2023年12月26日
サイクリングサイエンス コラム第三十二回/ダイエットシリーズ第3弾 減らすべきは脂質? 糖質? カロリー?
いよいよ本格的な冬が到来。朝晩の冷え込みが厳しくなり、ライドが億劫になる季節になりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。
前回のコラムでは、ダイエットを理解する前提として運動では思ったほどカロリーを燃やすことができないダイエットの鍵は食事制限を学びました。
今回のコラムでは、食事制限について現在わかっている研究結果を参照しながら、最適な食事制限法について考えていきましょう。
基本的な栄養素のバランスはどれぐらい?
食事制限とは、減量を目的としてバランスのとれた食事から特定の栄養素や全体の量を制限する方法を指します。食事制限を理解するために、まずはバランスのとれた食事とは何かを考えていきましょう。
我々の食事は3大栄養素に基づいてバランスをとるのが良いと言われています。3大栄養素とは炭水化物、たんぱく質、そして脂質です。その3大栄養素ですが、目安となる割合があります。
主食となる炭水化物(Carbohydrate;C):50-65%
脂質(Fat;F):20-30%
たんぱく質(Protein;P):13-20%
これが栄養バランスの目安とされており、それぞれの頭文字をとってPFCバランスと呼ばれています。
代表的な食事制限のパターン
では、食事制限法とはどのようなものでしょうか。
①カロリー制限食
基本バランスを維持したまま、全体量を減らしたものをカロリー制限食と呼びます。
②脂質制限食
全体量は減らさず脂質だけを減らし、炭水化物とたんぱく質で補うものを脂質制限食と呼びます。
③炭水化物制限食
炭水化物を制限するものを炭水化物制限食と呼び、糖質制限食として知られるものです。
たんぱく質は死守
食事制限法で大事なポイントは、制限をするのは脂質と炭水化物だけで、たんぱく質は制限しないことです。この理由は、たんぱく質摂取の絶対量が不足すると筋肉の分解が加速されるためです。
食事制限を検討し始めた最初の時点で、たんぱく質摂取量は維持もしくは意図的に増加させるよう気をつけましょう。具体的な目安は体重あたり1.0から1.5gのたんぱく質量を維持することです。カロリーで換算すると、体重60kgの人であれば1日で60gのたんぱく質を摂取することになります。これはカロリー換算でおよそ240kcal相当です。240kcalを差し引いた残りの摂取カロリーを、実施しようとする食事の制限法に合わせて変えていきます。
炭水化物制限では、炭水化物の摂取量を全体総カロリー量の10%程度に抑え、不足分を脂質で補います。一方脂質制限では、全カロリーに占める脂質の摂取量の割合を大きく減らし、炭水化物で不足分を補うことが大原則になります。
どの程度の量まで減らすのかは文献によって異なり、現時点では確固たる数値やバランスは決まっていません。ダイエットのやり方によって減らす目安は大きく異なるため一概には決められませんが、PFCのバランスを変えることによって減量を狙うという方法は共通しています。
どのダイエット法が一番痩せる?
ではここでクイズです。
ここまでで紹介した3つの食事制限法のうち、もっとも効果があると考えられているのはどの食事制限法でしょうか。
正解は「すべて」です。
なんとも味気ない回答ですが、長年の研究結果ではどの食事制限法でも同様に痩せるという結果が出ています。
2015年にカナダで実施された研究では、上記3種類の食事制限法を半年から1年実施し、どの食事法が最も痩せたかを検証しました。食事制限実施から半年後の時点では、炭水化物を制限する方法がもっとも痩せていました。しかし、年経過すると他の方法との差が埋まり、どの食制限法でも同程度の減量効果があることがありました。
その後の追加で行われたメタ分析でも同結果が出ており、結局のところは何を制限しても続ければ痩せるということがわかりました。
何を制限するかによって身体の反応は異なる
だからといってすべてのダイエットで同じように体が痩せるわけではありません。何を制限するかによって体に起きる反応が多少変わってくるのです。
①脂質制限は継続しやすいが時間がかかる
脂質制限法はその名の通り食事に占める脂質の量を減らすという方法です。
以前のコラムでもお伝えしたとおり、脂質は我々の身体が常時使っているコンパクトで持ち運びやすいエネルギー源です。脂質の摂取を減らすと、不足した脂質エネルギー分を体脂肪から補おうとするので痩せる、というわけです。
脂質制限法は米を主食とする和食と非常に相性が良く、日本人にとって続けやすい方法です。また、主たるエネルギー源である炭水化物を減らさないため、空腹感や倦怠感を感じにくく、強度の高い練習でも耐えられるというメリットがあります。
一方、脂質制限法は効果が出るのが遅いというデメリットがあります。このコラムで紹介した3つの食事制限法のなかではもっとも効果の出現が遅く、長期的なスパンが必要です。また、脂質は腸内で便を動きやすくする潤滑剤の働きをしているため、脂質が不足することで便秘になる方が一定数いらっしゃいます。
②糖質制限は短期間で痩せるが最大パワーが落ちうる
糖質制限法はもっとも短期間で効果が出やすい食事制限法です。しかしこの短期間での効果は、前回のコラムで紹介したとおり、グリコーゲンが抜けたことによる水分の移動ではないかと指摘されています。
いずれにせよ、最短で効果を出したい場合はこの方法が手っ取り早いといえます。しかし、主たるエネルギー源たる炭水化物を抜くため、非常に強い倦怠感を伴うというデメリットがあります。
加えて我々のような有酸素運動競技者にとっての懸念は、炭水化物を抜いてしまうと練習の質が落ちてしまうことです。実際にサイクリストを対象とした研究では、炭水化物を抜いた群ではマックスのパワーと耐久時間が低下するという研究結果があります。
ただし、人によってはパワー耐久時間が改善されたという報告もあり、個人差が大きい要素なのではとも想定されます。
体重を落とせたとしても、パワーが落ちてしまっては元も子もありません。炭水化物を減らすダイエットは短期間で効果の出る方法ですが、人によっては強い倦怠感、弱体化という副作用もある諸刃の剣といえます。
③カロリー制限は調節が難しい
カロリー制限は脂質も炭水化物もバランスよくとり続けるため、上記のようなデメリットは見られませんが、継続が難しいという点が挙げられます。
前回のコラムでお伝えした通り、摂取カロリーが極端に制限されると私たちの体は基礎代謝を減らし、飢餓状態に対応しようとします。過度なカロリー制限を行うと筋肉量の減少や体調不良の原因となり得るのです。
そのため、基礎代謝低下を起こさないが減量はする、という絶妙なカロリー量に調節する必要があるのです。ただしこの調節はシビアで、毎日行うにはある程度の忍耐が伴います。
トライアスリートや超持久系アスリートは糖質制限もあり
一部のアスリートにとっては、脂肪糖質制限が有効な場合もあります。それはトライアスリートやウルトラマラソン、ブルベなどを代表とする超持久系競技者です。
ウルトラマラソンやアイアンマンレースなどはレース時間が12時間を超える競技です。このような超耐久レースの場合、長い競技時間に耐えるために運動強度は低くなり、主に脂肪をエネルギー源として使う強度で運動を行うことになります。
実際のところ、これらの長時間に及ぶスポーツの場合、体内に蓄えた糖質だけではエネルギー消費が到底賄えないため、脂質を効率良く使えるように体を変化させることが成功要因の一つと言われています。
糖質を制限して脂質を多めにする食事法では、脂質の代謝経路が向上し脂質がうまく使えるように身体が適応するという研究結果が示されています。そのため、このような超持久系競技者の場合は、あえて糖質制限によって脂肪をうまく使う体に作り替えるというのも1つの作戦として有効でしょう。
食事法の効果は個人差がかなり大きい
どの食事法がもっとも適しているかは、個人の代謝や食文化、嗜好によって影響を受けます。京都医療センターからつい先日発表された研究では、個人の生活習慣、健康状態から最適な脂質・糖質の割合をシミュレーションから計算するという試みが紹介されました。
実際に減量に効果があったのは極端な食事法ではなく、「10%炭水化物を減らす」「脂質と炭水化物を減らす」「脂肪を20%までに抑える」といった個人の代謝を考慮した減量指導でした。
今回ご紹介した内容は実験から得られた結果をもとにしていますが、みなさん個人個人にあてはめるには微調整が必要になります。さらに、結局はどのような食事法でも続けることが非常に重要です。
続けるためには自分の好み、食文化も考慮する必要があります。例えばご飯が大好きという方であれば、糖質制限はかなりのストレスを伴う食事制限法です。イタリア料理などの油をたくさん使う料理が好きな方にとっては、脂質制限はほとんどのものが食べられなくなり、これもまたかなりのストレスになってしまうことでしょう。
自分の食事の好みや生活に合わせて何を制限すべきか、総合的に判断して自分なりの食事制限を考えていきましょう。
参照論文
1.Bradley C.et al.Comparison of Weight Loss Among Named Diet Programs in Overweight and Obese Adults A Meta-analysis JAMA. 2014;312(9):923-933. September 3, 2014
2.Christopher D. et al. Effect of Low-Fat vs Low-Carbohydrate Diet on 12-Month Weight Loss in Overweight Adults and the Association With Genotype Pattern or Insulin Secretion. February 20, 2018 JAMA. 2018;319(7):667-679.
Ramage S, Farmer A, Eccles KA, McCargar L. Healthy strategies for successful weight loss and weight maintenance: a systematic review. Appl Physiol Nutr Metab. 2014 Jan;39(1):1-20. doi: 10.1139/apnm-2013-0026. Epub 2013 Nov 4. PMID: 24383502.
Dr Deirdre K Tobias. et al.Effect of low-fat diet interventions versus other diet interventions on long-term weight change in adults: a systematic review and meta-analysis The Lancet Diabetes and Endocrinology ISSUE 12, P968-979, DECEMBER 2015
Long-Term Effects of 4 Popular Diets on Weight Loss and Cardiovascular Risk Factors
A Systematic Review of Randomized Controlled Trials
Renée Atallah, Kristian B. Filion, Susan M. Wakil, Jacques Genest, Lawrence Joseph, Paul Poirier, Stéphane Rinfret, Ernesto L. Schiffrin and Mark J. Eisenberg
Originally published1 Nov 2014https://doi.org/10.1161/CIRCOUTCOMES.113.000723Circulation: Cardiovascular Quality and Outcomes. 2014;7:815–827
Wachsmuth NB, Aberer F, Haupt S, Schierbauer JR, Zimmer RT, Eckstein ML, Zunner B, Schmidt W, Niedrist T, Sourij H, Moser O. The Impact of a High-Carbohydrate/Low Fat vs. Low-Carbohydrate Diet on Performance and Body Composition in Physically Active Adults: A Cross-Over Controlled Trial. Nutrients. 2022 Jan 18;14(3):423. doi: 10.3390/nu14030423. PMID: 35276780; PMCID: PMC8838503.
Optimization of nutritional strategies using a mechanistic computational model in prediabetes: Application to the J-DOIT1 study data.
これまでの記事はこちら
第1回 「サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係
第12回 サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質
第13回 第十三回/強者必睡の理をあらはす
第14回 え? 私の起床時間早すぎ?
第15回 筋肉の冷静と情熱の間
第16回 心身暑慣すれば夏もまた涼し
第17回 君子の飲料は淡きこと水の如し
第18回 花は半開を看、水は適量を飲む
第19回 健全な精神は何処に宿る?
第20回 体動けば食指動かず
第21回 罪悪感なく飲むために
第22回 リバウンドの危機
第23回 サイクリストのスキンケア
第24回 ヘルメットの重要性
第25回 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【前編】
第26回 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【後編】
第27回 あしつり大解剖
第28回 No music, No sports.音楽がパフォーマンスに影響する!?
第29回 運動に適量はある?
第30回 ダイエットシリーズ第1弾 体重とは何
第31回 ダイエットシリーズ第2弾“痩せる”のに運動は本当に必要?
ラン先生のブログ&インスタグラムはこちら
Blog:https://charidoc.bike/
Imstagram:https://www.instagram.com/31_ran_/
【INFORMATION】
富士の国やまなし 第20回Mt.富士ヒルクライム 開催日程決定しました。
大会HPはこちら : https://www.fujihc.jp/
編集部での日々の出来事や取材の裏話、FUNRiDE
presentsのイベント情報などをSNSにアップしています。
ぜひご覧いただき、「いいね!」のクリックをお願いします。
Facebook⇒ https://www.facebook.com/funridepost
twitter⇒ https://twitter.com/funridejp
著者プロフィール
ラン先生らんせんせい
医師兼研究者。工学系大学院で再生医学を研究する傍ら、”できるだけ短時間で強くなる”を目標に自転車トレーニングに関する論文を日々読み漁っている。休日はGPSで日本地図を描く”伊能忠敬プロジェクト”を個人的に進行中。個人ブログでも自転車に関連する論文紹介をしている。 https://charidoc.bike/