2018年10月19日
最新自転車パーツの現在地 【IRCタイヤ】Vol.1
タイヤの重要性について、改めて多くを語る必要はないだろう。“走る、曲がる、止まる”の基本性能にもっとも深く関わり、もっとも重要なパーツの1つだ。しかしながら、タイヤをしっかりと理解しているかと聞かれたら、自信をもって頷ける人は少ないだろう。仮にあなたが頷ける人だとしても、多くの場合、それは勘違いか知識不足のことが多い。タイヤを知ることは“走り”を理解する道に通じている。と大げさなことを言いたくなるほど、複雑で奥が深い。そこで今回は日本を代表するタイヤメーカーのIRCを訪ね、新しいトレンドについて開発部の山田浩志さんに話を伺った。
走行性能の基本を作り出す、走りの要
菊地 どのパーツも知っている程度で、理解はしていないんですけど……タイヤはむつかしいという印象が強いですね。
山田 そうですか。いろいろな要素が絡み合いますから、評価を含めて複雑になります。
菊地 どっぷりと話を聞きたいところですが、まずは初心者にもわかりやすい話からお願いします。
山田 わかりました。タイヤの構造をしっかりと理解されている方は少ないですよね。たとえばモーターサイクルのレーシングタイヤは主にラジアル、自転車はバイアスと構造も違うのですが、それを知らない方が多いですよね。
菊地 TPIという名前ぐらいは聞いたことがあっても、それ以上の詳しい話は……。
山田 TPIというのはタイヤの骨格となる繊維でできたケーシング材の番手を表す呼び名です。
1インチの中に、どれだけケーシングがあるかということで、threads-per-inchの頭文字を取った略称です。一般的に数値が高くなるほどに繊維が細く、しなやかで乗り心地がいいとされています。ただ、繊維をそのままタイヤにするわけではありません。わたしたちはトッピングと呼んでいますが、ゴムを繊維にコーティング加工を施しますで、その材質によっても性能は変わります。
菊地 まぁ、そうですよね。メーカーによって使う素材が違うんだから、当然と言えば当然ですね。ただ、TPIの数値はユーザーによって数少ない判断基準の1つでしょう。
山田 ええ、でもTPIの数値だけでは、性能を判断できません。
菊地 同じ素材なら太さや数から性能を想像できるけど……。本数が正義ではないでしょうし、適材適所で素材を使いわけるんでしょうけど、そもそもタイヤを設計するときって、どういう順番で考えたり、決めたりするのですか?
山田 正直に言えば、これまで培ってきたノウハウもあるので、いちから手探りでというわけではないです。データを活かしながら応用したりして仕様が決まっていきます。
菊地 ほぉほぉ。
IRCタイヤが誇る最高級ケーシング材。化学繊維で180TPIを誇り、安定した品質と高い性能を実現している。
山田 弊社には180TPIという軽くて、しなやかなケーシングがあります。この素材の魅力を引き出すために、どのような配合をしたトッピング用ゴムをコーティングするか、などを考えます。
菊地 新しいタイヤを考えるときに、技術的なブレイクスルーがあって、それを活かしたタイヤを発売することもありますよね。ほかに要求があって作る場合もあると思いますが。
山田 市場から求められている要求に応えることが基本でしょうね。例を挙げるなら、アスピーテプロというクリンチャータイヤは重量が軽くて、耐パンク性能の高いタイヤというニーズがありました。
菊地 両立させにくい目標ですね。
山田 それで200gで耐パンク性能を高めるのが目標でした。要望にキチッと応えた上で、ユーザーさんの想像を裏切るというか、期待値以上のモノを提供したいという気持ちは常に持ち続けるようにしています。
山田浩志さん
学生時代にはMTB選手として世界選手権代表に選ばれたこともある。チューブレスタイヤの開発担当者として愛知から宮城へ赴任していた時期もある。
チューブレスタイヤの黎明期
菊地 IRCさんはいち早くチューブレスを作られましたよね?
山田 はい。チューブレスタイヤは私どもから提案させていただいた商品の1つです。あのタイヤは基本構造をゼロから手掛けました。
菊地 そういう場合は、どこから決めるんですか?
山田 ビードからです。
菊地 リムに引っかかる部分、まさにタイヤの土台。
山田 ビードのことを気にかけている人は、ほとんどいないと思います。でも、このビードはタイヤの強度や安全面を決めている重要なパーツで、ここが決まらないと優れたコンパウンドもケーシングも意味がない。
ですから素材選びから始まって、とても大変でした。自転車タイヤの場合、ユーザーさんが自分でタイヤをはめたり外したりします。ロードバイクだと空気圧も高いですから、それに耐えられることも必要条件となる。
菊地 そうか、同じスポーツバイク用でも、空気圧は全然違いますね。
山田 まずビード部をアラミド繊維でプロトタイプを作ってみたのですが、まったく使い物にならなかった。
菊地 茨の道がはじまりそうな予感が。
山田 アラミド繊維にもグレードがあるので、ほぼすべて取り寄せて評価しました。弾性率、破断時の伸びなどを試験しました。加工方法や接着剤など研究して、素材が決まるまでに2年かかりました。
菊地 2年も!
山田 開発に携わる人数も少ないですし、平行で行う業務もしていました。量産化まで、ほぼひとりで携わる感じでした。
菊地 ひとりでカバーするには、守備範囲が膨大じゃないですか?
山田 もちろん、多くの人に支えられている部分もあります。チューブレスタイヤは、従来のチューブタイプのタイヤとは、ストレスのかかる場所も違いますが、弊社はオートバイのタイヤも生産しているので、その設備や技術、外部の施設などを利用するといったことも行ないました。ただ、評価項目を考えるようなことは自分でやりました。
菊地 それだって大変ですよね。
山田 JISやISOのタイヤ安全基準、規格をクリアするのは当然のこととして、それだけで十分なのか? と。チューブレスならではのタイヤへの負担や、ハードな使用環境を考えると不十分なように思えたので、新しい社内基準を考えました。これは従来にはなかったことです。
菊地 社内規格で公開できる数値ってありますか?
山田 あぁ、いいですよ。ロードバイク用のタイヤだと最大空気圧が1100キロパスカルまで外れなければOKですが、弊社のクリンチャータイヤは1500キロパスカルが規定値です。製品には公差がありますから、プラスマイナスの真ん中が1500キロパスカルだと基準を満たさなくなってしまう。
菊地 外れにくくするために、ビードを短くすることなどは?
山田 そうなると、作業性が悪くなってしまう。そこで材料をはじめ工夫が必要になる。アラミド繊維で物足りないときは、違う素材を検討しないといけない。するとまた、新しい素材を固めるための接着剤のことも考えないといけない。
菊地 材料名は秘密ですか?
山田 PBO繊維という有機繊維で最強の素材です。性能はいいのですが、非常に高価です。そこでカーボン繊維を転用することができないかと考え、PBO繊維とカーボン繊維の並列で開発を進めました。そして、まずはカーボン繊維で発売しようとしていたのですが、最終段階で事故があって……
VOL.2 へ つづく
軽い走行感を作り出すため転がり抵抗は小さく、安全面でもアドバンテージの多いチューブレスタイヤの“フォーミュラーシリーズ”
取材協力:井上ゴム工業
関連URL:http://www.irc-tire.com/ja/bc/
https://funride.jp/serialization/new_products_irc2/
写真:編集部
著者プロフィール
菊地 武洋きくち たけひろ
自転車ジャーナリスト。80年代から国内外のレースやサイクルショーを取材し、分かりやすいハードウエアの評論は定評が高い。近年はロードバイクのみならず、クロスバイクのインプレッションも数多く手掛けている。レース指向ではないが、グランフォンドやセンチュリーライドなど海外ライドイベントにも数多く出場している。