2018年10月29日
最新自転車パーツの現在地 【IRCタイヤ】Vol.2
ロードバイクのパフォーマンスのカギを握るタイヤ。次世代の主力構造として注目されているチューブレスタイヤに積極的に取り組み、国際的な評価を大きく向上させたIRCタイヤの、山田浩志さんとの対談VOL.2。試乗会でタイヤを保持させるビードに問題が発覚し、さらなる開発が続けられることに……。
タイヤの直径0.15㎜で大きく性能が変わる
山田 ユーザーの皆さんはタイヤを折り畳んで保管された経験があると思いますが、それを何度も繰り返すとカーボン繊維のビードは切れてしまう可能性があったのです。もちろん、JISの規格や当時の弊社の基準をクリアしていました。でも、新しい形式のタイヤには十分じゃなかったんです。
菊地 PBO繊維と並列で開発していたのに救われた。
山田 ええ。ただ、カーボン繊維がダメだからPBO繊維にしたのではなく、評価をする新しい基準を見直すことができた。それが財産となり、PBO繊維を採用することになった。
菊地 どんなトラブルだったんですか?
山田 シマノ鈴鹿ロードで試乗会をやったのですが、そこで3本ほどバーストしちゃったんです。それではいけないとなって、なんでカーボン繊維だと切れてしまうか、PBO繊維なら大丈夫なのか調べました。ビードは安全面で重要ですから、看過できない状況でした。
菊地 これまでのノウハウがあっても難しかったんですね。
山田 7~8気圧を入れるなんてことは、ロード以外のタイヤでは考えられないし、しかも軽くないといけない。これは別次元の製品だということです。
菊地 MTBタイヤを生産しているメーカーなら、どこでもすぐにできるものだと思っていました。
山田 ビードの素材が決まった後も、加工方法など詰めていかないといけないことがたくさんあります。たとえば周長。これは0.5㎜単位で検討するのですが、全長で0.5mmですから直径に直すと0.15㎜ぐらい。これで安全性や作業性が大きく変わってしまう。
菊地 0.15㎜! たったそれだけで……。
山田 そうなんです。で、2007年に市販したら、ユーザーさんから「とても硬くて、組みつけられない」とお叱りを受けることになってしまいました。
菊地 あの時は硬かった。女性でも簡単に……という紹介をしようと思って、山田さんに来ていただいたのを覚えています。あの時は、硬くて山田さんの指が音をあげてしまった(笑)
山田 僕も覚えています。安全面は絶対に疎かにできないんですけど、作業性よりも安全性を優先させすぎた部分もありました。ただ、時速80㎞で走っているような時に外れたら、命の問題になりますからね。
安全面は絶対に譲れないポイントだったという山田さん。
菊地 リムの寸法って、規格で決まっていますよね。
山田 リムにはエトルトと呼ばれる国際的な規格があります。でも、ビードに関しては決まりがない。さらにタイヤの脱着の作業性に大きく影響するリムの中央部分の凹みに関しては規定がないんです。
菊地 他のタイヤメーカーさんが「万が一のとき、タイヤが外れたって言うでしょ。原因がリム側だとしても、イメージとしてはタイヤが悪くなる。だからタイヤメーカーの開発としては、小さめに作りたくなる」って。
山田 僕も技術にいたので、その気持ちはよくわかります。
菊地 でも、作業性が悪いと……。
山田 だから、バランスは大切です。他にも構造的な課題というか、問題もあるんです。
菊地 どんなことですか?
山田 通常、ロードバイクはエトルトの622という規格が採用されています。これはリム単体であれば、ビード長も622㎜で適合します。ただ、スポークの張力で引っ張られるし、前輪と後輪ではスポークの本数や構造も異なる。
菊地 0.15㎜が大きな差になるとするなら、問題だらけですね。
山田 チューブレスタイヤは開発期限を厳密には決められていなかったので、ホイールメーカーさんとも話をさせてもらって、交差などを含めた寸法の追及など細やかな部分まで丁寧に開発ができました。
菊地 因みに通常の開発期間はどれくらいですか?
山田 それぞれですけど、チューブレスを手がけた時ほどではありません。
菊地 ビードだけで2年かかったのですか?
山田 いえいえ、ビードだけでなく、他のこともやれることは進めますよ。チューブレスタイヤ1種類では、皆さんも物足らないでしょうし、ラインナップのことも考えました。
菊地 いよいよコンパウンドですね。
山田 生産するには仕様が1つでも決まらないと作れないので、並行して考えていきます。
菊地 でも、順序もありますよね?
山田 はい。でも、コンパウンドは比較的、後の方ですよ。
菊地 え、後なんですか……。
山田 ええ、空気をシールする内側のゴムの層の設定のほうが先でした。どういうゴムを使うのか、肉厚をどうするかを決めていきました。
菊地 そもそもタイヤの仕様を決めていくとき、味付けというか走行感が決まっていて、そこに近づけるようにするんですか?
山田 まず目標として、チューブラータイヤよりも転がり抵抗が小さく、重量が300g以下が最低条件。当時、市場ではミシュランのプロ2というタイヤの評価がとても高かったので、そこを上回るのも目標でした。
菊地 あの当時、ミシュランの人気は絶大でした。
山田 で、空気をシールドするコンパウンドをインナーライナーと呼んでいるんですけど、この素材で転がり抵抗も大きく変わってしまう。みなさんトレッドゴムに注目されがちなのですが、うちの場合、その影響は半分以下だと思います。インナーライナーは空気の保持性にも影響しますし、加工性なども考えないといけない。ブチルゴムが本当にベストな素材なのか……とか。
菊地 ベストではないんですか?
山田 空気の保持性でいえばベストです。でも、転がり抵抗から考えると、工夫が必要な素材でした。なので、耐熱、耐摩耗性などいろいろな配合開発をしました。
菊地 そして、勝ったわけですね。
山田 ブチルチューブ仕様のミシュランには勝ちました。そして、フォーミュラーシリーズを発売しました。でも、ラテックスチューブ仕様のミシュランには勝てていなかったんです。
VOL.3 へ 続く
前回記事URL:最新自転車パーツの現在地 【IRCタイヤ】Vol.1
取材協力:井上ゴム工業
関連URL:http://www.irc-tire.com/ja/bc/
写真:編集部
著者プロフィール
菊地 武洋きくち たけひろ
自転車ジャーナリスト。80年代から国内外のレースやサイクルショーを取材し、分かりやすいハードウエアの評論は定評が高い。近年はロードバイクのみならず、クロスバイクのインプレッションも数多く手掛けている。レース指向ではないが、グランフォンドやセンチュリーライドなど海外ライドイベントにも数多く出場している。