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2019年07月06日

富士チャレンジ200へのイメージトレーニング⑤「再起へのアタック」クリストファー・フルーム

今年から「敢闘賞」「ポイント賞」を新設し、表彰種目として「チーム表彰」を設けた「富士チャレンジ200」(9月7日開催)では「積極性」をテーマにレースを企画している。そこで果敢なレースに挑む「心構え」のイメージトレーニングとして、一流選手のマインドに学ぶこの企画。第5回はクリストファー・フルーム。歴代でも7人しかいない、三大ツールすべてに勝利した選手のひとりだ。5勝目のかかった2019年のツール。前哨戦といえるドーフィネの試走中に不慮の落車を起こし、現在は懸命に復帰へ向けたリハビリを行なっている。何度でも立ち上がったフルームの、象徴的なエピソードを振り返ってみよう。

 

何キロ以上のアタックが『逃げ』と呼ばれるのかという明確な定義は存在しない。
一般的に、概念として、10km以上の距離を残した場所でアタックし、そのままフィニッシュまで先行することを逃げという、気がする。例えば、残り5km地点でアタックしてフィニッシュまで先行しても、あまり逃げとは表現しない、気がする。

2018年ジロ・デ・イタリアの難関山岳ステージで、ある男がフィニッシュまで80kmという距離を残してアタックし、ライバルたちを引き離しながら独走でフィニッシュし、ステージ優勝だけでなくマリアローザ(総合リーダージャージ)を獲得するという歴史的な『逃げ』を成功させた。
2013年、2015年、2016年、2017年にツール・ド・フランスで総合優勝に輝き、2017年にブエルタ・ア・エスパーニャでも総合優勝。世代最強のグランツールレーサーとして名をはせるクリストファー・フルーム(イギリス、当時チームスカイ)が、劇的な独走勝利によってキャリアに欠けていたジロのタイトルを決定づけた瞬間だった。

大会開幕前の落車の影響によりジロ1週目にかけて低迷し、2週目に入ってようやく復調の兆しを見せつつも、ライバルたちからタイムを失った状態が続いたフルーム。第14ステージの難所モンテゾンコランの急勾配フィニッシュで優勝を飾ったものの、第17ステージを終えた時点でマリアローザを着るサイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)から3分22秒遅れ。
総合優勝を果たすためには、何かを仕掛ける必要があった。何か刺激的な、決定的な何かを。

その日、2018年5月25日、最終日まで3日を残した第19ステージ、ジロは終盤の勝負どころである険しいアルプス山脈に差し掛かっていた。チーマコッピ(大会最高地点)に指定された未舗装峠のフィネストレ峠を中盤に越え、その後3級山岳セストリエーレを経て1級山岳バルドネッキアにフィニッシュする獲得標高差4,500mの難易度5つ星ステージ。誰もが最後の1級山岳バルドネッキアに警戒する中、フルーム率いるチームスカイがフィネストレ峠で動いた。

チームスカイの牽引によってマリアローザのイェーツが遅れると、フィネストレ峠の頂上まで5kmを残してフルームがアタックした。フィニッシュまでの距離は実に80km。独走でフィネストレ峠を駆け上がったフルームは下り区間でさらにリードを広げ、懸命に追走するライバルを引き離して1級山岳バルドネッキアにフィニッシュした。完全に失速したイェーツに38分ものタイム差をつけ、翌年にジロで総合優勝することになるリチャル・カラパス(エクアドル、モビスター)に3分差をつけてフィニッシュしたフルームが王者の走りでマリアローザをつかんだ。

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一か八かの作戦を成功に結びつけたフルームは、レース後の記者会見で「計算の上での走りだった」と打ち明けた。「フィネストレ峠は試走済みだったし、独走に持ち込んでからは正しいペースを刻み続けた。後方の総合ライバルたちはアシストを失っていたので、彼らも同様に自らの力で踏まなければならない状況だったんだ」。
作戦を実行に移すにあたり、チームスカイはフィネストレ峠の長い上りに大勢のスタッフを等間隔に配置。パンクやメカトラによる失速のリスクを徹底的に排除し、万全の補給体制を組んだ。上りではオーバーペースにならないことを心がけ、下りでリードを広げた。

闇雲のアタックに見えて、実に周到に準備された作戦だった。80kmという現代のロードレースにおいては規格外のアタック。ジロというイタリアびいきのレースの中で、フルームはこの勇敢なる逃げによってイタリア人の心を掴んだ。

そして2019年、7月のツールでチームイネオスのエースを担う予定だったフルームは、ツール前哨戦として知られる6月のクリテリウム・デュ・ドーフィネの個人タイムトライアル試走中に落車し、右大腿骨と肘、肋骨を骨折する大怪我を負った。
競技人生にも影響を及ぼしかねない重傷によりフルームは5度目の総合優勝がかかったツールを欠場。そればかりか、2019年シーズン中のレース復帰にも黄信号が灯っている。
これまで何度も困難な状況を打破し、周囲を驚かせてきたフルーム。キャリアも終盤に差し掛かっている(現在34歳)が、大怪我から復帰して、またサプライズに満ちたアタックで湧かせてくれるに違いない。

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写真と文:辻啓

◆富士チャレンジ200ホームページ
http://www.fujichallenge.jp/
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