2022年04月25日
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第五回 / 出発の地、目的の地、それは『レース』
昨年同様、日本の実業団レースの最高峰Japan Pro Tourは兵庫県の播磨中央公園で幕を開けた。膝の故障で出遅れた今シーズン、初戦はレース強度に体が驚くばかりで、何もできずに引き摺り回された。140kmの長丁場だったこのレースだが、私のレースはちょうど半分走った70kmでリタイアに終わった。
レースが終わると旅が始まる
自転車ロードレースは自宅から気軽に行けるところで行われることは少ない。ほとんどが宿泊を伴う遠征である。複数日に及ぶステージレースともなると、毎日レースを走りながら宿泊地を転々と移動する。
日本で言えばTour of Japanは1週間かけて大阪から東京にたどり着く。昨年チームとして初参戦した時は3日間に短縮されたが、それでも富士山から東京までを3日間で移動した。
今回の播磨でのレースも600 km以上の道のりをチームのハイエースで進んできたのである。
そう、自転車ロードレースはそれ自体が旅のようなものである。レースが終わると、そこはすでに旅先である。
レースは全国各地で行われる。自分自身では見つけることのできない、まず来る事がなかったであろう地域を訪れて、じっくり走るきっかけになる。これがレース後にスタートする旅の醍醐味である。
レースからの最高の船出
2018年のJ Pro Tour 秋吉台カルストロードレースで2位に入ったことがある。日本屈指のダイナミックなコースで表彰台に立つことができた思い出深いレースだが、この後に山陰を自転車で旅したのが現在のライフスタイルの原点と言っても良い。
レース会場でチームメンバーと別れ、少ないながらも自分の脚で勝ち取った賞金5万円というボーナスを手に、山口をスタートし、日本海側へ抜けて山陰の海岸線を東へと進んだ。関東に住んでいると馴染みのない地域だ。
レースで力を出し切って、優勝はできなかったけれど満足な結果も出て、さらに走ったことのない未知なる土地が私を待ち受けている。レース翌日に充実感でいっぱいの中、重い脚でペダルを踏み出したことをよく覚えている。今もこの時の感覚が忘れられないのかもしれない。
旅の終わりがレースの始まり
逆のパターンもある。
昨年の南魚沼ロードレースは佐渡島を走り回って、旅を終えてそのままチームに現地合流した。新潟県に前入りした私は、「佐渡の上り」という上りを走り尽くして、本土に戻ってから新潟屈指の上りである枝折峠まで登って、やはり充実感に満ち溢れていた。もちろん身体は疲れ切った状態だったけれども。
それでもレースは粘って粘って、そこまで悪い結果でもなかった。やはり精神が充実している時は物事がうまく回るのだろう。旅をステージレースに見立てるのであれば、最終ステージだけが本物のレースのようなものだ。旅は基本的にリタイアすることがないから、必ず最終ステージまでたどり着ける。こんなに良いステージレースはない。
多様な顔を持つ兵庫県
今回の旅に戻ろう。
播磨でのレース後に会場でチームから一人離脱し、旅をスタートさせた。それから3週間、兵庫県を中心に走り回った。
南は瀬戸内海、北は日本海に面する大きな兵庫県。やはりなかなか行く機会のなかった地域だったが、レースをきっかけに訪れて長くゆっくり見て回る事ができた。
断崖絶壁の続く日本海側の山陰海岸。厳しいアップダウンが続く。十分すぎるほどの走りごたえのあるコースだが、繰り返される上りを超えるたびに絶景が広がる。満開の桜がその景色をさらに際立たせてくれた。
「少しやり残したくらいがちょうど良い」
兵庫県は内陸部の面積がすごく広い。峠が無数にある。そして内陸北寄りの地域は日本海側に近いこともあって、この時期に標高を上げると路肩に雪が目立つ。
今回、上りたかったが、冬季通行止めで泣く泣く断念した上りもあった。これは次回に取っておこう。少しやり残したくらいがちょうど良い。またこの地を訪れる理由ができるからだ。
それでも妙見山の上りで、低いながらも雪の壁が現れた時は気持ちが高揚した。この時期に雪の壁の中を走るのはヒルクライム好きにはたまらないアクセントを与えてくれる。
おすすめの町をあげるとしたら出石だろうか。美しい城下町の旧市街。やはり桜がその雰囲気をより一層引き立ててくれた。小分けにされて小皿で出されるそばが名物で、周りには峠も多い。兵庫県北部の大きな街である豊岡からのアクセスも良好で、ライドと観光でお腹が減ったところに出石そば。最高のコースが組めるだろう。ちなみに少し足を伸ばせば有名な城崎温泉もある。
次の戦いへ
旅の終着点は瀬戸内の赤穂へ。J Pro Tour第2戦の地である広島に向けて山陽道を走って来たチームカーに再び合流した。
こうしてレースから旅へ。旅からレースへ。自転車 + 仕事という旅のスタイルの中にレースという要素が加わる。今年もレースシーズンが始まった。
写真と文:才田直人
才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅” 連載中
第一回 プロローグ
第二回 旅の流儀
第三回 フェリーで広がる可能性 ~奄美群島~
第四回 自転車で訪れる八重山諸島
著者プロフィール
才田直人さいた なおと
1985年生まれ。日本中、世界中を自転車で旅しながら、その様子を発信する旅人/ライター。日本の上るべき100のヒルクライムルートを選定する『ヒルクライム日本百名登』プロジェクトを立ち上げて、精力的に旅を続ける傍ら、ヒルクライムレースやイベントにも参加している。