2023年03月14日
サイクリングサイエンス コラム 第23回 / サイクリストのスキンケア
風に春の到来を感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
サイクリストのみなさんにとって、春は絶好のライド時期。せっせと春用ジャージを引っ張り出し、ライド計画をたてていることでしょう。春の到来はうれしい一方で、紫外線が増えてくる時期でもあります。
INDEX
▷運動そのものは肌にとても良い
▷運動すると出てくる活性酸素は肌に悪い?
▷肌の敵は紫外線・摩擦・乾燥
▷紫外線対策は、日焼け止めよりアームカバー
▷ライド後にはお肌にも水分補給を
▷摩擦対策にはクリームやワセリンがおすすめ
▷傷の治療は洗浄・保湿・遮光
▷ムダ毛が気になるならば脱毛も
「スキンケアなんて男性には関係ない」「アスリートだから肌なんて気にしていない」なんて言ってるそこのサイクリストの貴方。男性にとっても、アスリートにとってもスキンケアは決して軽視できません。皮膚トラブルはかゆみや痛みを引き起こし、集中力を欠いてパフォーマンスを下げたり、不眠となって疲労回復を阻害したりする要因になります。
そのためアスリートは性別を問わず、筋肉同様お肌もケアすることがおススメです。さらにスキンケアの知識は、かすり傷などの皮膚損傷の治療にも応用できます。転倒の多いマウンテンバイクやシクロクロス競技者の方にもスキンケアの知識は役に立つことでしょう。
そこで今回は、サイクリスト向けスキンケアと称し、どのようにお肌を労わればいいか一緒に学んでいきましょう。
運動そのものは肌にとても良い
サイクリングは屋外で行うスポーツなので、紫外線や乾燥によって肌への負担が大きくなります。しかし、運動そのものは肌にとても良い影響を与えるものです。以前の連載(第19回)でご紹介した、筋肉から放出されるマイオカインは肌の再生を促す効果があります。
例えばマイオカインの一種であるマイオネクチンは、運動することで筋肉から放出され、シミの原因であるメラニン色素を分解したり、メラニンの生産そのものを抑制したりする効果が報告されています。さらに、運動習慣はコラーゲン生成を促進し、シワの改善ももたらすことがPOLAの研究で明らかにされました。
さらに、マイオカインは肌の張りを保つコラーゲンの生成も促進します。POLAの報告には、運動習慣がなかった群が8週間運動を続けることでシワが改善したというものもあります。
加えて運動、特に有酸素運動によって発達する末梢毛細血管が皮膚の再生を促していると示唆する研究もあります。資生堂が2022年末に発表した研究では、皮膚組織の材料となる表皮幹細胞は毛細血管を経由して運ばれていることが発見されました。
運動を継続すると毛細血管組織が強化され、新しい皮膚の材料がつねに供給されている状態が維持されるようになります。つまり、運動によって若々しい肌を維持できるようになるのです。
運動すると出てくる活性酸素は肌に悪い?
運動すると筋肉から活性酸素が放出され、全身に悪影響を与えます。この活性酸素はお肌にも悪影響を与えると知られています。しかし、運動すると活性酸素を除去する仕組みも同時に発達していきます。特に、長期間の運動を定期的に続けるほど活性酵素の回収プロセスが発達します。プロのように毎日激しいトレーニングをしている場合はともかく、普段の運動程度であれば活性酸素の放出は問題になりません。
肌の敵は紫外線・摩擦・乾燥
美肌の敵は紫外線・摩擦・乾燥です。この3つに対して対策を行えば美肌を維持することができます。これらは怪我をして傷が治るときにも重要です。サイクリングは主に屋外で行うスポーツなので、身体はこの憎き3要素の影響をもろに受けてしまいます。それぞれしっかりと対策を行いましょう。
紫外線対策は、アームカバー>>日焼け止め
サイクリストのお肌にとって最大の脅威である紫外線。日焼けはお肌の大敵だとわかっていても、1日中外で活動するサイクリストにとって日焼けは容易に避けられない相手です。
サイクリストにおすすめしたい日焼け対策は”肌を露出させない”方法です。紫外線対策はもっぱら日焼け止めを塗るかアームカバーなど布地で肌を覆う方法がとられますが、過去に行われた研究では、布地で直射日光を遮断する方法が最も紫外線予防効果が高いとわかっています。
日焼け止めが苦手という方は、まず薄手の長袖ウェアを着るようにしてみましょう。
紫外線対策という面では、ヨーロッパのサイクリングウェアブランドよりも、アジアのブランドのほうが展開が豊富です。欧米にはそもそも価値観の違いから美白の意識がないためか、日焼け対策を意識したウェアは少ない傾向にあります。逆に、韓国や台湾、日本などの東アジア発ブランドでは、日焼け対策が社会に普及しているためUV対策ウェアが豊富に展開されています。
ライド後にはお肌にも水分補給を
乾燥は皮膚の細胞にとって非常に過酷な環境です。乾燥したまま肌を放置すると、痒みの原因となったり紫外線により敏感になったりします。みなさん、ライド後にはドリンクで失った水分を補給しますよね。同様に、お肌にも水分を与えてあげましょう。ライド後は汗を流し、皮膚に保湿剤を塗る習慣を身につけてください。
保湿剤は様々な種類がありますが、高級な化粧品を使う必要はありません。安いものでもかまわないので、とにかくたっぷりと、量を惜しみなく使うことが大切です。基本的な使い方は、最初は水っぽい質感のものから塗り、段々と油っぽい質感の保湿剤を重ねていきます。保湿剤は保湿力があがるほど塗ったあとのベタつきも増えるので、乾燥が強い方はクリームまでしっかり、オイリー肌の方は化粧水のみ、などとご自身の肌質と好みに合わせて使いわけましょう。
摩擦対策にはクリームやワセリンがおすすめ
自転車競技で摩擦が起きやすいのはサドルに触れる部分です。この部分は摩擦によるダメージで皮膚トラブルが起きやすい場所でもあります。あらかじめクリームやワセリンを塗っておくことで摩擦を軽減し皮膚トラブルを予防することができます。ワセリンは、傷ができてしまった後の保護としても大活躍します。ワセリンは皮膚に膜をはって傷を保護・保湿し、治りを早くしてくれるのです。
また、摩擦は肌を洗う時にも注意が必要です。ナイロンタオルで肌をごしごし洗うと、摩擦が強すぎて肌を傷つけてしまいます。肌を洗う時は、泡でマッサージするように優しくなでるよう心がけましょう。
傷の治療は洗浄・保湿・遮光
傷をつくってしまった場合の対処法もスキンケアとよく似ています。
基本の対処法は保湿と紫外線対策を行うことで、傷の場合は洗浄が加わります。
傷になった場合、まずはよく泡立てた石鹸で付着した泥や血液などを丁寧に洗い流します。この時、消毒液を使うのはご法度です。消毒液は傷口についた細菌だけでなく皮膚細胞まで傷つけてしまうので皮膚の回復が遅くなってしまいます。「傷に消毒液」は、もはや20年以上の古い医学知識です。傷は石鹸と流水で十分にきれいにすることができます。
きれいに洗浄した傷は保湿剤を塗るか、絆創膏を貼って保護します。傷は湿度を保ってかさぶたを作らないほうが結果的に早くきれいに治るので、傷部分の保湿は特に入念に行いましょう。傷への保湿剤はワセリンがおススメです。特に純度の高い白色ワセリンは医療現場でもよく用いられる保護剤です。ご家庭に1本常備しておいて損はありません。
傷への絆創膏も、ハイドロコロイドと呼ばれるゲルを用いた絆創膏がおススメです。ハイドロコロイド材は傷から出てきた栄養たっぷりの浸出液を、漏らさず傷内部に閉じ込めることで傷の回復を早めてくれます。
傷が治ると、傷跡が一時的に色が濃くなります。これは色素沈着とよばれ、傷の治癒後によく見られる現象で、半年から1年程度の経過でゆっくりと治っていきます。色素沈着を予防・回復を早めたい場合、傷部分への紫外線暴露を避け、遮光するようにしましょう。
ムダ毛が気になるならば脱毛も
男性でもロードバイク乗りは、空気抵抗を削減するため体毛の処理をされている方もいらっしゃいます。剃毛はカミソリを肌に当てる行為なのでどうしても肌に傷をつけてしまい、肌トラブルが生じやすくなります。定期的に剃毛する方であれば、いっそ脱毛をしてしまった方が肌の負担は少なく済みます。
脱毛は大きくわけると、クリニックで行う医療レーザー脱毛とエステで行う光脱毛があります。どちらも基本的にはメラニンに反応する波長の光を照射し、毛の元となる細胞を熱で破壊する治療です。
効果が永久的かつ少ない回数で済むのは医療脱毛ですが、費用は高くなります。光脱毛は安さが魅力ですが、完全に脱毛するにはパワーが弱いため、効果を感じるには回数が必要になり、効果も永続的ではありません。
完全にムダ毛をなくしてしまいたいならば医療脱毛を、お値段を抑えめで一時的に毛を減らしたいならエステという選択もありです。
2023.03.16 / 記事中に誤りがありましたので修正をしています
誤:紫外線対策は、アームカバーより日焼け止め
正:紫外線対策は、アームカバー>>日焼け止め
参考文献
標準皮膚科学 第11版
Berry EG et al.Slip versus Slop: A Head-to-Head Comparison of UV-Protective Clothing to Sunscreen. Cancers (Basel). 2022 Jan 21;14(3):542.
資生堂研究発表:毛細血管が表皮再生を促していることを発見
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002283.000005794.html
He F, Li J, Liu Z, Chuang CC, Yang W, Zuo L. Redox Mechanism of Reactive Oxygen Species in Exercise. Front Physiol. 2016 Nov 7;7:486.
POLA 研究発表 美肌体質の秘密-筋肉が“鍵”を握ることを発見
http://www.pola-rm.co.jp/pdf/release_20180925_3.pdf
これまでの記事はこちら
第1回 「サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係
第12回 サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質
第13回 第十三回/強者必睡の理をあらはす
第14回 え? 私の起床時間早すぎ?
第15回 筋肉の冷静と情熱の間
第16回 心身暑慣すれば夏もまた涼し
第17回 君子の飲料は淡きこと水の如し
第18回 花は半開を看、水は適量を飲む
第19回 健全な精神は何処に宿る?
第20回 体動けば食指動かず
第21回 罪悪感なく飲むために
第22回 リバウンドの危機
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著者プロフィール
ラン先生らんせんせい
医師兼研究者。工学系大学院で再生医学を研究する傍ら、”できるだけ短時間で強くなる”を目標に自転車トレーニングに関する論文を日々読み漁っている。休日はGPSで日本地図を描く”伊能忠敬プロジェクト”を個人的に進行中。個人ブログでも自転車に関連する論文紹介をしている。 https://charidoc.bike/
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