2023年10月17日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第二十三回 / 残された未踏の地「北海道・道東」
初対面の人たちと団欒が始まる。これが北海道のスタイル。
地元の人が一人、また一人と集まって、宿泊している旅人と一緒に食卓を囲む。美味しい食事とお酒。話が弾み、夜が深まる。
今回の旅の舞台は私にとってまだ未踏の地域である北海道東部「道東」の山岳地帯である。スタートは小さなまち津別町にある小さなゲストハウス「nanmo-nanmo」。
この宿に3泊。
到着した晩に偶然パーティーが開催された。オーナーと2人で16時くらいからフライングしてビールで乾杯。気付けば笑顔は10人くらいに増えていた。
2日目は宿泊者や地元の方と満月を眺めながら、宿の前で地元の特産品を炙ってはつまみ食いするBBQ。
最終日は金曜夜だけオープンする町の人たちが集まる小さな居酒屋へ。
ゆっくり流れる濃密な時間。すでに心が満たされている。この先が楽しみで仕方がない。私の道東の旅はこれ以上ない船出となった。
北海道有数の山岳地帯は霧の国
羅臼岳、斜里岳、阿寒岳。これら3つの百名山を持つことからも分かる通り山の多い道東。ワーケーションをしながら全国の山々を上ってきて、最後に残った山岳地域がこのエリアと言っても良い。私にとって最果ての地である。
夏でも気温がなかなか上がらず、雲に覆われることが多いこの地域。どの山も初めて走る時の感動が一番大きい。初対面で自然がどのような表情を見せてくれるかは天の気分次第。それが楽しみでもあった。
nanmo-nanmoのある津別町には、屈斜路湖を望む津別峠がある。標高1000mに迫るこの峠からの展望を私は楽しみにしていた。
この旅で最初の大きな山岳アタックとなったこの峠で、私は早速道東の洗礼を浴びた。
峠の麓である屈斜路湖畔は確かに晴れていた。しかし登坂に入るとあっという間に雲の中に入り、雨が降り始めた。展望台にたどり着く頃には視界はまったく無く、そこに広がっているであろう屈斜路湖の絶景を心の目で想像するしかなかった。そして下山するとまた青空に。
翌日も青空の下、逆サイドから津別峠へ。しかし峠が近づくと霧に包まれ、展望台からの視界は真っ白だった。
なるほどこれが道東の天候か。
霧が多いからこそ得られる感動
長く滞在していると良い日もある。
津別峠と同じく屈斜路湖を望む美幌峠。この旅で初めてこの峠を訪れた時はやはり霧で何も見えなかった。
しかし二度目は全く違った。登坂中は雲に囲まれて時折通り雨にも降られたが、山頂に着くと虹が出た。ほんの30秒ほどで消えてしまったので、まるで夢のようだった。めげずに何度も近辺の峠を上っていた私に、道東の天気の神様がプレゼントをくれたのだろうか。虹が消えた後には透き通った青空が顔を出した。
阿寒でも同じような経験をした。阿寒摩周国立公園の最西端に周囲2.5kmの「オンネトー」という小さな湖がある。
直前に阿寒湖を通過した時には空は雲に覆われていた。この日は台風の影響で雨の予報だったので仕方ないと思っていたが、なぜか時間が経つほどに太陽が力強く顔を出してくれた。
そして、オンネトー越しに雌阿寒岳と阿寒富士が美しく目の前に現れた。
霧が立ち込める道東だからこそ、晴れた時の感動は一際大きい。晴れたら「今日は運が良い」、霧に覆われていたら「これこそ道東の醍醐味」、そんな風に考えればどんな天気でも楽しめるんじゃないかな。そう思うようになった。
目標の地「知床峠」
この旅の最大の目的は知床峠に上ることだった。
フランスで過ごした選手時代に、美しい建築物が身近にあったこともあって、私は世界遺産に興味を持つようになった。以前から世界自然遺産「知床」を突っ切るこの峠にどうしても上りたかった。
訪れるのが先延ばしになっていた理由のひとつはアクセスが少々悪いこと。そしてもうひとつはヒグマの密集地であること。単独でアタックしても大丈夫な峠なんだろうか。
お守り代わりに道の駅で購入した「熊鈴」をパートナーにこの憧れの峠へと足を踏み入れた。
その圧倒的な景観に、熊のことなんかすぐに忘れていた。
知床を代表する「羅臼岳」が近づいてくる。時に正面にどんと構えて「さぁ、挑んでこい」と言っているかと思えば、横に寄り添って「もう少しだ、頑張れ」と応援してくれているような気もする。
私の知床峠への憧れを真っ向から受け止めてくれるその存在感。
山頂からは北方領土を望むことができる。現状一般人が到達可能な日本最北東端は知床であるが、いつか北方領土の山々を上ることができるのだろうか。
知床ではバイカーの安宿「ライダーハウス」に泊まった。私が選んだ羅臼の宿は個室に布団を付けて一泊2300円。この宿には風呂がないので、羅臼で地元の方々が管理する無料の公共浴場「熊の湯」へ。簡単な目隠しがあるだけの豪快な露天風呂の熱い湯を地元の方と一緒に楽しんだ。
汗を流した後は北海道ローカルのコンビニ「セイコーマート」の惣菜や弁当をつまみにサッポロビールで一人晩酌。これぞ北海道の一人旅。
目を閉じれば、そこには知床の、道東の広大な風景が
念願の知床峠を踏破した充実感と、またひとつ未踏の地がなくなってしまった寂しさの入り混じった複雑な気持ちを消化するには、この安宿に一人という状況はピッタリのように感じられた。
結局18日間に及んだ今回の道東での旅。今でも目を閉じれば広大な風景が、バイクの揺れに合わせて心地の良く響く熊鈴の音とともに脳裏に蘇ってくる。
今月のワーケーションスポット
斜里町「産業会館2階コワーキングスペース」
テレワークの推進に力を入れている斜里町。街の中心部に位置する産業会館の2階には無料で使用できるコワーキングスペースがある。
道東でのワーケーションを考えている人は知床の玄関口である斜里町がぴったりだろう。
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
第五回 出発の地、目的の地、それは『レース』
第六回 東北沿岸を走る 東日本大震災から11年
第七回 ワーケーション自転車旅の装備
第八回 仕事の合間にライド。ライドの合間に仕事。
第九回 地域のシンボルとして愛される山
第十回 北海道 太平洋岸を行く3日間 600km
第十一回 自転車で楽しむ神話の土地 島根・鳥取
第十二回 上ったら食べる 旅の途中に立ち寄りたいご当地ラーメン
第十三回 全国のサイクリストと一緒に走る、STRAVAセグメントアタックという形
第十四回 離島時間に浸る ゆっくり走るという贅沢
第十五回 自転車で踏み込む世界遺産の森 奄美大島・加計呂麻島
第十六回 屋久島 自転車で感じる洋上のアルプス
第十七回 サイクルジャージは現代アート? 自転車で立ち寄る美術館
第十八回 雨で良かった。雨の日こそ走りたい道。梅雨を楽しむ。
第十九回 富士の高嶺に挑む 「富士ヒル」と「チャレンジヒルクライム岩木山」
第二十回 夏本番!あなただけの「おくのほそ道」を走ろう
第二十一回 南信州飯田 友人に会いに行く旅
第二十二回 乗鞍ヒルクライム 〜初登攀(はつとうはん)はレースで 念願の日本最高峰〜
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著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。