2023年04月05日
サイクリングサイエンス コラム 第24回 / ヘルメットの重要性
2023年4月1日から改正道路交通法が施行され、自転車乗車時のヘルメット着用が努力義務となりました。努力義務のため未着用に対して罰則はありませんが、この道路交通法の大きな改正はヘルメット着用の重要性を訴える、国からのメッセージとも言えます。
そこで今回は自転車乗車時になぜヘルメットが重要なのか、改めて学んでいきましょう。
INDEX
▷ヘルメット未着用では死亡率が2.1倍
▷頭部損傷は生死に直結する
▷脳への直接的な治療法はない
▷ヘルメットが脳を守る
▷ヘルメット着用でも脳震盪になりうる
▷ヘルメットは新品を3年おきに
▷ロードバイクでない時も着用を
ヘルメット未着用では死亡率が2.1倍
自転車やバイクに乗る時、ヘルメット装着が命を救う重要な装備であることは言うまでもありません。警察庁の発表では、自転車事故の死亡例のうち頭部外傷が致命傷となった例は約6割に上ります。
同様の調査では、仮にヘルメット未着用の場合、自転車事故による死亡リスクは2.1倍になることも明らかにされました。
頭部損傷は生死に直結する
ヘルメットの有無で死亡率が大きく変わる理由は、頭部へのダメージこそが生死に直結し、ヘルメットはその頭部へのダメージを軽減してくれるからです。
脳は頭蓋骨の中にある脊髄液に浮かんだ状態で保持されていますが、事故により頭部を路面や車両に直接打ち付けると、大きな衝撃が脳に伝わります。その大きな衝撃は脳組織を不可逆的に損傷させ、さまざまな症状を来します。
脳の損傷が軽度であれば無症状で済みますが、損傷した部位によっては麻痺や意識の低下、発話障害が後遺症として残存します。生命維持に必要な部位が損傷した場合は、そのまま死亡へと繋がります。これらが脳挫傷と呼ばれる病気です。脳挫傷は直接的な脳への衝撃だけでなく、脳内出血の凝固塊が脳を圧迫することでも発症します。
脳への直接的な治療法はない
脳挫傷の厄介な点は、損傷した脳を回復する直接的な治療法がないことです。現行の治療でできることは脳への被害をこれ以上ひどくならないよう抑えることだけであり、損傷した部位の回復は自己の再生能力に頼るしかありません。小さな損傷であればリハビリをすることで多少は脳機能が回復しますが、大きな障害は回復が見込めません。
脳挫傷のもっとも有効な治療法は、そもそも脳挫傷を起こさないように予防することなのです。
ヘルメットが脳を守る
脳を守ることが重要だということはご理解いただけたかと思いますが、その役割を果たすのがヘルメットです。ヘルメットは2つの側面から脳を保護します。
1つは脳への直接的なダメージを抑えること。頭部が地面や車両などに直接ぶつかることを防ぎ、脳へのダメージを軽減します。
2つめは、脳内出血を予防すること。脳挫傷を起こさないほどの衝撃でも、脳内出血は起きてしまいます。事故直後は症状がなくとも、頭部内でじわじわと出血し、脳を圧迫した結果、後から脳挫傷となるケースもあります。ヘルメットは頭蓋内出血のリスクも抑えることで、出血による脳挫傷も回避させてくれるのです。
ヘルメット着用でも脳震盪になりうる
このようにヘルメットは命に関わる重篤な外傷を予防する存在ですが、より軽微な脳障害である脳震盪に対しても一定の予防効果があります。脳震盪とは、頭部が急激に加速、減速した際に生じる揺れが、脳の機能を一時的に障害する疾患です。脳の組織そのものには障害がないので、時間経過とともに脳の機能は回復します。
ヘルメットは外から頭部に加わる力を減らすことである程度脳震盪を防ぐ役割を果たします。しかし、この予防効果は限定的です。ヘルメット単体では脳の揺れそのものを抑えることができないからです。そのため、ヘルメットをつけていても脳震盪が起きてしまうリスクはあるため、「ヘルメットをしていれば脳震盪は起きない」と過信することは危険です。
脳震盪は時間経過とともに症状が改善するため、軽視されてきた頭部外傷です。しかし研究が進み、脳震盪を繰り返すと我々の認知機能や記憶に関連する脳の領域に、深刻な障害をきたすことが明らかになってきました。脳震盪は決して舐めてはいけません。
脳震盪の症状は非常に多様です。
具体的には以下のようなものが挙げられます。
・周りがぼやける、もやもやする
・めまいがする、立ちくらみがする
・吐き気や嘔吐がする
・頭痛がする
・集中力や記憶力が低下する
・ふらつく、バランスが崩れる
・面白味を感じなくなる、興味を持たなくなる
これらの症状は本人が自覚していないこともあります。頭部を打ったときにヘルメットを着用していたから大丈夫と慢心せず、「何か普段と違うな」と思った場合、速やかに医療機関を受診しましょう。
ちなみに医師の立場としては、頭部を打って病院を受診する際、ヘルメットや着用していたウェアも病院に持ってきていただくと非常に助かります。事故後のヘルメットを見ることで、傷の場所や割れ方から事故状況を推測することができ、詳細な診療の手助けになるからです。ヘルメットは多くの情報を語ります。
ヘルメットは新品を3年おきに
ヘルメットは日常の些細な衝撃を受けることにより、内部の素材が劣化して耐久性がどんどん低下していきます。2021年に発表された論文では、30-40cmの高さからヘルメットを落とすような比較的小さな衝撃でも、継続すると内部の素材に劣化を引き起こすことがわかりました。この論文では、試験者が実際にヘルメットを触ったり見たりしたとしても、これらの内部劣化は判別ができないことも指摘されました。
衝撃を与え続けて劣化したヘルメットは、脳震盪を起こすような衝撃に耐えられなくなり、頭部保護効果が減少してしまうのです。
古くなったヘルメットは小さな衝撃でも容易に割れてしまい、本来の頭部保護機能を果たせなくなってしまいます。これらを考慮すると、ヘルメットの取り扱いで絶対に守っていただきたいことが2つあります。
1つ目は、ヘルメットの中古購入は絶対にしないこと。見た目は新品のようにきれいでも、中身の劣化は判断できないからです。
2つ目は、一度落車したヘルメットは使用しないこと。一度強い衝撃が加わると、内部の緩衝素材に大きなヒビが入り、2度目の衝撃には耐えられなくなってしまいます。1度落車して頭を守ってくれたヘルメットは、命を救ってくれたことに感謝しながら新しいものに交換しましょう。
ヘルメットは日常の小さな衝撃でも劣化します。長くとも3年経過したものは内部の劣化が心配されるため、交換を検討しましょう。また、ヘルメットの緩衝素材は高温に弱いため、熱くなる車内や倉庫内での長期保管は避けてください。
まとめると、ヘルメットは
新品を3年おきに購入する
涼しい環境で丁寧に保管する
落下した場合も新品を購入する
これが頭部の安全を考慮したヘルメットの取り扱い方です。
ロードバイクでない時も着用を
とにもかくにも、命を守るためにはヘルメット着用を習慣化することが重要です。今回の道路交通法改正を機に、ロードバイク以外の自転車に乗る時にもヘルメット着用を習慣付けてみませんか。
歩行者や車、他の自転車が多い街中を走る時は、例え乗っているのがロードバイクほどスピードが出ない自転車だったとしても、常に事故の危険と隣合わせです。自転車事故の割合を見ると、単独事故は少なく車との衝突が87%という報告もあります。自分は安全に運転していたとしても、自動車に巻き込まれて自転車側が重症を負うことも十分にあり得るのです。
ロードバイクレースに出場する場合JCF公認のものを着用しなければなりませんが、街乗りではその必要がないため、値段がお手頃なヘルメットでも問題ありません。最近は販売されているヘルメットの見た目もオシャレになり、私服で着ても違和感のないデザインが増えてきました。
よく知られたヘルメットブランドは街乗りヘルメットも展開しています。無論、ロードバイク用のほうが軽さや通気性においては優れているので、そのまま流用してしまうのもいいかもしれません
繰り返しになりますが、自分の身を守るためにも自転車に乗るときにはヘルメットを着用し、定期的に新しいものを購入するようにしてください。
参照文献
[1] 警察庁HP 自転車用ヘルメットと頭部保護帽
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/anzen/toubuhogo.html
[2] Emery CA, Black AM, Kolstad A, et alWhat strategies can be used to effectively reduce the risk of concussion in sport? A systematic reviewBritish Journal of Sports Medicine 2017;51:978-984.
[3] Collins CL , McKenzie LB , Ferketich AK , et al . Concussion characteristics in high school football by helmet age/recondition status, manufacturer, and model: 2008-2009 through 2012-2013 academic years in the United States. Am J Sports Med 2016;44:1382–90.doi:10.1177/0363546516629626
[4] Analysis of bicycle helmet damage visibility for concussion-threshold impacts Ana Cachau-Hansgardh et al. Int Biomech. 2021; 8(1): 85–100. 2021 Dec 17. doi: 10.1080/23335432.2021.2014359
[5] 公益財団法人交通事故総合分析センター、交通事故統計令和2年版
これまでの記事はこちら
第1回 「サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係
第12回 サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質
第13回 第十三回/強者必睡の理をあらはす
第14回 え? 私の起床時間早すぎ?
第15回 筋肉の冷静と情熱の間
第16回 心身暑慣すれば夏もまた涼し
第17回 君子の飲料は淡きこと水の如し
第18回 花は半開を看、水は適量を飲む
第19回 健全な精神は何処に宿る?
第20回 体動けば食指動かず
第21回 罪悪感なく飲むために
第22回 リバウンドの危機
第23回 サイクリストのスキンケア
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著者プロフィール
ラン先生らんせんせい
医師兼研究者。工学系大学院で再生医学を研究する傍ら、”できるだけ短時間で強くなる”を目標に自転車トレーニングに関する論文を日々読み漁っている。休日はGPSで日本地図を描く”伊能忠敬プロジェクト”を個人的に進行中。個人ブログでも自転車に関連する論文紹介をしている。 https://charidoc.bike/
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