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2022年08月10日

落合佑介レポート/砂漠の1,500㎞タイムトライアルレースRAW 〜最高の結果と見えてきた壁〜 (後編)

先日、自転車によるギネスレコーズ日本縦断記録を更新した落合佑介さん。最大の目標はRAAM(Race Across AMerica:アメリカ大陸横断レース)です。その前哨戦ともなるRAW(Race Across the West)に出場。みごと総合2位、Under50カテゴリー優勝という成績を残しています。この冒険譚を3部形式でお届け。お楽しみください。

RAWとは

Race Across AMerica(RAAM)のアメリカ横断レースのコースの一部を走るレースで、正式にはRace Across the Westという。毎年多少コースや距離が変わるが、カリフォルニア州Oceansideからコロラド州Durangoまでの約1,500㎞を制限92時間以内に走る。RAWを完走するとRAAM本戦への出場資格が獲得できる。日本ではRAA(Ride Around Aomori)という650㎞のイベントを制限時間以内に走り切れば、出場資格を獲得できる。
シングルステージレースであるため、ジロやツールの様な毎日のゴールはないが、通過チェックのTS(Time Station)が設けられている。GPSトラッカーを使用し、定められたカットオフタイムまでにTSを通過して、本部に報告する必要がある。
ノーサポートではなく、サポートクルー、サポートカーの同行が必須になっている。というのも、距離/獲得標高のハードさだけでなく、様々な環境の中を走り、回避しなければならないためである。時には気温50℃にも及ぶ砂漠の中、地震、洪水、ハリケーン、竜巻、山火事等、クルーと共にチーム一丸となり、情報を駆使してゴールを目指さなければならない。今回はスタート前に発生した山火事により、走行途中にコース変更された。

INDEX

▷レース DAY3


▷RAWはブルベではない。レースだった。


▷リザルト


▷エピローグ

▷レース DAY3

休憩時間を短縮し、ひたすらマイペースに進み続けた結果、標高2150mの頂上手前で、総合2位のFabio選手の背中が見えてきた。見えた時はライダーの情報を聞いておらず、誰だかわかっていなかったが、3時間もの差が開いていたFabio選手が、突然目の前に現れたので驚いた。彼も定期的に休憩しており、少し前に休憩を終えたばかりであった。そして直ぐに下りに入ったため、見えなくなっていった。
TS9 Flagstaffへ向かう予定であったが、Flagstaffの先が山火事で通行止めになっているという情報がRAWスタート時に運営本部によって通達されていた。そのため、変更後のコースはRAW開催中に情報が流れた。TS9がWinslowという町に変更された。Flagstaffの東100㎞の地点だ。TS9までは、886㎞地点からライダーは車に乗って、90㎞ワープすることになった。後で知ったのだが、ワープの90㎞区間で2,150mから1,480mまで下っていた。さらにFlagstaffからTS10 Tuba Cityに向かったコースの方が、圧倒的に楽なコースであったため、何とも損をした気分になった。さらに、計画していた通過時間よりも遅くなるため、走行計画の変更を余儀なくされた。

それでも、TS9 Winslowまでは車の中で1時間ぐっすり寝ることができたため、束の間の休息となった。到着する10分前に起きて準備を開始する。午前2時半に到着して、降ろされる。TS9は何もない砂漠のど真ん中だった。車からほっぽり出され、あの方角に向かって100㎞走れとクルーから指示を受ける。クルーの言葉を信じで走り出す。クルーの指示は間違っていないし、そういうしかないのだろう。実際に100㎞進んでも交差点らしいものはなかったのだ。しかし、初めてのアメリカ、車に乗せられて田舎町の郊外で降ろされ、真っ暗な中、地図もろくに確認せずに走り出した気分は何とも忘れられないものであった。

陽が昇ると暖かくなるのが普通だが、アップダウンの繰り返しとスピード差、日向と日陰の繰り返しにより、ウェア選びに難渋した。ある場所では18℃で上っていくので暑いが、ある場所では10℃で下っていかなければならない。

気分も滅入り出す中、Fabio選手に抜かれた。Fabio選手はルートミスでTS9 Winslowに30分遅れて到着していたのだ。追い越す際には40㎞/h位のスピードを出し、手を進行方向に出して、映画『トップガン』のトム・クルーズのように親指と人差し指を立てて“俺は先に行くぜ”みたいなポーズを出す余裕っぷりがカッコよく思えた。Fabio選手を見送りながら、全く付いていこうとしない自分は、冷静だったと思える。見えなくなった所で、10分間睡眠を取ることにした。

TS10 Tuba Cityまでの道のりは、暑さ、アップダウンに道のガタツキと向かい風(熱風)が加わった。日本と大きく違うのは、砂漠気候でほぼ晴れて曇ることがない上に、トンネル、木陰のような隠れる場所がないことだ。日中は陽を浴び続けて過ごさなければならない。

正午前にTS10 Tuba Cityに到着した。200㎞の道のりに10時間と少しかかったことなる。その大変な道のりを耐え抜いたお陰で、陽が沈む前にモニュメントバレーを通過することができることになった。

日本でも多数の映画やCMで放送されて有名な地域だが、自転車が単独で走っていると、野犬の群れに襲われることもあるらしく、ダイレクトフォローが続いていた。RAWにおける最高の撮影スポットだったが、ダイレクトフォローのため、走る姿は後ろからの写真しかないが、私自身は景色に圧倒されながら、それを目に焼き付けて進んでいく。砂漠のど真ん中でも応援してくれる方々がいる。RAAMがアメリカで受け入れられているからだろうか。

日が暮れ始めた頃、Bluffという町のステーキハウスで、トイレを借りる為に立ち寄った。出てきたときに、今まさにFabio選手に追い抜かれたとクルーが興奮気味に話した。Fabio選手はTuba Cityで長時間休んでいたので、てっきり力尽きたと思っていたのだが、そうではなかった。1時間半しっかりと休んで進んでいたのだ。Tuba City以降、ほとんど電波がない地域を通ってきたこともあり、情報がなくて油断していた。意識していなかったが、追い抜かれたことを知った時の私の表情が変わったとクルーから後で聞いた。時間は20時半ごろで1,280㎞地点だった。

その後、意識せずに走っていたつもりだったが、Fabio選手に追い付いてしまった。そのまま横に並び、追い抜いていこうとした瞬間だった。勢いよく先に行かれてしまったのだ。この瞬間思い直した。

▷RAWはブルベではない。レースだった。

1,400㎞を走ってから、総合2位をかけて、長ければゴールまで160㎞にも及ぶレースを覚悟しなければならなかった。しかも、ゴールまで残り30㎞は下りだが、それまでに標高約1,000mの上りがある。初めての境遇に戸惑いはあったが、負けるわけにはいかない。ここまでに至った私の境遇を思い出し、直ぐに決断し、準備に入った。クルーも私のレース準備のために考えを一生懸命に巡らしてくれた。日本縦断ギネスレコーズチャレンジで出航時間の迫る青森港のフェリーまで助けてくれたBOOST SHOTが、今回も役に立つ時が来たのだ。

登坂用バイクとして準備されていたDE ROSAに交換したため、一時的に差が開いたが、1時間後にはまた追い付いた。今度はその勢いで抜いていった。
Fabio選手はRAWにもRAAMにも出場したことがあるベテランレーサーで、何度も出場している。さらに私より4分後のスタートだ。ゴールラインでは、4分差を付けて先にゴールしなければならなかったので、仕掛けるタイミングは早い方が良かった。

先行したのは良かったが、差は一向に広がらない。Fabio選手も一定の差で追いかけてくることがクルーから伝えられる。さらに差が広がらない原因として、砂煙が舞うほどのかなり厳しい向かい風を受けていたのだ。

それでも、時間経過とともに少しずつ差が広がっていくことが伝えられ、TS14 Cortezでは8分差に広がった。安心できる差は何分なのか、息を吹き返して追走されないか、ライブトラッキングは正確なのか、様々な要素を考えなければならない。特にスタートの4分差は絶対だ。途中、14分差というタイム差が長く続き、膠着しているようだったので、Fabio選手が諦めているとは思えなかった。私自身は、オールアウトをするほどではないものの、余裕がある走り方をしているわけではなかった。結局のところ、ゴールまではまったく油断できないのだ。

ラスト30㎞を下りきり、TS15 Durangoにゴール。4分が過ぎてもFabio選手はゴールしなかったため、総合2位、Under50カテゴリー優勝が決まった。63時間34分の戦いが終了したのだ。日本へのライブ配信も100人以上が視聴していたと聞き、驚かされた。

▷リザルト

総合2位、Under50カテゴリー優勝は悪くない成績だ。初めてのアメリカレースと考えるとなおさら喜ぶべきであろう。しかしながら一向に見えてこなかった総合優勝のMarko Baloh選手には、4時間差を付けられている。実はMarko選手にはPBPでも4時間差、今回も4時間差という結果なのだ。1,200㎞、1,500㎞では変わらない時間差が5,000㎞になるとどうなるのか。決して楽な戦いにはならないだろうが、来年も楽しみだ。

▷エピローグ

早朝のゴールだったため、朝食のお店がオープンするまで、ゴール地点のSanta Rita Parkで久々の休息をとる。公園を散歩したり、仕事したり、睡眠を取ったり、食事したり。RAWのライダーを待ち構えているゴールゲートはあるが、綺麗な川や芝生のあるのどかな公園だ。Durangoの町を散策し、見つけた店のコーヒーで乾杯をした。久々に落ち着いて座って(サドル以外)の食事と休憩の時間だった。

ライダーにとっては、走り終わった後の食事は非常に重要なのだ。カロリーが足りていないことが多く、直ぐにハンガーノックになってしまう。そのため、回復のためにエネルギーを欲する。巨大ホットケーキ2枚を食べたが、3時間後にはお腹が減っていた。

巨大ホットケーキの朝食

この日はDurangoのホテルで宿泊し、翌日の移動に備えて休息日になる、と思いきや、次の作業に取り掛かっていく。車内の整理、洗車、シャワー、昼食、買い出し、夕食とせわしなく進んでいく。それでも、夕食にはビールで祝杯をあげることができた。

翌日は、国際空港のあるDenverまで、最長距離の640㎞の移動をした。来年のRAAMに向けて、TS15 DurangoからTS19 La Vetaまでを車で試走する目的もあった。この区間にはWolf Creek PassというRAAMでの最高標高地がある。Durangoは標高1,500mあるが、Wolf Creek Passは3,309mもある。車はスイスイと上ってくれた。斜度は緩やかなので、来年への期待を膨らませる。今回苦労させられた砂漠地帯は一旦抜けていたので、寒かった。

車で走りながらRAAM参加者の何人かに追い抜き際に声をかけた。表情は人それぞれで、疲れている人、まだまだ元気そうな人、反応しない人もいた。まだまだ序盤、3分の1も進んでいない。来年の自分はどんな表情でこの地を進んでいるのだろうか。

フォローカーも視察した。RAWで借りたチームカーは1台だけだが、RAAMは3台借りたい。その中の1台はRV車(キャンピングカー)にしたい。休憩が少ないライダーを追いかけるのは、クルーの休憩時間も削られるので、本当に大変なのだ。例えば、フォローカーが休息のために8時間その場に止まってしまうと、ライダーとは200㎞近く差が付いてしまう。買い出し、給油等の時間を含めると、半日は追い付かない。クルーの人数、サポートする車の数、体制については、RPP代表を中心に検討しなければならない最重要課題なのである。

最終日にもいくつかハプニングがあったが、PCR検査は陰性結果が出た。事前に聞いていたがPCR検査料が250ドルだったのは、何とかして欲しい。Denver空港に移動して、フライトへ。クルーも私も自転車もその他の荷物も無事帰国することができた。

【ご協力一覧】(社名50音順)

株式会社アースブルー【プロテクトJ1】
アイ・アール・シー 井上ゴム工業株式会社【ASPITE PRO】
株式会社 ACTION SPORTS【CICLOVATIONバーテープ、ボトルゲージ、Qbicleバイクポーター】
合同会社ACTIVIKE【ACTIVIKE リカバリープロテイン、グランフォンドウォーター】
株式会社オージーケーカブト【IZANAGI】
Alternative Bicycles【ショックストップステム、インフィニティーシートE3】
株式会社キャットアイ【VOLT800、GVOLT70、TIGHT】
grupetto【grupettoサコッシュRAW version】
株式会社近藤機械製作所【GOKISOワイドフランジハブ、クライマーハブ、GD250mmハイトクリンチャー】
サンボルト株式会社【クールメッシュジャージ、PROパフォーマンスジャージ、スタンダードビブパンツ、ウィンドベスト、レインウェア半袖】
鈴木家【サポートカー関連機材】
Team Kimura
株式会社 日直商会【COLUMBUS、ZEROFIT SOCKS】
スポーツサイクルショップ BECKON【メカニックサービス(野村)】
macchi cycles【Code 3 Cr-mo x carbon】
株式会社ZYTECO SPORTS【BOOST SHOT、BOOST Nano AG、ウォーターボトル】
株式会社リアルタイムシステムズ(CloudGPS)
LEOMO, Inc.【TYPE-S、パワーマウント】
有限会社ワールドサイクル【R250 ツールケース スリムロングタイプ】
株式会社和光ケミカル【チェーンルブリキッド エクストリーム、パワー、ラスペネ、Aggressive Design】


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