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2022年01月09日

【新連載】才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第一回

サイクリスト・才田直人さんの自転車旅コラム連載をスタートします。

才田さんは日本の自転車ロードレースリーグのJBCF Jプロツアーを走るライダーでもあります。2019年から起こってしまったコロナ禍によって、生活が一変したという才田さん。もともと大好きだった旅をしながら、リモートワークを行うようになったといいます。よ〜く考えるとサイクリングとリモートワークって相性抜群ですね。 さて、才田さんはどんな旅をしているんでしょうか。まずは自転車ワーケーションを始めたきっかけからお話をしていただきましょう。

才田直人さん プロフィール
1985生まれ。フォームを改善することで、サイクリングやランニングのパフォーマンス向上を提案するためのデバイスやサービスを提供するLEOMO, Inc. 勤務。 選手としてはLEOMO Bellmare Racing Teamに所属。Jプロツアーを主戦場に走る。長い上りや、脚の削り合いとなる厳しい展開のレースが得意。 ワーケーション自転車旅をしながらレースに参戦中。

プロローグ

今年の晩秋に熊本へ訪問した。彼の地で3泊お世話になった宿を出発する。2食付きで16,800円の宿泊費を16,000円にまけてくれた。そして1,000円を持たせてくれた。「途中で飲み物でも買ってね」と。

旅先ではこんな経験をすることがしばしばある。宿の女将さんの親切に触れて、「心の広い人だな。それに対して自分はどうだろうか?」。なんていうことを頭の中で咀嚼しながら走れるところが1人で自転車に乗ることの一番の贅沢だ。
こうしてサイクリングのためにあるのではないかと思える素晴らしい地域のひとつ阿蘇に向かってペダルを踏んでいく。

女将さんの話では、このライドのメインである「グリーンロード南阿蘇」の地蔵峠は熊本の震災時に迂回路として活躍したとのこと。オートバイ乗りに愛される観光道路が「状況が一変」することによっては立派な交通の要「峠」としての機能をしっかり果たす。

地蔵峠から阿蘇のカルデラ内部へ。標高を変えるたびに木々のあるところ、平原、ススキ原と表情が変わり、写真を撮るために何度も足を止めてしまう。 
熊本は毎年訪れている。名物といえばラーメン。有名店の黒亭で。豚骨にマー油のニンニクが効く。九州の中では少し太めの麺も特徴的。

この2年で世界中の「状況が一変」した。

コロナウイルスの世界的な蔓延。自転車界でもその影響は例外ではなく、多くのレースがキャンセルになり、選手の中には引退を選択する選手もいるほどになった。

また、社会人兼選手の私の職場環境も大きく変化した。東京都心にあったオフィスを引き払い、社員全員がリモート勤務に。オンラインミーティング以外ではほとんど顔を合わせることもなくなった。

悪いことばかりのように思えるが、そうでもなかった。幸い自転車は1人でも行えるスポーツで人との接触の心配はない。また、私の業務内容は基本的にPCとインターネット環境があれば行える。

単独ライド + リモートの職場環境。何だか、すごく大きな可能性が見えてきた。峠と同じで、視点を変えればその魅力も違った表情を見せ始める。

きっかけは怪我?

以前から旅が好きだった私は休みをとっては自転車を持って走ったことのない地域を訪れるということを繰り返していた。コロナで周りの環境が変化し始めた時、私はライド中に鎖骨を骨折するという事故に遭った。自転車に乗れない期間がしばらくあり、その間にただただ地図を眺め、まだ見ぬ土地に想いを馳せて、未知の峠を上る自分を想像した。ある程度のリハビリが終わる頃には走りたい場所が日本中に広がり、スマホの地図アプリはスターとフラグで埋め尽くされて日本地図が見えなくなっていた。

レースがキャンセルになっても、仲間と走ることができなくても、私の自転車へのモチベーションが小さくなることはなく、むしろ無限に膨らんでいくようだった。

「さて、どこに行こうか」

実走できるようになると、すぐに旅に出た。まずは自走で東京から長野に。初めは知り合いがやっている旅館にお世話になってしばらく滞在。この旅から帰ると、次は同じところに滞在するのではなく、上りたい峠や訪れたい場所がある方へと転々と移動するようになった。以前から休暇中にはこの手の旅もしていたが、仕事をしながら、いわゆるワーケーションと両立することはちょっとしたチャレンジだった。

現在これができているのは、理解ある職場と、日本の優れた物流業のおかげ。前日の夜に荷物を出せば翌日には次の目的地に届いているので、空荷で動くこともできる。こうして旅のスタイルが固まってきた。その地域が気に入れば予定を延長して留まるし、目の前に輝く未知の土地があれば出発する。そんな予定のない旅。

大きなきっかけは怪我。骨折なんてしない方が良いけれど、悪いことばかりというわけでもない。やはり柔軟な視点が大事。

昔から旅が好き

小さい頃から、家族旅行の時に帰りの日が近づくと寂しい気持ちになっていたことを思い出す。フランスで選手生活をしている時も帰国時期が近づくと帰りたくないな、と思っていたことをよく覚えている。

現場での仕事やレースがない限り旅を続けるので、1ヶ月間以上自宅に帰らないこともある現在の生活でも、帰りの日が近くなると同じ気持ちになる。帰っても翌日には、新幹線の時間を調べたり、航空券を探したり、宿のレビューを眺めたりする。現在のライフスタイルは理想そのもので、本当に充実している。

自転車旅のススメ

自転車旅は景勝地、美術館、博物館や史跡に訪れたり、グルメを楽しみながら、各地の峠をタイムアタックしてレースに向けたトレーニングを兼ねることもできる。自由自在にアレンジできるので飽きることはない。

地蔵峠から外輪山の淵を越えて阿蘇の内部を望む。

「自転車の速度」は本当にちょうど良い。

もちろん歩くよりは遠くまで行ける。でも車やオートバイよりずっと遅いので思わぬ良い出会いがあったときに、気がつかずに通過するなんてことも少ない。小回りが利くのでUターンも簡単。

そんなちょうど良い速度で、次の瞬間には自分にとってまったく未踏の地を駆け抜ける。ほら、自転車旅は楽しみに満ち溢れている。


この連載では私の旅先でのちょっとしたエピソードを紹介していく予定です。皆さんが旅に出かけてみたくなるきっかけになれば、こんなに嬉しいことはありません。


写真と文:才田直人

次回はどんな様子でリモートワークに勤しんでいるのでしょうか。その様子と併せて旅のレポートを綴っていただきます。

関連URL:http://lemonadebellmare.jp/team/naoto_saita

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