記事ARTICLE

2022年08月10日

落合佑介レポート/砂漠の1,500㎞タイムトライアルレースRAW 〜最高の結果と見えてきた壁〜(前編)

先日、自転車によるギネスレコーズ日本縦断記録を更新した落合佑介さん。最大の目標はRAAM(Race Across AMerica:アメリカ大陸横断レース)です。その前哨戦ともなるRAW(Race Across the West)に出場。みごと総合2位、Under50カテゴリー優勝という成績を残しています。この冒険譚を3部形式でお届け。お楽しみください。

プロローグ

2019年のPBP(パリブレストパリ)をゴールして数日後、次の挑戦を考えていなかった私にRANDONNEUR PLUS PROJECT(以下、RPP https://randonneur-plus.com/)の森脇裕代表から「じゃあ次はRAAMに挑戦したら?」と軽い気持ちで誘われた。RAAMとはRace Across AMerica、世界一各国な自転車レースの1つと言われる、その距離なんと5,000kmにもおよぶアメリカ横断レースである。
「じゃあサポートして下さい」と軽い気持ちで返したら、少し悩んだものの承諾されてしまった。片山泰輔さん(現RPP事務局長)が同席していたため証人となり、後に引けなくなった。フランス・Dourdanという田舎町のホテルの一室で、お互い冗談のようなキャッチボールから始まった挑戦企画であった。

森脇裕さん

RAAMを知ったのは、RPPへもサポートカーの機材提供をいただいている鈴木裕和さんが、2018年にRAAM挑戦されている最中のことであった。

2017年にThe Japanese Odysseyという、日本各地の峠や林道を走るイベントで3,800㎞を走り切った私にとっては、5,000㎞も走れるレースは次のチャレンジとしてとても魅力的に感じた。同時にチーム編成や資金面などいくつもの疑問が生じたが、その時はチャレンジできるとは少しも思っていなかったので、何も調べずにそのままにしていた。

フランスで誘われた時も、そうした疑問を深く考えたわけでもなく、“走りたい”という気持ちだけが先行して返答したのだ。調べてみてわかったのだが、一人では参加できないのはもちろん、サポートなしで走ってきた私にとって、チーム作りはハードルが高かった。それを先人たちのアドバイスを聞いて、より一層一人では難しいと思いだした。幸いにもRPPのメンバーと分業することも了承が得られたため、私自身はライダーとしての練習時間も確保することができた。

2020年RAW、2021年RAAMへの挑戦をチームで話し合った。しかし、2020年はコロナ禍で大会が中止、2021年は開催されるも出国できるような状況下になく、断念した。それでも腐ることなく、2021年は日本縦断に挑戦することとなり、2022年にはやっとRAWに挑戦することができた。

RAWとは

Race Across AMerica(RAAM)のアメリカ横断レースのコースの一部を走るレースで、正式にはRace Across the Westという。毎年多少コースや距離が変わるが、カリフォルニア州Oceansideからコロラド州Durangoまでの約1,500㎞を制限92時間以内に走る。RAWを完走するとRAAM本戦への出場資格が獲得できる。日本ではRAA(Ride Around Aomori)という650㎞のイベントを制限時間以内に走り切れば、出場資格を獲得できる。

シングルステージレースであるため、ジロやツールの様な毎日のゴールはないが、通過チェックのTS(Time Station)が設けられている。GPSトラッカーを使用し、定められたカットオフタイムまでにTSを通過して、本部に報告する必要がある。

このイベントはノーサポートではなく、サポートクルー、サポートカーの同行が必須になっている。というのも、距離/獲得標高のハードさだけでなく、様々な環境の中を走り、回避しなければならないためである。時には気温50℃にも及ぶ砂漠の中、地震、洪水、ハリケーン、竜巻、山火事など、クルーと共にチーム一丸となり、情報を駆使してゴールを目指さなければならない。今回はスタート前に発生した山火事により、走行途中にコース変更された。

INDEX

▷RAW アメリカへの挑戦


▷RAWに合わせた装備


▷レースに向けた準備


▷入国からレース前夜

▷RAW アメリカへの挑戦

2022年RPPのオンライン会議で出走を話し合い、決断した。申し込みは2020年に行った申請が持ち越しにされていたため、RAAMの本部に連絡することで受付された。その後も詳細な登録は必要だったが、RAAMクルーとして過去に2度のサポート経験がある、米国在住の根本さん(現RPPクルー)のアドバイスを受けることができた。

新型コロナウイルスの流行が比較的落ち着いていた時期とはいえ、日本では感染症対策は緩まることはなかった。RAWの手続き以外でアメリカ入国の手続きを載せておく(2022年6月時点)。

航空券の手配
ワクチン接種証明(2022年2月に3回接種済だった)
快復証明か出国24時間以内のPCR検査およびその陰性証明
海外保険加入及びその証明書
電子渡航認証(ESTA)の申請
宣誓書の提出
CDCへの情報提供書の提出
mySOSアプリのダウンロード(帰国用)

その後も何度かチーム会議を行い、出国に向けた詳細な打ち合わせや配信スケジュールの予定が決まっていった。誤算だったのは、予定していたクルーのうち、1人が家庭の事情でキャンセル、代わりにエントリーしたクルーも、直前で家族の事情でキャンセルとなり、クルーは3人体制となってしまったことであった。

落合さんをサポートしたクルーのみなさん

▷RAWに合わせた装備

日本縦断チャレンジとは違い、複数のバイクを用意することがルール上可能であった。そのため、主に平地用、山岳用として2台を準備。曲がり角のない平地が多いため、TTバイクを用意するライダーもいたが、身体への負担を考慮して、平地用でも身体にダメージの少ないバイクセッティングにした。

平地用にマッキサイクルズのハイブリットフレーム(カーボンとクロモリ)、レッドシフトのショックストップステム、シクロベーションのバーテープにインナーのクッシュをプラス、ホイールはGOKISOのワイドフランジハブ50㎜と38㎜を地形により選択した。今まで経験したウルトラロングで、最も身体に負担がかからなかった機材だ。

また、現地でインフィニティシートの開発者、マーセル医師と出会い、Elite Series E3をプレゼントされたため、急遽付け替えた。さらにmacchiのみプロファイルデザインのDHバーを取り付けた。山岳用に特化したDE ROSAのスカンジウムには、負担要素よりも軽量化を重視し、GOKISOのクライマーハブ24㎜を使用した。

タイヤは出発直前に届いた新製品iRCのASPITE PRO。ライトはキャットアイ。サイクルコンピュータはLEOMOのType‐Sを選択した。重たいスマホの変わりにもなる。

ジャージはサンボルトのクールメッシュジャージ、PROパフォーマンス。サンボルトのパンツはスタンダードでも厚手になっている。ここにプロテクトJ1を数時間おきに塗り直せば(個人差はある)、皮膚トラブルを抑えることができる。さらに、長距離用に開発されたZEROFITSOCKSを履いた。

▷レースに向けた準備

出国の6月10日を目指して疲労を軽減させていった。出国の約1ヶ月前までに合計1,000㎞程を走るブルベを3つ組み込み、残りの1ヶ月で長距離馴れした身体を少しだけ虐めながら、疲労回復にむけて練習量をコントロールしていく。レースの様な高度な負荷のかかる練習は稀にしかしなかった。最後の1週間は疲労ができるだけ抜けるように、サイクリングペースで平地を走る程度に抑えた。

行ったことがないアメリカの初めてレースで、今までやってきたトレーニングプランがどれだけ通用するのか全くわからなかった。これまで多くを積み重ねてきた自分を信じるしかなかった。

気になるのは砂漠地帯だ。今回のコース、スタートしてから最初のTSであるBorrego Springsへ下る道からは、ほぼ全て砂漠と考えた方が良い。約1,400㎞もの砂漠地帯を走らなければならなかった。気温は50℃にも達することがあると言われている所を、まだ40℃も経験したことがない私が、3日間ほど走らなければならないのだ。

対策として、自宅でZWIFTを扇風機無し、暖房を30℃に設定して1時間(1時間しか耐えられない)、通勤は秋冬に使うジャージを使用し、高温に対する耐性を付けた。果たしてこれで足りるのだろうか。

熱中症対策として、ジャージを最も風通しの良いサンボルトのクールメッシュジャージとPROパフォーマンス、さらに冷却ベストを準備した。ヘルメットは空力、冷却に定評のあるOGK KABUTOのイザナギ。

さらに、現地到着後には1日だけ試走日として砂漠を走れるプランが組み込まれた。砂漠の練習時には、塩分が大量に抜けていることを感じたため、現地サポートチームのTeam Kimuraから熱中症対策のサプリメントやスプレーを提供していただいた。ドリンクはアクティバイクのグランフォンドウォーターとリカバリープロテインを走行中にも飲み、回復効果を狙った。

今回使用したサポートカーにも様々な装備をほどこした。車体の前方や横にはスポンサーのロゴを掲載して目立たせた。車中には4人分の荷物、自転車2台を乗せて移動しなければならない。レース中に使用しない荷物や装備分は車の上に設置したルーフバッグに入れた。日本からアメリカまで自転車を安全に運んでくれたキュービクルは、コンパクトに折りたためたので2箱ともルーフバッグに入った。

車内はライダーからの要望に直ぐ応じられるように、水分、食料、日焼け止め等のサポート品が配置されている。トランシーバーを使うので、必要に応じて迅速な対応が取れる。運転席の周りには、道案内のGPS、充電機材、マイルや摂氏の変換表も貼った。

▷入国からレース前夜

コロナ禍で飛行機は空席率が高いと聞いていたが、エコノミー席は満席だった。自転車を安全に運んでくれる信頼のあるANAにしたのだが、私の周りはほぼ中国人だった。ツアー再開されたのだろうか。ANAは乗客全員にマスク着用を呼び掛けていた。

11時間のフライトののちに到着したロサンゼルス空港には、RPPの森脇代表の迎えがあった。オンライン会議で一緒に飛行機の予約をしたのだが、何故か2日前を予約してしまい、ライダーより先に乗り込み、現地でバカンスを楽しんでいたのだ。帰国フライトの日程も間違えるという奇想天外な計画が彼の持ち味だ。

空港隣接のAVISでレンタカーを借り、カナダ経由で入国した丸田クルー、頓所クルーと合流。チェリーコークでここまでの経緯を祝いながら、一路、スタート地点のOceansideに移動した。

アメリカ到着初日の献立

2日目はTS1 Borrego Springsへ移動し、トレーニング。サポートカーからmacchiに乗り換え、標高1,200mから一気に200mまでBorrego Springsの町へ下ると、景色や気温が一変する。砂漠地帯だ。比較的涼しいと言われたトレーニング日だったが、気温は40℃に達していた。熱風を浴びながら走ると、想像していたよりも早く水分を欲する。水分を摂らないと喉が乾いてしまい痛くなる。10分もしないうちにボトルの水は暖かくなる。昼食を挟み、3時間、70㎞、1,200mまで登り返した経験は、本番での対策を変更できたので良かった。できることなら1〜2日間かけて身体を順応させておきたいところだった。

3日目は、RAWの受付とパレード区間を含む単独走行区間のコースチェック。

受付で渡されたのは、サポートカー用のステッカーだ。サポートカーの車体には取り付け機材が決まっている。ゼッケンナンバーのほかに、「RACE ACROSS THE WEST」「LIVE COVERAGE」「CAUTION BICYCLES AHEAD」のステッカー、スポンサーをいただいた鈴木家から受け取ったアンバーライト(後続車両への注意喚起のため、常時点滅)や低速走行三角等を、クルーが取り付けている様子を見学する。

次にスタート地点に移動し、コースチェックへ出発。サイクリングロードをコースチェック中に、山火事に遭遇した。今回のレースのポイントとなる点を、事前に知らせてくれていたのか。

滞在4日目のレース前日は写真撮影のみ。以前はレーサーミーティングがあった日だが、感染症の影響を受けて、オンラインや個人での読み合わせに変更されていた。夕方にはRPPのYou Tube Live企画で“RAWレース開始前”に出演した。残りは休息時間にして、忙しく働くクルーを横目にリラックスタイム、睡眠時間、レース中の補給食の買い出しに行った。

4日目、写真撮影

中編へ続く

【ご協力一覧】(社名50音順)

株式会社アースブルー【プロテクトJ1】
アイ・アール・シー 井上ゴム工業株式会社【ASPITE PRO】
株式会社 ACTION SPORTS【CICLOVATIONバーテープ、ボトルゲージ、Qbicleバイクポーター】
合同会社ACTIVIKE【ACTIVIKE リカバリープロテイン、グランフォンドウォーター】
株式会社オージーケーカブト【IZANAGI】
Alternative Bicycles【ショックストップステム、インフィニティーシートE3】
株式会社キャットアイ【VOLT800、GVOLT70、TIGHT】
grupetto【grupettoサコッシュRAW version】
株式会社近藤機械製作所【GOKISOワイドフランジハブ、クライマーハブ、GD250mmハイトクリンチャー】
サンボルト株式会社【クールメッシュジャージ、PROパフォーマンスジャージ、スタンダードビブパンツ、ウィンドベスト、レインウェア半袖】
鈴木家【サポートカー関連機材】
Team Kimura
株式会社 日直商会【COLUMBUS、ZEROFIT SOCKS】
スポーツサイクルショップ BECKON【メカニックサービス(野村)】
macchi cycles【Code 3 Cr-mo x carbon】
株式会社ZYTECO SPORTS【BOOST SHOT、BOOST Nano AG、ウォーターボトル】
株式会社リアルタイムシステムズ(CloudGPS)
LEOMO, Inc.【TYPE-S、パワーマウント】
有限会社ワールドサイクル【R250 ツールケース スリムロングタイプ】
株式会社和光ケミカル【チェーンルブリキッド エクストリーム、パワー、ラスペネ、Aggressive Design】


関連URL

落合佑介レポート/砂漠の1,500㎞タイムトライアルレースRAW 〜最高の結果と見えてきた壁〜 (前編)
落合佑介レポート/砂漠の1,500㎞タイムトライアルレースRAW 〜最高の結果と見えてきた壁〜(中編)
落合佑介レポート/砂漠の1,500㎞タイムトライアルレースRAW 〜最高の結果と見えてきた壁〜(後編)

Race Across the West https://www.raceacrossthewest.org/

関連記事

記事の文字サイズを変更する

記事をシェアする