2020年06月23日
ツール・ド・おきなわ、富士ヒル覇者らが挑むエヴェレスティング・インサイドレポート
6月22日(月曜日)夏至の翌日というもっとも日の長いタイミングを選び、エヴェレスティングが行われた。
新型コロナウイルスの影響で2020年のレースがほぼ開催されないという中で、レース競技に主眼を置くサイクリストにとっては、ライドする目的が薄れてしまうシーズンとなってしまった。そういった背景のなか、モチベーションを維持するため、走る動機付けをするために、チャレンジングなイベントに挑戦するという流れが世界的に起こっている。そのひとつとして1つの峠で8848m(エベレストの標高)と同等累積標高を走るエヴェレスティングに注目が集まっている。
エヴェレステイングとは
https://everesting.cc/
① 累積標高8,848m(29,029フィート)を走る
② ひとつの峠の同じルートを用いる
③ 下りも上りと同じルートを用いる
④ 途中で睡眠を取ってはならない — 1スティントで完遂すること
⑤ 食事・水分補給・充電の休憩時間は総合タイムに含まれる
⑥ 上りは毎回必ず頂上へ到達すること
⑦ 安全に下り、無事に自宅へ戻ること
⑧ タイムリミットはなし
引用:https://www.redbull.com/jp-ja/everesting-cycling-challenge-beginner-guide
これらの条件を満たして、初めて公式記録として認められる。
先般、大記録が叩き出された。EFプロサイクリング所属のラクラン・モートンが大記録を成し遂げた。7時間29分57秒で累積標高8848mを上りきった。
この大記録が生まれて間もなく、国内を代表するホビーサイクリスト、高岡亮寛さん、田中裕士さん、紺野元汰さんの3人が日本記録更新をかけて挑戦を行なった。
挑戦を宣言した時点での日本記録は12時間45分。この記録を更新することを目標とした。コースも定められてなく、これといったコースを選ぶのはチャレンジャー次第。それも面白いところだ。
高岡亮寛さんはツール・ド・おきなわ市民210(200km)を6度制している名実ともに市民最高のレーサーのひとり。田中裕士さんはMt.富士ヒルクライムに勝利したトップヒルクライマー、そしておきなわ、UCIグランフォンド世界選手権でも成績を残す紺野さん。40代、30代、20代の市民トップクラスの選手が集結した。
チームメイトである高岡亮寛のサポートとして、今回は取材・サポートスタッフとして筆者も帯同した。
紺野 元汰さん
(2018ツール・ド・おきなわ市民210km優勝、2019UCIグランフォンド世界選手権年代別3位)
「3月はあまりトレーニングができず、何か目標を作リたかった。怪我によって挑戦できるようなコンディションではないが、全て出し切りたい」
田中裕士さん
(第15回Mt.富士ヒルクライム優勝ほか)
「高岡さんから面白いお誘いをいただいたので、やってみようと思った。僕は日本記録を破れそうもないですが、安全に注意して高岡さんのアシストになれば」
新記録達成のためのチームワーク「補給」
記録達成のためにRXバイクのスタッフ、記録要員としてSBCからスタッフがそれぞれ選手のサポートにあたる。
おもな任務は「補給」「トラブル対応」だ。
8848m以上も上る場合、コース選択にもよるが走行距離は200km前後となる。休息などのロスタイムもいれて12時間ほどの走行となるが、できるだけ負担を減らすために、給水や補給食の提供をスタッフが行った。
補給食は様々な種類を用意し、一口で頬張ることができる大きさにカットされて提供した。
主にジャムを包んだパン、たまご・ハムチームのサンドイッチ、チョコとバナナのサンドイッチ、そしてライスケーキ、数種類のおにぎりと、バリエーションは豊か。事前にヒアリングしつつ、当日は選手の要求に対してベストな提供ができるように配慮した。
深夜に及ぶ作業でスタッフの就寝時間は2〜3時間、翌日のチャレンジは12時間におよぶため、スタッフも体力勝負だ。
ライスケーキはヘルシースナックとして、砂糖、シナモン、ココナツやドライフルーツを加えたお米のおやつ。チームスカイ(現チームイネオス)が補給食として活用していた。
レシピはとても簡単です。
エヴェレスティングに挑戦する心得
前述のラクラン・モートンの記録に刺激されるなど、日本国内でもエヴェレスティングに挑戦をするサイクリストが多く見られ、SNSを賑わせている。
世界的な傾向としては、ひとつはルールを遵守して達成をすること、そしてモートンの例のような記録を狙うというスタイルに大別されるだろう。
どちらかというと今回は後者のほうだが、もちろん道交法は遵守した上での挑戦となるので、レースとは違い制約がある。
ルール・マナーを守ることは大前提で、その上で挑戦を楽しむというスタイルだ。そういった制約をクリアしつつどうしたら、ロスなくタイムにつなげられるか。そうしたやり取りも事前にメンバー間でミーティングを重ねた。チャレンジするメンバーの実力ならば達成することは難しいことではない。そこにどう付加価値をつければ、目標として取り組むことができるか。そういった意味ではやはり総合タイムを狙うことにフォーカスされていく。
8848mの獲得標高を上るという規格外の挑戦はレースやイベントを喪失したサイクリストの皆さんにとっても刺激となったはずだ。
レースがないとなかなか厳しいトレーニングをしなくなる。コンディショニングを一回合わせて、機材も最適なものを選んで、伸びてきた髪の毛もバッサリ切って、という準備をしてきた。身体的には例年の10月くらいまでの仕上がりまできている。最後まで集中力を切らさず頑張りたい(高岡)。
高岡さんほど準備ができてない。いつも通りの練習はしていおり、直前に5000mほど登ってみて、感触的には普通に走るだけなら8848mはいけると思います。6000mくらいからは未知の世界なので、楽しんで走りたい(田中)。
コンディションが上げられていない。ほぼ3月はゼロ距離です。6月はしっかり乗っていたが、直前の1週間はまた乗ることができず、今回の挑戦がブレイクスルーになれば、と思う。いけるところまで行って、アシストができればなと(紺野)。
挑戦前日に日本記録更新か
エヴェレスティングな1日
高岡さんの場合は、ヨーグルトにミューズリーの組み合わせておよそ600kcal以上を摂取している。前日は3食に加えてトータルで2500kcalほど糖質・穀物を中心に摂取したという。
「天候要因がなければ、まず100%いけるだろう」。そうチャレンジ前日に話していた高岡さん。
「やはり雨の影響で下りは慎重に走らざるを得ない。標高が低いのでそれほど気温は下がらないはず。低体温にならなければやめることはない」。
当日の朝、およそ20度前後、時折本降りとなる悪条件だった。風が強く吹くと体感温度は10度前後に感じ非常に肌寒い。
この状況で11時間以上走行を続けた。
スタート時間を迎える。日の出を迎えているはずだが、太陽の存在は確認できない。準備中に雨が降り出す。気温は低くはないものの、これから長時間にわたる挑戦としてはあまりいいスタートではない
ときおり雨脚が強くなり、頂上では強風がうなりをあげる。
出走前からコンディション不良であったと述べる紺野さん、序盤から遅れをとってしまった田中さんの2名は途中でチャレンジを中断することとなった。
序盤から快調なペースで上る高岡さん。「マイペースで行きます」との走りは、帯同する2人から大きく先行する。
高岡さんは驚くべきハイペースだったと語る田中さん。寒さによる膝の痛みもありペースが定まらず10回の登頂でバイクを降りた。最後の上りを自身のベストタイムで走り「次へ」つなげる。次とはもちろんリベンジのことだ
田中さんのサイクルコンピュータは悪天候によりデータ計測に狂いが生じる。5時間31分でチャレンジを終了させた
中盤、心拍数が上がらなくなり体温を保ちにくくなる状態に陥った。とっさに温めたドリンクを提供しその場をしのぐ。状況を分析して対応が迫られる。元選手のスタッフの経験が生かされる。
一時停車して撥水のジャケットを着て再スタートをきる
この時点で固形の補給食の摂取がなくなり、パラチノースとミネラルを溶かした暖かい飲料のみとなる。後日談では「胃が受けつけなくなった」と語り、好転するまでひたすら耐える走りとなる。
肩の張りを訴え、スタッフからマッサージを受ける
時折、頭をうなだれ進路が乱れることも。腕の力が入りにくく、ペースは10km/hを下まわる回も
終盤小雨になり、気温もやや上がってきた。補給食も摂取できるようになると、後半は尻上がりにペースを上げた。
ダンシングを多用するチカラ強い走りが戻ってくる。
走行時間は11時間1分。グロスの時間は11時間14分23秒(暫定)だ。濡れた身体で長時間止まることはダメージに繋がると判断し、10回目の上りでペースをぐっと落とし「走りながら休む」方法を選択。実質ストップしたのは13分。トイレに4回と着替えや補給のため。
最後の上りを前にして、“11時間5分”に肉薄していることを高岡さんに伝える。「そうは思ってたけど、もう疲れたよ!」
高岡本人はそのタイムに到達できない理解していたが、最後の1本も死力を尽くして走る。挑戦することを公言し、プレッシャーはあったはず。
「中盤以降苦しんだが、這ってでも完走をしようと思っていた」(高岡)
高岡亮寛さん:決めたのは2週間くらい前。ヤビツ峠で一人で予行練習としてやってみた。パンクしてしまい、テンションもさがって6600mで中断。その後、コースや挑戦する日時などをじっくりと検討した。
今回の挑戦の中での課題は途中で体が冷えてしまったこと。ロング後半は身体がきつくなると心拍が上がらなくなる。いよいよ体温が下がってきたなと感じ、ジャケットを着て体温の低下を防いだ。
補給も常に摂取し続けないと後半まで持たないことはわかっていたが、途中から消化できなくなり胃の苦しさと戦いながらという形になった。
11時間5分という新しい記録がつねに頭の中にあったので、前半から攻めていこうと思った。このタイムならいけると思っていたが13回目の上りからベストタイムより10分も遅れてしまった。10回目の上りはレストにあてて、スローペースで上ったつもりが2分ほどしか変わらず、調子の良さをそこで感じた。11回目はペースを戻したつもりが30秒ほどしかかわらず、13周目で大きく崩れてしまった。
それからは記録のことよりも完走することだけを考えて走った。残り3周がもっともきつかった。
機材についてはやはり軽さ。このチャレンジに向けて変えたのはホイールとタイヤ。本日のような悪天候はディスクブレーキの恩恵をより多く感じられた。
コースは勾配がきつく距離が短い上りを反復する方がよいが、そのコースでタイムを出せる体を作るのが前提。
田中裕士さん:難しかった。膝のトラブルで降りた。パワー的には尻上がりであげることができたので、もうちょっといけるとは思った。ペースが速かったかもしれない。中盤以降ガクッと終わっていたかもしれない。パワーメーターを見るとタイムを意識しているのがわかる。今日のトライアルで感触がつかめそうだった。次回挑戦するなら、体が馴染むまで序盤はパワーを意図的にコントロールしていく。
雨だったことで、ディスクブレーキの恩恵は偉大だと思った。いずれディスクに変えたい。高岡さんがこうなってしまうくらいやりがいのある挑戦ですから、だれがやっても楽しめると思います。我々は日本記録を目指しましたが、エヴェレスティングを達成するだけでもすごいこと。私や元汰君は途中でやめてますので、何時間かかろうと達成している人は本当にすごいと思います。
次こそはタイムを見つつ、ちゃんと達成したいですね。
紺野 元汰さん:次回、必ずやろうと思っている。その時までにはおきなわよりも良い状態で臨みたい。体重を軽くして上り耐性を強化するよりも距離耐性をつけるほうがいいと思っています。誰も抜けないような日本記録が出せればいいと思います!
エヴェレスティングを達成した誰もが勝者。
「何時間かかろうと達成している人は本当にすごい」田中さんが残した言葉は、この挑戦の過酷さを伝える。
当たり前のようにあったレースやイベントが開催できないなか、そういったチャレンジがライドをするモチベーションになる。エヴェレスティングは決して容易な挑戦ではないし、誰にでも勧められるものでもない。このような取り組みを手本に、自分に挑戦をするような目標を作ってみてはいかがだろうか。
関連URL:https://www.facebook.com/roppongiexpress
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著者プロフィール
山本 健一やまもと けんいち
FUNRiDEスタッフ兼サイクルジャーナリスト。学生時代から自転車にどっぷりとハマり、2016年まで実業団のトップカテゴリーで走った。自身の経験に裏付けされたインプレッション系記事を得意とする。日本体育協会公認自転車競技コーチ資格保有。2022年 全日本マスターズ自転車競技選手権トラック 個人追い抜き 全日本タイトル獲得