記事ARTICLE

2021年06月04日

サイクリング・サイエンスコラム/第二回 FTPを信じていいのか?

こんにちはランです。
今回はパワートレーニングをしている自転車乗りであればおなじみ、FTPについて深堀りしていきます。
この記事を執筆するために大量の引用論文。大学院の課題より論文を読み込んでいるのはここだけの話です。

前回の復習
今回もいくつかの論文を引用しながら話を進めていきますが、前回ご紹介した方法にのっとって情報の吟味を進めていきます。繰り返しになりますが、情報の吟味は大きく2段階を踏んでいきます。 前回の記事こちら

1.その情報は正しいものなのか
2.その情報は自分に当てはまるのか (次回予定)

今回もこのステップに沿って、ローディーが慣れ親しんだFTPの真意に迫っていきます。

FTPとはそもそもなんだ?

昨今、パワーメーターの価格が下がり、アマチュアライダーの間にもパワーメーターが広く普及しました。また室内トレーニングの需要も伸び、スマートローラーを導入したライダーも多くいらっしゃるのではないでしょうか。Zwiftをはじめとするインドアトレーニングプログラムの中で、”FTP”という言葉を何度も聞いているかと思います。

さて、そもそもFTPとはなんでしょうか?
ネットで検索してみると、「ローディーの戦闘能力」や「基準値」などという表現が出てきます。

FTPやパワートレーニングに関してのブログやネット情報を読む限り、必ずといっていいほどこの書籍が引用されています

当然といえば当然で、この本の著者がこのFTPという概念を作った張本人だからです。
日本でも第二版まで訳され、パワートレーニングに悩む多くのライダーにとってまさに「聖書」として扱われてきました。日本にFTPの概念を普及させたのは、この本の存在が大きいでしょう。

FTPの定義

FTP、正式名称Functional Threshold Powerは、日本語では機能的閾値パワーと訳されていますが、これではよくわかりません。Thresholdは境界、入口などという意味のある単語です。ここでの作者の意図を組み込んだ訳をするならば、FTPとは有酸素運動と無酸素運動の境界にあたるパワーを指します。

有酸素と無酸素の限界とは、有酸素運動がギリギリで継続できる運動強度のことです。
有酸素運動と無酸素運動の違いはここでは大きく説明しませんが、有酸素運動のほうがより長時間運動を継続できることは皆さんご存じかと思います。マラソンやロードレースなどの長時間競技においては、この有酸素運動の限界を向上させることがレースでの好成績をもたらすことはお分かりいただけると思います。

さて、有酸素の能力を最大限に向上させるにはどうすればよいでしょうか。

答えはとても簡単です。この有酸素領域の限界でトレーニングをすることです。

有酸素領域の限界で練習すると強くなる

考えてみれば当然です。耐えられるギリギリの強度で練習をすると、身体がその強度に慣れていき、より強い強度に耐えられるように適応していきます。有酸素運動も同様に、無酸素にならない、ギリギリの強度で練習すると有酸素運動の能力が向上していきます。

しかし、この有酸素領域の限界を正確に求めようとするのは実は一苦労なのです。厳密にこの有酸素の限界を計測するには、呼気の酸素含有量や血液中の乳酸を測定する必要があります。
このため、検査機器の整った施設でしか行うことができず、しかも運動前後に複数回採血をすることになり、少なからず痛みを伴う侵襲的な検査と言えます。有酸素の限界領域を計測するのは、本来痛みや手間がかかるものなのです。

そこで、より簡便にこの限界領域を計測できないかとこの著者が開発した方法が、「20分間タイムトライアルを実施し、その平均パワーの95%をFTPとする」というものです。

おそらく皆さん一度は経験しているであろう、あの「20分間全力疾走」というテストです。


これであれば医療施設でなくとも、ローラーとパワーメーターさえもっていれば自宅で誰でも簡単に計測を行うことができます。さらに著者は計測されたFTPをもとに、練習強度を設定し、求める効果に応じて強度を選ぶように提唱されています。

さて、この定説に関して情報の吟味をしてみましょう。
20分の全力疾走(Time Trial;TT) で自分の有酸素領域の限界であるFTPが計測できる。ここについて深く掘り下げてみます。

1.その情報は正しいものなのか

まずは、このFTPという概念を生み出した博士がどのような実験データからもとにこの定説を生んだのかを検証しよう……と思っていました。しかし、彼の著作および訳書の中に、引用論文がどこにも示されていませんでした….。おそらく、著者は長年携わっていたプロチームのデータからこの理論を構築し、科学論文などにはそのデータを公開していないのではと予想されます。残念ですがこれでは検証できません。

一方で、FTPの正確性に関して一部疑問を呈する論文はいくつか発見されました。

FTPに疑問を呈する研究

2018年に発表された論文”Is the Functional Threshold Power a Valid Surrogate of the Lactate Threshold?”では、すでに血液検査でLT領域(有酸素と無酸素の境界領域)が計測されている男性サイクリスト20名に対して、一般的なFTP測定方法(20分最大平均パワー×0.95)を実施し、どれほどズレがあるのかが検証されています。

結果として、エリート群(PWR>4.5W/kg)では大きな誤差がなかった一方、アマチュア群(PWR<4.5W/kg)ではFTPが低く見積もられていたということがわかりました。

また別の論文”Functional Threshold Power Is Not Equivalent to Lactate Parameters in Trained Cyclists”では、20分間テストで求められたFTPは実験室で求められるLT領域パワーと一致するものの、統計学上での誤差があまりにも大きく、論文著者も「20分間テストではなく実走データをもとにトレーニングプランをたてることを薦める」と述べています。

以上のことからこのFTPという概念について吟味してみるとこれらのことがわかります。

・著者がプロ選手のデータから作られた概念だが、根拠となったデータそのものは公開されていない
・昨今の研究では、20分間測定によるFTPはエリートライダーでは誤差が少ないが、アマチュアでは過少評価される可能性あり。誤差も大きい。

FTPは完璧ではない

これらを考慮すると、巷でいわれているFTP = 戦闘能力という表現はいささか怪しくなります。なぜならFTPは信じられていたほどライダーの能力を正しく反映していない可能性があるからです。

私にとって、これは大変ショッキングな内容でした。私もこの本を読んでトレーニングについて学び、FTPを上げるべくトレーニングを続けてきたライダーの一人だからです。しかしこの記事を書くにあたりFTPについて調べていくと、その概念自体の科学的根拠が希薄であることに気づき、大きな衝撃を受けました。

このように長年信じられていた論理がひっくり返ることは科学の世界では珍しくありません。研究が進み、過去には当たり前だと思われていた事実が実は正確ではなかったことは多く見つかっています。過去の発見=正しいとは限りません。当たり前と言われている概念でもまず批判的な目で見ること、これが今回皆さんにお伝えしたいことです。

次回はこれらの情報を踏まえ、我々はどうFTPと付き合っていけばよいのかについてお話していきます。
簡易版FTP計測と名高いramp testや8分間TTについても触れていきますのでお楽しみに。

参考文献
ハンター・アレン ,アンドリュー・コーガン共著 パワートレーニングバイブル 第2版
Hunter Allen, Andy Coggan. power and racing with a Power Meter 3rd edition
Pedro L Valenzuela,et al. Int J Sports Physiol Perform. 2018 Nov 20;1-6.
Is the Functional Threshold Power a Valid Surrogate of the Lactate Threshold?
Owen Jeffries et al. J Strength Cond Res. 2019 Jul 1
Functional Threshold Power Is Not Equivalent to Lactate Parameters in Trained Cyclists
Timothy P Gavin et al. J Strength Cond Res. 2012 Feb;26(2):416-21. 
Comparison of a field-based test to estimate functional threshold power and power output at lactate threshold
James Fell et al. J Sci Med Sport. 2008 Sep;11(5):460-3.
The modified D-max is a valid lactate threshold measurement in veteran cyclists


ラン先生 
ブログ:https://charidoc.bike/
インスタグラム:https://www.instagram.com/31_ran_/

関連記事

記事の文字サイズを変更する

記事をシェアする