2021年09月27日
サイクリング・サイエンスコラム 第6回 / ゆるポタで強くなる? 注目のPolarized Trainingとは
太陽の日差しも翳りを帯び、蝉よりも鈴虫の音がこだまする時期となりました。涼しくなりサイクリングに最高の時期となりましたが、サイクリストのみなさまいかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は長年主流であったトレーニングモデル、THR/PYRと、近年注目を集めている新しいトレーニングモデルPOLをご紹介します。
トレーニング強度の決め方
この連載をお読みの読者の方は、かなりトレーニングに打ち込んでいるシリアスライダーが多いのではと思います。皆さんはどれくらいの強度でトレーニングをされていますか?おそらく読者の皆様の多くが、パワーゾーンに基づいてトレーニング強度を決められているのではないでしょうか。
パワーゾーンとは、基準となるパワー数値(FTPもしくはMAP)から算出されるパワー領域のことです。個々のパワーゾーンは身体に対して与える影響が異なり、目的に合わせたゾーンでトレーニングを行うことで効率よく身体に刺激を与えることができます。
具体的には以下の図.1のように6段階にパワーゾーンをわけ、それぞれの目的に応じた強度でトレーニングを行います。
レースに出られる読者の方であれば周知の事実かと思いますが、レース本番では上記表の3-4である中強度ゾーンで過ごす時間が最も長くなります。
事実、アイアンマンレース参加者を対象とした研究では、選手は総レース時間の約58%を中強度ゾーンで過ごしています。
すなわちこのレースペース領域を重点的に練習し、このペースを身体に慣らすことで本番でのパフォーマンス向上が見込めます。
これは閾値トレーニング(threshold training:THR)またはピラミッド型トレーニング(Pyramidal Training:PYR)と呼ばれるトレーニングモデルで、FTP領域での練習を重点的に行う手法です。
ロードバイクにおける、このTHR/PYRモデルに基づいた代表的な練習がSST(sweet spot training)と呼ばれるものです。
第2回、第3回の連載で触れた、FTP を向上させるトレーニングゾーンとして一般的な方法です。
THR/PYRモデルはレースペースを重点的に強化する手法で、レースペース周辺の強度に多くの時間をかける一方、低強度・高強度にはごくわずかな時間しか費やしません。
このようにTHR/PYRは本番の予行練習を繰り返すことで、本番のペースに身体を慣らしていくという方法です。しかし近年、これと対照的な新しい練習方法が注目を集めています。
楽チンとしんどいだけを行うトレーニング法:polarized traning
その名もpolarized traningと呼ばれ、意訳をすると両極端トレーニングといえます。
これは LSD、つまりゆるポタペースの練習と、全力疾走インターバルトレーニングの両極端なメニューを組み合わせて行うトレーニングモデルです。すなわちこのトレーニングモデルでは、本番で走るようなレースのペースでの練習を行いません。
POLに関する研究の皮切りは1970年代、スピードスケートのオリンピックチームに導入された報告でした。それ以降、今日にわたり様々な種類の競技で研究が行われています。そしてこのPOLは、従来のトレーニングモデルである閾値トレーニングよりも、長距離スポーツのパフォーマンスを大きく向上することが報告されるようになってきました。
従来モデルとの比較
従来のトレーニングモデルであるTHR/PYRと比較してみましょう。
先述のとおり、THR/PYRはトレーニングゾーンを6段階に分ける一方、POLではトレーニング強度を3段階にわけて、それぞれzone1, zone2, zone3と設定しています。
VT:Ventilation Thresholdとは換気作業閾値の意味で、簡単に言うと有酸素と無酸素の境界にあたる運動強度のことを指します。今回は詳しく触れませんが、乳酸は運動強度に比例して濃度が上昇するという特徴があり、運動強度を客観的に評価するのにとても便利な指標として運動生理学の分野でよく用いられています。
POLモデルとTHR/PYRモデルの最大の違いは,3つに分けられたトレーニングゾーンで過ごす時間の割合です。
先述のとおり、従来型THR/PYRモデルではレースペースを重点的に強化する手法のため、中強度に多くの時間を費やします。そして高強度はごくわずかな時間のみです。
対照的に、POLモデルではレースペースでの練習をほとんど行わず、レースよりも低い強度とレース本番よりも高い強度を組み合わせる方法です。具体的には、POLではトレーニング時間の75%をzone1、5〜10%をzone2、15〜20%をzone3としており、低強度と高強度に重点をおいたトレーニング構成になっています。
一見すると、レースペースでの練習を行わないPOLは心もとなく感じます。しかしPOLの効果は、近年多くの論文で実証されるようになってきました。
POLの効果を検証したメタアナリシスの研究では、自転車競技、クロスカントリースキー、ランニング、トライアスロンなどを始めとする持久系競技において、従来型THRと比較し、競技パフォーマンスがどれほど向上するかを検証しています。
結果、POLトレーニングの方がタイムトライアルの成績を有意に向上させることが明らかになりました。また、低強度ゾーンで過ごした練習時間とレースのパフォーマンスに相関関係があることも明らかになっています。
ゆるいポタリング強度が強い身体を作る
さて、この POL トレーニングで大変興味深い点は、このZone 1の練習時間、すなわちゆるポタ強度の練習時間が長いほど、レースでのタイムも向上するという点です。つまりゆるポタで強くなるメニュー方法といえます。
なぜ、強度の低い練習時間が長いPOLの方がトレーニング効果が高いのかに関しては、未だにハッキリとした理由は解明されていません。しかし、両極端な強度の練習が2つの恩恵を選手にもたらすからと仮説がたてられています。
一つは、高い強度のインターバル練習により、選手のVO2Maxが強化されること、つまり全力疾走のパワーが向上されるメリットがあります。
2つ目は、ゆるいポタリングペースで長時間走り込むことで、毛細血管系の発達が促され、有酸素運動に欠かせない酸素運搬能が向上することが期待できるというものです。さらにゆるポタペースをインターバルの練習前後にはさむことで、インターバルトレーニングの疲労を抜き、オーバーワークになることを予防できるメリットもあります。
強くなるためにもポタリング時間を大切に
真剣に競技に取り組んでいる選手が陥りがちなのが、トレーニングに集中するあまり、乗る楽しみが薄れ、自転車に乗ることが苦痛に変わってしまうことです。楽しいから自転車に乗り、もっと速くなりたいとトレーニングを始めたのに、そのトレーニングで自転車に乗るのが嫌になってしまっては本末転倒ではないでしょうか。トレーニングのモチベーションを保つ上でも、乗る楽しみを失わないように練習メニューを組み立てることはとても重要です。POLトレーニングの素晴らしい点は、ポタリング強度のサイクリングでも、基礎体力を作る練習になることにあります。このため、楽しい時間とトレーニングの時間を両立させることが容易になり、練習を続けるモチベーションの維持にもつながるのです。
さて、POLはポタリングで強くなる手法とご説明しましたが、このトレーニングモデルの最大の肝はインターバルトレーニングの強度設定です。低強度の練習に高強度を挟むことでこの練習の真価が発揮されます。
次回はこのインターバルトレーニングについて踏み込んでいきます。
参考文献
J Strength Cond Res. 2019 Dec Michael A Rosenblat et al
Polarized vs. Threshold Training Intensity Distribution on Endurance Sport Performance: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials/J Sports Sci Med. 2019 Nov 19 Sergio Selles-Perez et al
Polarized and Pyramidal Training Intensity Distribution: Relationship with a Half-Ironman Distance Triathlon Competition/Review J Strength Cond Res. 2015 Dec;29 Jay R Hydren
Current Scientific Evidence for a Polarized Cardiovascular Endurance Training Model/Eur J Sport Sci. 2019 Jun;19 Michael A Rosenblat et al
Effect of two different intensity distribution training programmes on aerobic and body composition variables in ultra-endurance runners/American Council on Exercise/パワートレーニング・バイブル 第二版
これまでの記事はこちら
第1回 「サイクリストと情報リテラシー」
第2回 FTPを信じていいのか?
第3回 FTPとどう付き合っていくか
第4回 TSS700の呪い
第5回 HRV 心拍数でわかるコンディション
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著者プロフィール
ラン先生らんせんせい
医師兼研究者。工学系大学院で再生医学を研究する傍ら、”できるだけ短時間で強くなる”を目標に自転車トレーニングに関する論文を日々読み漁っている。休日はGPSで日本地図を描く”伊能忠敬プロジェクト”を個人的に進行中。個人ブログでも自転車に関連する論文紹介をしている。 https://charidoc.bike/