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2022年04月23日

サイクリングサイエンス コラム第十三回/強者必睡の理をあらはす

春眠暁を覚えず、処処輪音を聞く。夜来呻吟の声。汗落つること知る多少。

こんにちはランです。中国唐代を代表した歌人、孟浩然が現代で自転車に乗っていたら、かの有名な詩もきっとこのように詠んだことでしょう。

INDEX


▷日本人は圧倒的睡眠不足


▷睡眠不足で身体に起きること


▷アスリートは寝ていない


▷睡眠時間を増やすだけでパフォーマンスが上がる?


▷練習時間を増やす前に睡眠時間を見直そう


▷手っ取り早い対策はスマホ


日本人は圧倒的睡眠不足

早速ですが、みなさんは十分に眠っていますか?

読者のみなさんの多くは、この質問に苦渋することでしょう。厚生労働省が調査した結果によると、日本人の平均睡眠時間は6時間以上7時間未満の割合が最も高く、男性では32.7%、女性では36.2%にも達しています。さらに、6時間未満の人の割合は男性 37.5%、女性40.6%となっています。

本来、健康を維持すべく必要とされる睡眠時間はおよそ7-9時間と言われていますが、日本人の半数近くはこの基準を満たしていないことになります。

睡眠不足で身体に起きること

睡眠が不足すると、我々の体にはいったい何が起きるのでしょうか?

みなさんが経験の通り、脳の認知機能が低下し集中力に悪影響を及ぼします。なんとなくやる気が出ず、注意力が欠け、小さなミスを連発してしまう。しかし影響はこれだけに及びません。代謝の観点からは、睡眠不足は肥満および糖尿病と関連していると知られ、これらの発症リスクを増大させます。これは睡眠不足により食欲をコントロールするホルモンの分泌が阻害され、暴飲暴食に走りやすくなるためです。さらにエネルギーの観点では、糖質の項目で触れたグリコーゲンと呼ばれる筋肉内に貯蔵しているエネルギー源の貯蔵量が減ってしまいます。同様に成長ホルモンとストレスホルモン(コルチゾール)の分泌に負の影響を与え、トレーニングからの回復を妨げ、自己免疫力が低下します。追い討ちをかけるように、筋肉そのものの分解が促進されてしまうのです。

これらの影響はローディーにとって死活問題です。睡眠不足なだけで筋肉は落ち、スタミナも減り、さらには注意力散漫から落車事故などを引き起こすリスクも高まってしまうのです。

アスリートは寝ていない

しかし、皮肉なことにエリートアスリートは非アスリートに比べて総睡眠時間が短いことが知られています。過去の研究では個人スポーツ、チームスポーツ、瞬発/持久力スポーツを問わず、オリンピック選手は6.5-6.8時間ほどしか寝ていないと報告されています。これらの理由として、アスリートは厳しいトレーニングスケジュールに加え、遠征による長時間移動、国際大会出場のため時差の影響など様々なストレスがかかっていることがあげられます。加えて、近年ではスマートフォンやその他の電子機器の普及、SNSを介したファンとのコミュニケーション、イベントや試合への宣伝活動なども、良好な睡眠衛生を妨げている一因だと危惧されています。

睡眠時間を増やすだけでパフォーマンスが上がる?

これらを考慮すると、現代の多忙なアスリートは普段から睡眠不足の状態であり、練習量を増やさずとも十分な睡眠時間を確保するだけで競技成績が向上する余地があるかもしれません。実際にこれを支持する研究は数多くあります。

例えば2011年にアメリカのバスケットボールチームで実施された研究では、 通常の睡眠時間(約7時間)と10時間以上睡眠させた介入群を比較した結果、短時間ダッシュ、持久力、フリースローおよび3ポイントシュートの精度全てに置いて睡眠時間を延ばした群の方が成績が向上した結果が報告されました。

また、​​テニスプレーヤーを対象とした別の実験では、参加者に昼寝を含めて1日9時間以上の睡眠を確保するよう指示した結果、サーブの精度が14.3%向上したことが報告されています。

普段から身体を酷使するアスリートは、一般的に考えられている以上に長い睡眠時間が必要であると考えられます。

練習時間を増やす前に睡眠時間を見直そう

真剣に練習に取り組んでいるのに成績が伸びないと悩むローディーの方。もしかしたらそれは練習不足ではなく、睡眠不足が原因かもしれません。

理想的には、アスリートが潜在能力を最大限に発揮するには、合計で9~10時間の睡眠時間 が必要と言われていますが、現代の働くアスリートには非現実的な時間です。まずは健康に必要とされる7-9時間以上の睡眠を目指し、日々の生活リズムを修正してみましょう。睡眠も立派なトレーニングの一部と考え、積極的に睡眠時間を延長してみましょう。

手っ取り早い対策はスマホ

とはいっても、そう簡単に起床時間は変えられない、と言う方にぜひ試して欲しいのがスマホの使用時間削減です。就学年齢を対象にした文部科学省の研究によると、スマホの使用時間が長い人程、就寝時間が遅くなることがわかっています。

この一因としてスマホ等スクリーンから発せられるブルーライトが考えられえています。ブルーライトが目に入ると、体内時計(サーカディアンリズム)が狂うことが報告されています。なかなか寝付けない、早起きができないと悩む方は、もしかしたらスマホの使いすぎで睡眠リズムが崩れているかもしれません。まずは、スマホの電源を早めに切ってしまうことから始めてみましょう。

次回は、睡眠に関連した起床時間と朝練にも触れていきます。お楽しみに。

とびら写真:しまなみ街道 WAKKA https://wakka.site/ 

参考文献

孟浩然『春暁』 唐詩選 

Sports Med. 2018 Mar;48(3):683-703.
Sleep Interventions Designed to Improve Athletic Performance and Recovery: A Systematic Review of Current Approaches

Ståle Pallesen et al Percept Mot Skills. 2017 Aug;124(4):812-829
The Effects of Sleep Deprivation on Soccer Skills

Review Psychiatr Clin North Am. 2021 Sep;44(3):393-403.
.Sleep Disorders in the Athlete.Shane A Creado et al

Int J Sports Med. 2019 Aug;40(8):535-543
Sleep Hygiene for Optimizing Recovery in Athletes: Review and Recommendations

Cheri D. Mah, et al Sleep, Volume 34, Issue 7, 1 July 2011,
The Effects of Sleep Extension on the Athletic Performance of Collegiate Basketball Players

Mah CD et al. Sleep. 2009;32:A155
Athletic performance and sleep extension in collegiate tennis players.

J Sports Sci. 2012;30(6):541-5. Jonathan Leeder et al
Sleep duration and quality in elite athletes measured using wristwatch actigraphy

厚生労働省 令和元年「国民健康・栄養調査」
文部科学省 平成 26 年度「家庭教育の総合的推進に関する調査研究」-睡眠を中心とした生活習慣と子供の自立等との関係性に関する調査-
https://paripikoumei-anime.com/

これまでの記事はこちら
第1回 サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
第11回 タンパク質との濃厚な関係

第12回 サイクリングサイエンス コラム第十二回/結局は普通が一番な脂質


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