2022年03月02日
サイクリングサイエンス コラム第十一回/タンパク質との濃厚な関係
2月のその日。自分のロッカーや引き出しを入念に調べてしまう。気になるあの人が一人になる瞬間をじっと狙う。「興味ない」と言いつつも、渡す方も受け取る方も小さな糖の塊に右往左往させられる、そんな季節ですね。
私もこの時期が来ると、当時の彼氏と大喧嘩の末、手作りケーキにエルボーをかましたときの肘の感触を思い出します。
ほろ苦い思い出はさておき、前回は糖と補給の関係性をお伝えしました。今回は、アスリートにとって大切なタンパク質のお話です。
INDEX
▷タンパク質とは
▷アスリートにとってのタンパク質
▷タンパク質をとる理由① 脂肪を減らすため
▷タンパク質をとる理由② 回復のため
▷量:現代人はそれほど不足していない
▷アスリートは1日摂取量の目標を1.0g-1.4g/kgに
▷質:摂取源は肉に偏らないように
▷タイミング:運動前後にこまめに補給
▷タンパク質を食べるのが苦手な人はプロテイン食品もあり
タンパク質とは
人間にとってタンパク質が重要である理由は至ってシンプルで、タンパク質が人間の身体の材料だからです。タンパク質は人間の身体を構成しているものの一つで、水分の次に多い成分です。タンパク質の多くは人間の体内で製造が可能ですが、一部のタンパク質は体内で作ることができないため外から摂取する必要があります。タンパク質は身体を構成するだけではなく、体内のバランスを司るホルモンや体内での化学反応を援助する酵素などの材料にもなります。これらが不足するとバランスが失調して様々な体調不良として現れてきます。
アスリートにとってのタンパク質
では、アスリートにとってのタンパク質はどのような立ち位置なのでしょうか。実は、競技の性質によってタンパク質の必要性は若干異なります。パワーを必要とする競技と、ロードバイクなどの持久力を必要とする競技において、タンパク質に期待される効果は異なり、そのため必要な量もそれぞれ異なります。
一般的に短い時間で発揮するパワーの大きさが競技結果を左右する競技の場合、筋肉そのものを大きくする筋肥大が重要になるため、タンパク質に求めるものは「筋肉の成長」です。
一方、ロードバイクを含む持久系競技の場合、タンパク質を摂取する主な理由は「減肥」と「回復」です。このため、パワー系競技と比較すると持久系競技ではタンパク質の管理は比較的緩くなります。
タンパク質をとる理由① 脂肪を減らすため
タンパク質は2つのはたらきでアスリートの体脂肪を減らし、適正体重に保ってくれる効果があります。ひとつ目はタンパク質が空腹ホルモンであるグレリンの血中量を下げるはたらきです。ふたつ目は満腹感を与えるホルモンであるペプチドYYの分泌量を増やすはたらきです。これらの作用により、適量のタンパク質を摂ることで、たくさんの量を食べなくても満足できる身体が出来上がるのです。
タンパク質をとる理由② 回復のため
持久系競技のあとも、筋肉は少なからずダメージを受けています。ロードバイクでの筋肉のダメージは、筋トレ後の筋肉痛のようにわかりやすく現れてきません。「なんとなくパワーが出ない」「なんとなく力が出ない」というような疲労感としてダメージが出てきます。また、持久系競技は前回の連載でご紹介した炭水化物を大量に消費します。この時、筋肉内に蓄えているグリコーゲンを優先的に使用していますが、このグリコーゲンの補給にもタンパク質は一役かっています。運動後に糖質とタンパク質を同時摂取すると筋グリコーゲンの回復が早くなるという結果も出ています。
このように、タンパク質はロードバイク乗りにとって、適正体重を維持し、ライドの疲労から回復するために不可欠な栄養素なのです。では、具体的にどのように摂取していけば良いのでしょうか。ここからは、タンパク質の量、質、摂取のタイミングについて解説していきます。
量:現代人はそれほど不足していない
タンパク質は体重によって必要量が変わってきます。一般的な成人が健康を維持するのに必要な1日タンパク質量は体重あたり0.8g/kgと言われています。体重60kgの方であればおよそ48gのタンパク質を摂取すれば良いことになります。これはコンビニのサラダチキンに換算するとおよそ2枚程で十分となります。
実は現代人はタンパク質は十分量とれている傾向にあります。令和元年の国民調査では、日本人20代の一日平均摂取量は70.6g、30代では67.6gという結果が出ています。この数値は男女や体重の違いを考慮していないデータですので一概には言えませんが、0.8g/kgの基準はおおよそ満たしているのではと考えられます。とは言うものの、これはあくまで平均値。この連載では「得られた情報が自分に当てはまるかどうか」を吟味しながらより良い自転車ライフを生かして欲しいと繰り返しお伝えしてきました。タンパク質が自分に足りているのか、まずは数日の食事内容を振り返り、普段の食事でどれほどタンパク質を摂取しているのか計算をしてみましょう。
アスリートは1日摂取量の目標を1.0g-1.4g/kgに
レースなどに真剣に取り組むアスリートローディーであれば、一般的な生活をしている人よりもタンパク質の必要な量は多くなります。1.0g-1.4g/kgを目安にタンパク質を摂取しましょう。ここで注意して欲しいのが、タンパク質は長期的に摂りすぎると弊害があることです。タンパク質は分解、排泄の工程で肝臓と腎臓に負担をかけます。長期間にわたる高タンパク質食は腎機能を下げることも研究で示されています。またタンパク質の摂取量を1.5g/kgと3.0g/kgで比較した研究でも、パフォーマンスに与える好影響は変わらないこともわかっています。タンパク質は摂れば摂るほど強くなる栄養素ではありません。あくまで適量を心がけましょう。
質:摂取源は肉に偏らないように
タンパク質には厳密にはいくつか種類があり、体内での挙動も種類によって若干異なります。しかし、タンパク質の種類によって持久系競技の成績に影響が出るという論文は現段階で報告されていません。タンパク質の摂取方法が競技成績に直結するような競技、例えばボディビルなどではタンパク質の種類も関連する可能性がありますが、ローディーに関しては質よりも量の適切さが重要です。自分が食べやすいと思う種類のタンパク質で補給を心がけましょう。
ただし、競技の成績とは関係ありませんが、寿命を延ばすという観点から考えると、植物性タンパク質の割合を増やしたほうが寿命が伸びるという研究結果も報告されています。実際、赤身肉の摂取は豆や魚類よりも大腸癌のリスクが上がることもわかっています。アレルギーや特別な好き嫌いがない限り、タンパク質の摂取源を肉に偏らないよう満遍なく摂るよう心がけることをお勧めします。
タイミング:運動前後にこまめに補給
大前提として、タンパク質は一度に処理できる量が決まっており、ドカ食いしてもうまく処理できません。タンパク質は1日3食の中で満遍なく分けて摂取しましょう。
トレーニングをする場合、トレーニング直前もしくは運動後に0.25-0.3g/kgを摂取をすることで筋タンパク質合成(MPS)を促し、トレーニングによる筋損傷から素早く回復することができます。トレーニング中でも構いませんが、トレーニング中の補給は前回(リンク張ってください)でも触れた通りエネルギー源となる糖質の方が望ましいでしょう。目安として、トレーニング直前か運動後2時間以内に摂取すれば期待通りの効果が得られます。ただし、個人的な見解ですが、トレーニング前はよほど胃腸が丈夫な方でない限り難しいと考えられるため、運動後の摂取をお勧めします。
タンパク質を食べるのが苦手な人はプロテイン食品もあり
市販されているプロテインパウダーを飲むべきですかとよく質問を受けますが、利用すべきかは普段のタンパク質摂取量によります。「まわりのアスリートが飲んでいるからなんとなく」と飲まれている方も多いでしょうが、先述の通り、現代の食生活をする一般人であれば多くの人がタンパク質を適量摂取できているので、ほとんどの方には不要であると予想されます。むしろ、プロテインパウダーをいれることでタンパク質過多になりうる方もいることでしょう。
しかし、プロテインを取り入れたほうがよい方もいらっしゃいます。例えばベジタリアン/ヴィーガンアスリートや、特定のたんぱく源にアレルギーをお持ちの方など。また胃腸が弱くタンパク質を摂るのが苦手という方も、プロテインを取り入れることで無理なく補給できます。ただし、いずれにせよ、一日の摂取量を計測し、長期的な過剰摂取には注意してくださいね。
次回は三大栄養素のひとつ、皆に愛され皆に憎まれる脂肪についてお話します。
参考文献
BMJ 2020:370
Dietary intake of total, animal, and plant proteins and risk of all cause, cardiovascular, and cancer mortality: systematic review and dose-response meta-analysis of prospective cohort studies
Am J Clin Nutr. 2020 Aug 1;112(2):303-317.Dose-response effects of dietary protein on muscle protein synthesis during recovery from endurance exercise in young men: a double-blind randomized trial
Clin Nutr. 2021 May
Protein supplementation increases adaptations to endurance training: A systematic review and meta-analysis
Nutrients 2019, 11(6), 1289
Nutrition and Supplement Update for the Endurance Athlete: Review and Recommendations
Cell Metab. 2006 Sep;4(3):223-33
Critical role for peptide YY in protein-mediated satiation and body-weight regulation
厚生労働省 令和元年「国民健康・栄養調査」
JASN Vol. 31, Issue 8 August 2020
The Effects of High-Protein Diets on Kidney Health and Longevity
これまでの記事はこちら
第1回 「サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
第6回 ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
第7回 時間がなくても強くなれるインターバルトレーニングの極意
第8回 「キツイがこうかはばつぐんだ」インターバルトレーニングの組み立て方
第9回 誤解されている乳酸
第10回 糖を制するものは補給を制する
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著者プロフィール
ラン先生らんせんせい
医師兼研究者。工学系大学院で再生医学を研究する傍ら、”できるだけ短時間で強くなる”を目標に自転車トレーニングに関する論文を日々読み漁っている。休日はGPSで日本地図を描く”伊能忠敬プロジェクト”を個人的に進行中。個人ブログでも自転車に関連する論文紹介をしている。 https://charidoc.bike/
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