2022年01月28日
サイクリングサイエンス コラム第十回/糖を制するものは補給を制する
謹んで新春のお慶びを申し上げます。皆様に幸多き年でありますように、と言いたいところですが、真のローディーである皆様はトレーニングの苦しみも渇望されていることかと存じます。今年も皆様の自転車ライフが多くの汗、涙、苦しみと喜びに溢れることを心より願っております。幸苦多き年でありますように。
さて今回は炭水化物との付き合い方をお話していきます。人の体がどのようにエネルギーを消化吸収しているかを一度理解してしまえば、今後補給で悩むことはありません。今回は炭水化物の理解を深め、補給の黄金ルールをマスターしましょう。
▷人のエネルギー源は炭水化物・脂肪・タンパク質
▷正しい補給で力を出し切る
▷砂糖と同じ糖質の一種!?
▷結合を切るのは消化管
▷結合の種類も吸収時間に影響する
▷何を食べるべきかはエネルギーがいつ必要かで決められる
▷ダイエットは補給と逆の発想で
▷話題の糖質制限食はライド中はおすすめしない
人のエネルギー源は炭水化物・脂肪・タンパク質
我々の体は生きていくために必要なエネルギーを食事から得ています。主に人間が利用しているエネルギーは3つ。炭水化物、脂肪、タンパク質です。この中で、炭水化物は運動に最も相応しいエネルギー源です。その理由は代謝が早いこと。脂肪の方が1gあたりのカロリーは高いのですが、実際に代謝経路をへてエネルギーになるには時間がかかるので運動中には間に合いません。タンパク質も同様です。このため運動する場合は基本的に炭水化物をメインで摂取することになります。
正しい補給で力を出し切る
運動中に相応しい炭水化物ですが、一口に炭水化物といっても実は色々な種類があります。食後どれぐらいの時間にどの程度の強度の運動をするのかに合わせて、適切な種類の炭水化物を補給することで、100%のパフォーマンスを出し切ることができます。逆にいうと、補給を誤ることで力を出しきれないこともあるのです。補給の真髄を理解すべく、まずは我々が食べる炭水化物とは何かを学んでいきましょう。
すべての炭水化物はグルコースに通ず
炭水化物を構成するのは、単糖と呼ばれる物質です。これら単糖同士が鎖のように化学結合して長くなったものを総称として炭水化物と呼んでいます。
人の身体が目指すゴールはただ一つ。単糖の一種であるグルコースを獲得することです。というのも、人間が唯一エネルギーとして活用できるのはグルコースのみだからです。
グルコースを得るために、人間の身体が行う工程は大きく分類して以下の2つです。
・グルコースになるまで炭水化物の結合を切っていく
・グルコースでない単糖をグルコースに変換していく
結合を切るのは消化管
炭水化物の長い結合を切っていくのは口から胃、腸に至るまでの消化管の役割です。体内に持っている消化酵素と、消化管が伸び縮みする動き(蠕動運動)で単糖同士の結合を切り、吸収可能なグルコースまで炭水化物を小さく分解していきます。鎖は長ければ長いほど切るのに時間がかかるため、口にしてから実際にエネルギーになるまでに時間がかかります。これは、腹持ちのよさと考えてもらえればよりわかりやすいでしょう。
例としておにぎりとジュースで比較してみましょう。おにぎりに含まれる炭水化物は、ジュースに含まれる炭水化物と比較するとかなり長い鎖構造をしています。このため、口に入れ、消化管が炭水化物の結合をきり、グルコースまで切断していくのに長い時間を要します。一方、ジュースに含まれる炭水化物のショ糖(スクロース)は二糖類と呼ばれる単糖が2つ繋がっただけの構造をしています。この場合は、ただ鎖をひとつ切ってしまえば単糖になるので、あっという間に吸収できてしまいます。この結合を切るのにかかる時間の差が、腹持ちの違いに現れているのです。
結合の種類も吸収時間に影響する
結合の長さだけでなく、どのように糖同士が結合しているかも、エネルギー変換までにかかる時間に影響を与えます。
昨今 ”スローカロリー”として話題のパラチノースを例にあげてみましょう。
パラチノースは蜂蜜に微量含まれる天然糖の一種で、グルコースとフルクトースの2つの単糖から構成される二糖類です。これは一般的な砂糖であるスクロースと同じ成分で構成されています。
参照:https://www.slowcalorie.com/slowcalorie-labo/
二糖類ですので一つの結合を切ればおしまいなのですが、図をみてお分かりの通り、パラチノースは結合している位置が通常の砂糖と異なります。このたった一つの結合の位置が違うだけで、分解スピードは1/5まで遅くなるのです。このゆっくり吸収される性質を利用して、パラチノースは持続する補給食として注目を集めています。
パラチノースに関してはこちらの記事もご参考ください。
https://funride.jp/feature/purepara-1-2/
蛇足ですが、消化酵素の種類には限りがあり、結合の種類によっては切断できないものもあります。このように人間が切れない結合を持つ炭水化物のことを食物繊維と呼びます。食物繊維は糖の一種なので、人間は腸管を必死に動かして消化しようと試みますが、食物繊維の結合は切れないので吸収できず、そのまま大腸を通過して便として排泄されます。このため、食物繊維を含む食品を食べると、腸の動きが促進され、結果便通がよくなるのです。食物繊維の排便促進効果は、我々の消化管が必死に”もがいた”結果ともいえます。
何を食べるべきかはエネルギーがいつ必要かで決められる
ここまで述べた内容を考慮すると、ロードバイクの補給で何を食べればいいのかがわかってきます。大前提として、必要なカロリーを満たす量を摂取します。それに加え、いつエネルギーが必要かを考慮に入れて補給を選んでいきます。
多糖類をはじめとする長い糖は吸収が遅いので、食べてから数時間にわたってゆっくりと吸収されていきます。この性質を利用して、長い糖はライドやレースの数時間前に食べることで、ライド開始時までに消化をある程度終わらせておきましょう。この時に注意したいのが食物繊維の量です。先述の通り、食物繊維は消化管を頑張らせる作用があるため、人によっては消化管に負担をかけてしまうことがあります。レース当日の朝に食物繊維が豊富な芋や玄米などの食品をとりすぎると、レース中に必要なエネルギーを消化管の運動に奪われるリスクが出てくるため、レース当日は食物繊維が控え目な食品がおすすめです。
単糖類などの短い糖は吸収が早いので、ライド中の補給に適しています。特に低血糖状態、いわゆるハンガーノックと呼ばれる状態では、一刻も早い糖の吸収が求められるので、単糖が最適な選択となります。いわゆるエナジージェルやスポーツドリンクなどは主に短い糖で構成されているので最適な補給食となります。
具体的に何を食べればいいのだろうとわからない場合は、GI値を参考にしてみると良いでしょう。GI値は各食品の吸収されやすさを数値化したもので、高いほど吸収が早く、低いほど吸収が遅い食品になります。これをライドの補給に活用すると、ライド前には低GI食品を、ライド中盤では高GI食品を選ぶと良いでしょう。
ダイエットは補給と逆の発想で
ライド中は糖の長さが短いものを選ぶと良いとお話ししましたが、短い糖は吸収が早い一方で生活習慣病を引き起こしやすいというデメリットがあります。短い糖をライド以外でも摂取しすぎると肥満や糖尿病へまっしぐらです。ライド以外の日常生活では、長い糖を意識的に食べるように心がけましょう。スイーツが好きな方は、普段は控えてライド中に食べるようにすれば、スイーツ欲も満たされ、補給にもなり一石二鳥です。
話題の糖質制限食はライド中はおすすめしない
昨今話題の炭水化物を減らす糖質制限、低炭水化物食、ケトン食などの特殊な食事法を試している人もいらっしゃるでしょう。これらは確かに減量には一定の効果があると報告されています。しかし、これらの食事は持久系競技者の体重を下げても、パフォーマンスをあげる報告はありません。むしろ持久系競技中に欠かせない糖質が不足することで、パフォーマンスが低下することが指摘されています。減量中で炭水化物を制限されている方でも、ライド前、道中、直後は炭水化物を摂取することを強く推奨します。
次回はローディーとタンパク質の濃厚な関係をテーマにお話していきます。
参考文献
標準生化学
Journal of Agricultural and Food Chemistry 56, 5892-5895
The Journal of Nutrition, 137(5),1143-1148
Helge JW. Long-term fat diet adaptation effects on performance, training capacity, and fat utilization, Med Sci Sports Exerc 34 1499-504.
Margolis LM et al Utility of Ketone Supplementation to Enhance Physical Performance: A Systematic Review
これまでの記事はこちら
第1回 「サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
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著者プロフィール
ラン先生らんせんせい
医師兼研究者。工学系大学院で再生医学を研究する傍ら、”できるだけ短時間で強くなる”を目標に自転車トレーニングに関する論文を日々読み漁っている。休日はGPSで日本地図を描く”伊能忠敬プロジェクト”を個人的に進行中。個人ブログでも自転車に関連する論文紹介をしている。 https://charidoc.bike/
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