2024年05月25日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第三十回 / バリ島 自転車で感じる「神々と自然と人々」が融和する島
水の張られた水田に、澄んだ青い空と、幾重にも重なる白い雲が映り込む。目を横に向けると稲穂が青々と育っている。それが階段上に重なり、また左右へ広がり、大パノラマの棚田を作り出している。そこに降り注ぐ日差しが眩しい。
今回の舞台はインドネシアのリゾートアイランド「バリ島」である。
神と人と自然が調和する島「バリ」
イスラム教徒が多いインドネシアの中で、バリ島ではバリヒンドゥー教が信仰されている。神と人と自然の調和を重んじるこの宗教。神々が住む多様な自然を信仰の対象としても捉えている精神は日本人にとってどこか馴染み深い。
この調和を重視する精神から生まれたバリ島の文化は、独自の水利システムである「スバック」という形で世界遺産にも登録されている。
スバックは、水源から流れる水を堰き止め、斜面に作られた大規模な棚田に均等に分配する灌漑システムである。
スバックには寺院もあり、水や豊穣にまつわる神々への祈りとお供えが毎日捧げられる。このように、人々の営みと、自然、神々への信仰が一体となったスバックは、バリ島を代表する世界遺産と言えるだろう。
この神々の住む自然と、人々の営みが深く結びついた景観の中を自転車で走る。それだけでワクワクする。
市街地は大渋滞
自転車で市街地中心部を出発すると、驚愕の大渋滞に直面する。
車が多い中で路上駐車が頻発し、右左折車が立ち往生して後続車が詰まる。その間を縫うようにオートバイがすり抜けていく。やがて行き場を失ったバイクも詰まり始め、少しでも前に進もうと歩道まで広がる。東京の都心部を遥かに上回る交通渋滞と言って間違いない。
渋滞にうんざりした頃に、やっとの思いで市街地を抜け出す。遠くに海の見える水田の中を通る田舎道に入る。
「あぁ、美しい」
渋滞にイライラした心がスッと洗われて、純粋にどこまでも走り続けたいという想いに駆られる。
私の目を釘付けにしたバリ島最高峰
バリ島の外周は約400キロ。島の中央部には東西に厳しい山岳地帯が広がっている。自転車で走る私の目の前に、その中でも圧倒的な存在感で聳え立つ独立峰、標高3000mを超えるバリ島最高峰のアグン山がその姿を現した。
その山容は、広大な裾野を持つ末広がり。衣を纏うように薄い雲がかかる。なんという美しさと力強さだろう。
「頂に自転車で近づきたい」
その思いで私の頭はいっぱいになった。山頂に向かって標高1500mを超える地点まで、ほぼ真っ直ぐに伸びるルートを見つけた。登坂距離は9km強で、平均勾配は10%を越える。
バランスの取れた容姿。恐怖すら覚える厳しいプロフィール。日本の「富士山」と「あざみライン」が私の頭の中で重なった。3つある富士山へのメインルートの中でも、あざみラインの勾配の厳しさは群を抜いている。自転車での富士巡礼で一つ選ぶなら、あざみラインがまず頭に浮かぶ。
1963年の噴火では1000人を超える犠牲者を出したアグン山。「畏れの対象」でもある火の神が住むというこの山に、自転車で挑戦するに当たって、これほど適したルートは他にないと思った。
バリ島最高峰への挑戦
アタックの日は雲が出ていて、その頂は時折顔を出してはすぐに隠れてしまう。序盤は採石場を往復するトラックも多いことから路面が荒れているが、ペダルを回すにはまだまだ余裕のある勾配が続く。
その圧倒的な厳しさが牙を向くのは残り3.5kmから。平均勾配は13%を超える。あざみラインを上回る長い長い勾配区間。
「蛇行せずに上ろう」
この山への挑戦の中で、私の頭に浮かんだ思いはこれだけだった。クライマーとしての私なりの畏敬の念の表れといっても良い。
フィニッシュ地点から5分ほど階段を登るとその先に寺院が現れる。霧がかかる神々しい雰囲気は心に深く刻まれた。
そして雲の中で展望が閉ざされる中、時折雲の切れ間から下界が顔を覗かせる。高いところまで上ってきた事を実感する。その一方で、山頂は厚い雲の中。まだ山の中腹までしか到達していないことを思い出し、頂を見ることができないこの山の大きさを実感する。
自転車で感じる自然と文化の多様性
バリ島のヒルクライムは、美しい青く輝く海岸線近くをスタートし、渋滞の市街地を抜け、棚田の中を通り過ぎ、頂上の寺院や湖に辿り着く。
バリ島の人々が作り出したスバックの水の流れに逆行して上り、その景観の変化を感じながら進む。
頂上で自然の壮大さに触れた後は、水の流れに沿うようにダウンヒルが待っている。上りで感じた景観の変化が逆再生で一気に視界を通り過ぎていく。
ヒルクライムでその地形のダイナミックさを疲労と共に実感し、大自然と島の人々が作り出した文化が織り混ざった景観の変化を「ちょうど良い」速度で目に焼き付ける。
バリ島を最も贅沢に味わうには自転車がベストだ。それを存分に感じた20日間の滞在だった。
アグン山への挑戦のSTRAVAのアクティビティログ
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
第二十四回 海外ワーケーション! 日本から近い島国「台湾」
第二十五回 / 知られざる秘境 〜岐阜県と北陸三県の間に広がる山岳地帯〜
第二十六回 / タイでワーケーション(前編) タイ合宿の聖地「ナーソンリゾート」
第二十七回 / タイでワーケーション(後編) いつものスタイルで放浪旅に挑戦
第二十八回 / 雑踏!世界遺産!グルメ! 活気に満ちたベトナムを走る
第二十九回 / ビールのつまみは「スパイスの効いた旅」 ベトナムの首都ハノイ
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著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。