島・礼文島から稚内に戻り、オホーツク海沿いを南下する旅の様子をお届けする。

忘れることはない「稚内の味」

島から戻ると、私は稚内に三泊した。素泊まりで予約した民宿で、私が思う「北海道らしい」出来事があった。二日目の夜、スーパーで買ったお惣菜の温めをお願いしたところ、返ってきたお盆の上には、カレイの煮付けとジンギスカンが乗っていた。

さらに翌朝「せっかく稚内に何日も滞在しているのだから、この土地のものを食べていきなさい。料金はいらないから。」と、晩御飯のお誘いを受けた。

晩御飯は実に豪華だった。宗谷黒牛のハンバーグ、毛蟹、ホタテやウニのお刺身。ボリューム満点の稚内のフルコースだった。私の頭には「稚内の味」が、女将さんの親切とともに深く刻み込まれた。

ご馳走してもらった「稚内のフルコース」

稚内を出る日。最後に女将さんはスポーツドリンクのペットボトルまで持たせてくれた。

今までも北海道では、晩御飯をご馳走してもらったり、延泊の宿泊料金を無料にしてもらったり、他ではないような体験をしてきた。今回もそんな「北海道らしい」体験が一つ増えたことになる。

「日本最北端」を上回るインパクト「宗谷丘陵」

稚内から約30km北東に位置する、日本最北端の宗谷岬。何度も写真で目にしたことのあるモニュメントが目の前にある。

日本最北端宗谷岬のモニュメント。何度も写真で見てきた場所で写真を撮る
日本最北端の食堂でホタテラーメンを食べる。このような場所では「定番」を楽しむのが一番である。


最北端から進路を変えて、オホーツク海を南下しようとして思い出したのは、昨晩の女将さんとの会話。ご馳走してもらった「宗谷黒牛」のハンバーグ。その牛が育ったのが宗谷丘陵だという話だった。一目、その姿を見てから南下しようと決心し、宗谷岬の背後の丘を駆け上がった。

巨大な風力発電のプロペラが立ち並び、大自然と人工物の絶妙なコントラストを生み出している宗谷丘陵。


そこには想像していなかった広大な丘陵が広がっていた。ゆったりとした丸みを帯びた稜線がずっと遠くまで広がっている。日本全国を旅してきて、最後の未踏の地域を走っている私にとっても、このような景色に出会うのは初めてだった。

宗谷丘陵のホタテ貝を敷き詰めた白い道。さながら日本の「ストラーデビアンケ」。


「絶景疲れ」を覚えるほどに、次々と目に飛び込んでくる光景。そんな贅沢を味わえる宗谷丘陵。日本最北端の岬「宗谷岬」ばかりが注目されるが、その背後に広がる宗谷丘陵こそが自転車で訪れるべき場所ではないだろうか。この景色に出会わせてくれた女将さんの一言に、改めて感謝した。

生き残って、帰ってきた「駅そば」

オホーツク海沿いを南下し、浜頓別からは一旦内陸に入ることにした。理由は、海岸線に少し飽きてきたことと、道北では珍しい標高差約400mの知駒峠があったこと。久しぶりの長い登坂を堪能してから、向かったのは音威子府村。

短い夏を待っていたかのように咲き乱れる花々が美しい知駒峠。


内陸で一泊するのに良い場所はないかと、偶然見つけたこの村。北海道で最も人口の少ない村である。昭和25年に4,184人いた人口は減少の一途を辿り、令和5年は632人。現在も走る宗谷本線だけでなく、廃線になった天北線の始発駅だったこともあり、昔は車両基地もあって、鉄道関係者も多く住んでいたという。

かつて、音威子府は「駅蕎麦」が有名だった。コロナ禍により、駅構内の「常盤軒」が休業。その後、蕎麦屋の店主が亡くなってしまったことで、村にあった製麺所も廃業。その歴史に幕を下ろしてしまった。

その中で、音威子府そばを関東で提供していた二つの店舗が、黒く太い独特の蕎麦を再現し、「新音威子府そば」として再スタートを切った。偶然、私が宿泊したゲストハウス「イケレ」では、その蕎麦をいただくことができた。関東で生き残った音威子府そばが地元に戻ってきたのである。

ざる蕎麦と、かけ蕎麦を選べたが、駅そばはかけ蕎麦が本来の形だったということでかけ蕎麦をチョイス。蕎麦の実をそのまま挽いた、しっかりとした風味の強い存在のある黒い麺。濃い目のつゆも相まってあっという間に完食した。


北海道で最も小さな村の静かな夜

涼しい。むしろ寒い北海道の夏の夜。満天の星空の下、3人で宿の外に置かれた机を囲む。宿のマスターと、私。もう一人はなんと、廃業した音威子府そばの製麺所の元社長である。年齢を重ねた今でも、エネルギー溢れる豪快な方で、そばのこと、音威子府が賑わっていた当時のこと、たくさんの話を聞かせてくれた。

私たちは、この日最後の宿泊客が乗ってくるであろう終電を待っていた。あっという間に時間が過ぎて、やがて終電がやってきた。小さなこの駅でも、数人が降りる。しばらく待ったが、無断キャンセルで待ち人は現れなかった。去り行く終電が合図かのように、その場はお開きとなった。

走り去る社長の車のエンジン音が遠ざかり、音威子府の夜は静けさを増したかのようだった。

ゲストハウス イケレ 音威子府。個室とドミトリーが選べ、洗濯機が無料で使えるのはサイクリストには嬉しいところ。宿の前の椅子に腰掛けて終電を待った。


旅に「余白」を残す

翌日、浜頓別まで戻り、オホーツク海沿いの南下を再開した。未踏の海岸線は浜頓別から網走までだが、内陸を一度走ったことで、海岸線にこだわる必要もないと思うようになっていた。そこで、網走の手前にある紋別に2泊し、今回の北海道旅を締めくくることにした。紋別から網走までの約100km、サロマ湖のある区間が未踏のまま残ることとなった。

「また来ればいいか」

そう思える「余白」を残すこと。それこそが旅を長く楽しむコツである。

オホーツク海沿いで私がお勧めしたいのは、枝幸町の「三笠山展望閣」。「三笠の壁」と呼ばれる激坂ショートクライミングの先にある展望台で、カフェが併設されている。
「三笠山展望閣」で絶景を目の前に、スイーツとコーヒーをいただきながら、気さくな店主としばしお話し。居心地が良くて、紋別までこの日の行程がまだ100km残っているのに、つい長居してしまった。

ゲストハウス イケレ 音威子府

https://ikereotoineppu.wixsite.com/mysite

三笠山展望閣


才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回  自転車で訪れる八重山諸島
第五回  出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回  東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回  北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回  全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
第三十一回 / 吉野大峯と大台ヶ原 紀伊山地のレースコースを楽しむ
第三十二回 / 冬のリゾートで夏を楽しむ ニセコでロングステイ
第三十三回 / 国内最後の未踏エリア 北海道「北の大三角」【前編】

【INFORMATION】

編集部での日々の出来事や取材の裏話、FUNRiDE presentsのイベント情報などをSNSにアップしています。
ぜひご覧いただき、「いいね!」のクリックをお願いします。
Instagram⇒ https://www.instagram.com/funridejp/
X⇒ https://x.com/funridejp
Facebook⇒ https://www.facebook.com/funridepost


八ヶ岳ロングライド エントリー締め切りは2024年9月16日!

記事の文字サイズを変更する

記事をシェアする