2023年05月22日
サイクリングサイエンス コラム 第25回 / 目の前で落車が起きた!その時あなたはどうする?【前編】
季節がら、外でライドする機会も増えました。自転車に長く乗れば乗るほど、事故にあうリスクはどうしても生じてきます。自分は無事にライドを楽しむことができても、目の前で事故を目撃するかもしれません。皆さんは目の前で事故を目撃したとき、落ち着いて対応できる自信はありますか?
自信がある人もそうでない人も、救護法はつねに繰り返し学んでほしいものです。そこで今回は、目の前で自転車事故を目撃した時のために、最低限知っておいてほしい簡易版救護対応をまとめました。
INDEX
▷目の前で落車事故が起きた時の一次救急
▷▶︎事故後のアフターケア
▷▶︎頭を打った場合は24時間厳重観察
▷▶︎事故に備えて今できることは
▷▶︎繰り返し練習して身体に叩き込む
理解しておいていただきたいのが、今回紹介するような一次救急はあくまで病院搬送までのつなぎであり、二次災害を予防しながら安全に病院に運ぶことが目的です。決して無理する必要はなく、過度な治療も必要ありません。
自分と周囲の安全を最優先にし、迅速に病院搬送することが重要です。より詳細な救護法を学びたい方向けには素晴らしい教材がたくさんあります。例えば日本赤十字(https://www.jrc.or.jp/lp/webcross/)や総務省消防庁(https://www.fdma.go.jp/relocation/kyukyukikaku/oukyu/
)のサイトには、救護法一連を学べるWEB講座があります。他にも消防署、病院や赤十字施設では定期的に救護法の練習会(https://www.jrc.or.jp/study/)を行っています。自信がない方はこういった教材を利用し、救護法を身につけておきましょう。
目の前で落車事故が起きた時の一次救急
1.何はともあれ安全確保
事故を発見した場合、最も大切なことは救助する人自身の安全確保と二次災害を防ぐことです。
目の前で事故を目撃すれば誰でもパニックになります。たとえ訓練を受けた医療者でも、勤務時間外に目の前で事故に遭遇すれば狼狽します。訓練を受けていない一般人であれば尚更です。目撃者が二次災害に巻き込まれてしまっては、救助できる人員が減るだけでなく怪我人が増えてしまいます。何はともあれ、冷静に自分の安全を確保しましょう。
2.周囲に事故を知らせる
自分の安全を確保しつつ、後続の自転車や車に事故の発生を知らせます。グループでライドしている場合、同じグループ内のライダーや後続車に事故が発生したことを知らせてください。この時も、二次災害を発生させないことを念頭に、自分も他の人も安全に停車できるように声かけします。
3.救助する人員を集める
救護のための人手を集めます。グループライドをしていた場合、他のライダーと共に救護活動に移りましょう。ソロの場合安全を第一にしつつ、通行する他のライダーなどに救護の手伝いを依頼してください。余裕があれば、この1-3までの工程はほぼ同時に行います。
4.怪我人の状態確認と救急車要請
自分と周囲の安全が確保できたら怪我人の状態を確認していきます。
まず大出血が起きていないかといった、怪我人の身体の状態を確認します。
次に、周囲に落下の可能性がある物はないか、前後から車が突っ込んでくる可能性はないかなどを確認し、救護活動を安全に行える環境を確保します。
続いて意識の確認です。怪我人の顔が向いている方向から「大丈夫ですか」と大きな声で声をかけます。顔の向きを指定する理由は本人の顔を動かさないためです。振り返る程度の小さく頭を動かす動作でも、衝撃で容体が急変する可能性があるため、それを予防します。返事がある場合は意識あり、繰り返しても返事がない場合は意識がない状態です。
意識がない場合はこの段階ですぐさま救急車を要請し、同時にAED確保を別の人に指示します。すぐに呼吸を確認し、呼吸していると確認できなければすぐさま心肺蘇生法(JLA心肺蘇生法 https://www.youtube.com/watch?v=EwdyAk-0Z9c)に移行します。
意識がある場合、手足にしびれや麻痺がないかを本人に問いかけます。ここで本人がしびれや麻痺があると答えた場合、絶対に首や頭を動かさないよう指示し、そのまま救急車を待ちましょう。
麻痺・しびれがないことが確認できたらゆっくりと上体を起こしましょう。この時、骨折や外傷の有無を確認します。脚や腰の骨折、怪我で立てない場合は無理に立たせず、そのまま救助を待ちます。
上記含め、救急車の要請が必要になる可能性が高いケースは以下の通りです。
・32.2km/h以上の速度で走行する車/バイクとの衝突
・自転車が32.2km/h以上の速度で走行している際に落車
・本人の意識がない、もうろうとしている
・麻痺やしびれがある
・歩けない
・歩行者との衝突(歩行者側に必要)
これらが全て当てはまらない場合や、明らかに軽傷であると判断できる場合は緊急性が低いため救急車搬送は必要ありませんが、後々病院受診が必要なケースもあります。
5.怪我人の移動と保護
4までの工程で、意識があり、しびれがない場合は移動して大丈夫な状態です。道路上で落車した場合、路肩などの安全な場所まで受傷者と自転車を移動させます。
怪我人を運ぶ方法は様々です。人数に応じて以下の方法を用いて搬送をします。
しかし、上記の運搬方法はあくまで頭部・首に怪我がない場合にのみ適応できます。頭と首を怪我した可能性がある場合は、無理に動かさないようにしてください。むしろ、無理に動かさないほうが良いケースもあります。
首や頭、骨盤などが骨折している時に無理に動かしてしまうと、折れた骨端が神経を傷つけ、深刻な後遺症を引き起こしかねません。多量に出血している場合も、無理矢理動かすことで出血が進行し致命的になることもあります。
自分以外に人がいない場合や運搬に自信がない場合は、交通整理に徹して救急車の到着を待つのが最善策です。救急車を待つ間、怪我人の身体が冷えないように余分なジャケットやベストを重ねて保温に努めます。
以上が大まかな救護法の流れです。以下の図を参照して何度も繰り返し練習してみましょう。次回のコラムでは、具体的なケースを用いながら実践的な救護法についてより深く学んでいきます。さらに怪我後のアフターケアについても触れていきます。
参考文献
Guidelines for Field Triage of Injured Patients: Recommendations of the National Expert Panel on Field Triage, 2011
外傷初期診療ガイドラインJATEC
日本赤十字社
DMAT 標準テキスト 改訂版
事故後のアフターケア
救急搬送される場合救急隊員に搬送先の病院を尋ね、同乗もしくは現地に直接向って病院へ移動します。病院で検査や治療を受けた後は、入院しない限りは車やタクシーでの帰宅になるので、同居家族や友人と連絡を行います。
乗っていた自転車は残念ながら救急車で搬送できません。友人に協力してもらうもよし、ロードサービスを利用するのもよいでしょう。
救急車搬送ほどの大事故ではなかった場合でも、後から痛みが出てくることがあります。
事故直後はアドレナリンが作用し、怪我人本人が痛みを感じていないことがあるからです。前回のコラムで触れた脳震盪についても、本人が気づいていないケースがあります。落車直後は大丈夫だと話していても、本人がその後少しでも違和感を感じているようであれば、病院受診を勧めましょう。
擦過傷(かすり傷)は以前のコラム(スキンケア回)で紹介したとおり、石鹸で洗浄したのちに、保湿と遮光ができるハイドロコロイド材を貼っておくと早く治ります。
頭を打った場合は24時間厳重観察
頭を打った場合、その時点で何も症状がなくとも遅延性で症状が出ることがあります。実は頭を打った時に出血しており、じわじわと出血が続くことで重篤な脳挫傷につながることがあるからです。この症状は外傷後24時間以内に出てくることが多いため、落車後24時間以内は厳重に管理しておきます。
具体的には1人にならないようにします。帰路はもちろん、自宅内でも1人にならないようにし、寝室も家族と同室になるようお願いしましょう。一人暮らしの方は、この日だけは家族のもとに帰る、友人を呼ぶなどできる限りの工夫をしてください。どうしても誰も呼ぶことができない方も、近くに住む友人や家族に一報をいれ、緊急時には手助けしてもらえるような準備が必要です。
▶︎具体的なケースで学んでみましょう。
ケース1:グループライド中、交通量の多い下り坂で前方の自転車が路肩で滑り横転。スピードは30km/hほど出ていた。
1&2.安全に停止しながら周囲に事故を伝える |
3.怪我人の状態確認 ・怪我人の状況は? →車が多いためメンバーの一人を交通整理係にする ・意識の確認。本人の頭が向いた方向から声をかけると返事あり →意識あり ・しびれの有無を問いかけるとしびれあり →しびれありと判断 |
4.怪我人の移動と保護 そのまま動かさずに救急車待機。寒くないように上着を着せる。 |
しびれがあるため救急車要請。その際に無理に動かさず、その姿勢のまま交通整理をして救急車を待ちます。
ケース2: ソロライド中、信号無視した自転車を直進してきた車(30km/h以上)がはねた
1&2 安全に停止しながら周囲に事故を伝える |
3.怪我人の状態確認 ・怪我人の状況は? →交通量は少ない道。周囲の人が集まり始めている。 ・意識の確認 |
本人の頭が向いた方向から声をかけると返事なし→心肺蘇生法に移行。周囲の人に、救急車要請、AEDの手配、交通整理をそれぞれ指示する。 呼吸を確認すると呼吸あり |
4.怪我人の移動と保護 そのまま動かさずに救急車待機。寒くないよう上着を着せる。 |
意識がないため救急車要請。そのまま動かさず、保温しながら救急車を待ちます。
ケース3. グループライド中の休憩後、出発しようとしたときに目の前で友人が立ちごける。倒れた先にガードレールがあり頭部を打った。
1&2 安全に停止しながら周囲に事故を伝える |
3.怪我人の状態確認 ・怪我人の状況は? →歩道でおきた事故なので安全な場所。 ・意識の確認 →本人の頭が向いた方向から声をかけると返事あり ・しびれの有無 →しびれなしと返事 |
4.怪我人の移動と保護 ・ゆっくりと本人を起こして骨折や出血ないことを確認 ・自力もしくは介助つきで安全な場所に移動し、しばらく様子を見る |
5.事故後のアフターケア ・言動に注意する →普段より発言に違和感があるため病院を受診させる |
ケース4. 自転車が歩行者をはねた
1&2 安全に停止しながら周囲に事故を伝える |
3.怪我人の状態確認 ・怪我人の状況は? →人通りの少ない住宅街 ・意識の確認 本人の頭が向いた方向から声をかけると返事なし →周囲の人に、救急車要請、AED持参、交通整理をそれぞれ指示する ・呼吸の確認 呼吸を確認すると呼吸なし→ただちに胸骨圧迫開始。AEDを装着する。 |
4.怪我人の移動と保護心肺蘇生法を続けながら救急車待機。 |
自転車と歩行者の事故の場合、歩行者の方が被害が大きくなります。この場合、意識も呼吸もないため、すぐさま心肺蘇生法を実施します。
事故に備えて今できることは
さて、事故は合わないに越したことはありませんが、万が一に備えてできることはあります。自転車乗りの方におススメしていることはエマージェンシーカードを携帯しておくことです。
エマージェンシーカードとは、診療に必要な情報をまとめたカードのことです。形式に指定はありませんが、本人氏名、家族への緊急連絡先、既往歴、服薬、アレルギー(特に医薬品)、加入しているロードサービスや保険などを記載しておきます。これがあると、診療する医療従事者だけでなく、搬送する家族・友人が大変助かります。これらをカードにまとめたものを、健康保険証と共にライドに持参しておけば、万が一の時にも役に立つことでしょう。
家族や友人に、ライド予定のエリアや時間帯をあらかじめ伝えておくことも、何かあった時のために大切です。
繰り返し練習して身体に叩き込む
救急医療現場での教育を受けていない一般の方に、専門的な判断や救助活動は求められません。事故を目撃して、自分と周囲の人が事故に巻き込まれることなく、安全に救急車を呼ぶことができれば文句なしの満点です。
参照
Guidelines for Field Triage of Injured Patients: Recommendations of the National Expert Panel on Field Triage, 2011
外傷初期診療ガイドラインJATEC
日本赤十字
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著者プロフィール
ラン先生らんせんせい
医師兼研究者。工学系大学院で再生医学を研究する傍ら、”できるだけ短時間で強くなる”を目標に自転車トレーニングに関する論文を日々読み漁っている。休日はGPSで日本地図を描く”伊能忠敬プロジェクト”を個人的に進行中。個人ブログでも自転車に関連する論文紹介をしている。 https://charidoc.bike/
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