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2018年12月07日

最新自転車パーツの現在地【IRCタイヤ】Vol.3 チューブレスのアドバンテージとは

国産初のチューブレスタイヤを発売したIRCタイヤ。しかし、開発を手掛けていた山田浩志さんが目指していた目標には至らぬ点もあったという。それをいかに克服したのか、またタイヤのコンパウンドにはどのような秘密が隠されているか、対談第3回。

チューブレスのアドバンテージ
コンパウンドの深遠なる世界

山田 世界でいちばん転がり抵抗の小さなタイヤを作りたい。開発の段階でインナーライナーを改良すれば、データが良くなることはわかっていたので、天然ゴムベースのコンパウンドを採用したインナーライナーを2世代目で投入しました。それが“NR-TEXインナーエア シールシステム”と呼んでいる技術で、転がり抵抗を従来比で7%ほど削減しました。

菊地 ユーザーが気にするのは転がり抵抗ですか?

山田 ええ、言われるのは圧倒的に転がり抵抗と重量です。最近はグリップのことも言われますが、グリップのために転がり抵抗を大きくしたタイヤは受け入れられないでしょうね。

菊地 乗りたくないです(笑)

山田 あと、転がり抵抗といえばトレッドのコンパウンドも要素のひとつですが、ケーシングも重要。そこでケーシングのアングルを何度にするか、いろいろと実験をしてみました。当時のうちの設備では量産するのが難しい設計になったんですが、いろいろ改造したり工夫をしました。

菊地 プロジェクトXの世界ですね。

山田 いやいや、そんなことはないですよ。まぁ、今となってはそれが標準なんですけど。

菊地 自転車のタイヤってバイアス構造ですよね。ほかの乗り物はラジアルが多いと思うんですけど……

山田 仰る通り、自転車のタイヤはケーシングが交差するバイアス構造です。自動車がラジアル構造なのは回転が早くなっても外周部の形状が安定するから。車体が傾く二輪車には向かない構造です。

菊地 ラジアルはダメですか?

山田 実はプロトタイプを作りました。しかし自分のロードバイクに装着して走り出したのですが、工場の敷地を出る前に「これはダメだな」と。

菊地 そこまでダメですか。

山田 オートバイではラジアルタイヤもありますが、諸条件が自転車と異なりますからね。自転車にはむずかしい。

菊地 チューブレスも他の乗り物では当たり前ですね。

山田 そして、自転車でもメリットがある。1つはチューブレスにすると転がり抵抗が小さくなる。なので、クリンチャータイヤだったら7気圧相当の抵抗を、チューブレスなら5.5気圧で同じぐらい。

菊地 数値にすると?

山田 うちのテストだと17%ぐらい向上するという結果も出ました。細かな違いはありますが、他社で15%というデータもあるので、大体それぐらいのアドバンテージがある。そして、その分だけセッティングの幅が広がるとも言い換えられる。

菊地 どうしてチューブレスだと転がり抵抗が小さくなるんですか?

山田 いい質問ですね。理論上はわかっているんですが、実はわかっていない部分もあるんです。目に見えない部分ですし、無駄な変形を防いでゴムの分子が動いて発熱するのを抑えたり、小さな積み重ねが効果を生んでいる。分かりやすくイメージ的に説明すると、クリンチャータイヤは膨らもうとするインナチューブと、それを抑えようとするタイヤがあって、プラスとマイナスでバランスが取れている。それが接地して変形して、それが戻ろうとする力が転がり抵抗です。

菊地 ほぉほぉ

山田 クリンチャータイヤの場合、インナーチューブとタイヤがそれぞれの動きをするのに対し、チューブレスタイヤは一体構造の分だけ動きがスムーズなんです。

菊地 大雑把にいうとチューブレスタイヤは乗り心地がいいってことなんでしょうけど、そもそも乗り心地がいいって、どういうことですか?

山田 乗り心地を数値化するのは難しいですね。ほぼ官能評価の世界です。たとえばバイアスの角度をラジアルに近づけていくと、接地面を受け持つケーシングの数が減るのでたわみ量が大きくなって乗り心地が良くなるとも言える。ほかにもコンパウンドやトレッドのデザインなども影響してきます。いろいろな要素が絡むので、一概に乗り心地を語るのは難しいんです。

菊地 今後のテーマになるんですかね。

山田 そうかもしれませんね。現在、うちのラインナップで言うと補強材としてシリカを採用したチューブレスタイヤの“フォーミュラプロRBCC”と、カーボンを配合したコンパウンドの“フォーミュラプロライト”があるんですけど、この2つは同じ荷重をかけても反応が違うんです。シリカ配合の方がグッと変形しやすくて、カーボンのほうがグッと頑張る感じがします。シリカ配合の方は軟らかくてカーペットの上を走っているように感じますが、変形量でいったらゼロ・コンマいくつか。音などを含めて、乗り心地になっていて、それを皆さんがちゃんと違いとして感じ取れている。それを数値化しているのは、かなり難しいですが、そういうチューンもありますね。

菊地 もうちょっと教えてもらえますか?

山田 配合というのは料理と似ているところがあって、いろんなやり方があります。ゴムにいろいろなモノを入れることを充塡というのですが、一般的に充填量が多いとスローリバウンドになって、“グリップがいい”と言われるようになる、でも、ゴムのプリプリッとした感じがなくなって、鋭利なモノを踏んだときに弾かないので、パンクしやすくもなります。

菊地 じゃあ、充填量が少ない方がいい?

山田 いい悪いではなく、それぞれの考え方があるので、どれが正しいとは言えないんです。たとえばトレッドゴムの硬さは硬度計を使って数値化できます。ただ、硬度を調節するのにはオイルを入れれば軟らかくなり、シリカやカーボンなどの補強材を入れれば硬くなる。ということは、同じ硬度でもオイルと補強材をたくさん入れた場合と、両方とも少ない場合でも同じ硬度にはなります。ただ、充填するモノや量によって質感は違うわけです。

菊地 オイルによっても……ですよね?

山田 ええ、いろいろあります。配合するモノの組み合わせもあって、オイルの場合だったら、新品の時はよくても、使用して一ヶ月ぐらいでオイルが抜けちゃう製品もある。それだと新品のときは良くても、性能劣化が激しい。

菊地 磨耗していなくても……。

山田 そうです。で、“アスピーテ”を作るときにこだわったのが、オイルでした。開発をするときにベンチマークにしたのは、耐久性が高くパンクもしにくいと評判の高い製品でした。ただ、性能の劣化が早いのが分かっていたので、ライバルよりも性能が高く、さらに性能が長持ちするようにオイルの使い方を最適化しました。もちろん、オイル以外の部分も手を入れました。

菊地 さらに耐パンクベルトやトレッドの幅などなど……。

山田 そうしたモノが、次に決めていく項目となります。

菊地 勉強になりました。また機会を改めて、構造の話も教えて下さい。

山田 材料を用意して待っていますね。

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インタビューイー:IRCタイヤ開発部 山田浩志さん 現役シクロクロス選手としても活躍し、ライダーの立場からも製品作りを手掛ける。自転車以外にも源流釣りや登山をこよなく愛する。

 

取材協力:井上ゴム工業
写真:編集部

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