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2021年08月22日

サイクリング・サイエンスコラム/第五回 HRV 心拍数でわかるコンディション

皆様こんにちは。恥ずかしい日焼け後でノースリーブが着れなくなったRanです。猛暑かと思えば、雨日が続いたりと、今年の夏は随分ツンデレなように感じます。3つの台風によるコンビネーションアタックやその後の豪雨で皆様の地域に被害がでないことを祈るばかりです。

前回のおさらい

前回はサイクリストに広く親しまれているTSS(training stress score)についてお話しました(第四回 TSS700の呪い:https://funride.jp/column/cycling-science4/)。
今回は新しい疲労の指標として昨今期待されているHRV(Heart rate variability)について深堀していきます。

心拍数ってなんですか

HRVの話をする前に、その元となる心拍数に関して触れておきます。そもそも心拍数とはなんでしょうか。

心拍数とは1分間で心臓が血液を押し出した回数を表します。人の血液は体重の約7%、60kgの成人ではおよそ4.2kgほどになります。この大量の血液は心臓のポンプで押し出され、1分間でこの血液全量が身体を一周すると言われています。

さて、心臓の役割は全身に血液を送ることですが、血液を供給している組織からの需要変化を素早く感知し、供給量を上げ下げしています。
この時、一般的に1回の心拍出量は大きく増加しません。かわりに、心拍数をあげる、つまり回数をより速くまわすことにより、血液循環をより速く行っています。

心拍数はトレーニング強度を反映する

さて、以上のことから、血液需要が増加する条件=心拍数があがる条件となります。

血液需要が増加する最たる例が運動です。

運動は筋肉を激しく動かす行為ですが、この時、筋肉は多量の酸素を必要とします。
この酸素需要を補うため心臓は拍動数を増やし、血液循環を速くすることで対応します。この心拍数の増加は、運動強度に比例します。
運動強度が高い場合、必要な酸素や栄養素が莫大になるため、心臓は心拍数を出来るだけあげて血液を筋肉に送ろうとします。
反対に、楽な強度では必要酸素はそれほど多くないため、心拍数の上昇も軽微です。

すなわち、心拍数を見ることで、運動そのものの強度を推測することができます。これがアスリートが心拍数を測るメリットです。

このように、アスリートにとっては心拍数は馴染み深い生体データです。しかし、心拍数はトレーニング強度以外にもアスリートのコンディションを見る指標として近年注目を集めています。このコンディションの指標とは、自律神経です。

自律神経は人の戦闘/休息モード切り替えをしている

自律神経とは内臓機能を調節する神経です。
自律神経は交感神経(戦闘モード)と副交感神経(休息モード)にわけられ、どちらか片方のみがonになって身体のモードを切り替え、我々の日常生活を支えています。
自律神経の中枢は脳にあり、ここから指令が各臓器に伝えられ、消化、発汗、排尿、生殖活動、さらには瞳孔の大きさにまでにも影響を与えます。

例えば、練習中は戦闘モードに入るため、交感神経がonになります。交感神経は、戦闘に無関係な内臓臓器の活動(消化、排尿、生殖など)を抑え、戦闘に関係深い臓器の活動が優先的に行えるよう調節します。運動中に心拍があがり、汗をかき、空腹感や痛みを感じにくくなるのは、この交感神経の働きによるものです。

運動後は、反対に副交感神経がonとなり、休息に必要な臓器の活動を活性化させます。このため運動後は栄養を摂るために空腹感がわき、眠気がでてきて休息を促します。

自律神経で練習量調節できるかも

近年、この自律神経がアスリートの練習量調節に活用できるのではと注目されています。トレーニングをするうえで、練習と休息の切り替えは非常に大切です。身体に疲労が蓄積してくると、自律神経の働きが弱くなり、この戦闘/休息モードの切り替えが鈍く遅くなってきます。

自律神経の失調を検知した段階でトレーニングはお休みし、回復したらまた負荷を与える。この自律神経をモニタリングしながらトレーニングサイクルを回すことで、無理なく適度に追い込むメニューを作ることができます。では、どうやって自律神経の状態を評価するのでしょうか。

身体の状態を客観的に測るHRV

自律神経の状態を計測する手法として近年期待されているのが、HRV(Heart rate variability)です。HRVは心拍数変動と訳され、「心臓が外部要因にどれだけ素早く対応できるのか=自律神経の感度」をスコア化したものです。

心臓は他の臓器と比較してもいち早く自律神経に反応する性質があるため、逆に心拍の変動から自律神経の状態を予想することができるというわけです。
加えて、HRVは血液検査などの侵襲的な検査を必要とせず、心拍を測れるデバイスを装着するだけで、手軽に自律神経の状態を測ることができる優れた指標です。

HRVの計測方法はいくつかありますが、いずれも心拍数を24時間モニターする必要があります。2021年8月現在でスマートウォッチの大手であるGarminやPolar、AppleはすでにHRV計測モードが搭載されています。
HRVは高いほど、自律神経の感度が高い、すなわちコンディションが整っていると判断されます。

HRVを利用した練習メニューの組み立て方は数多くありますが、基本的にはHRVが下がった段階で練習の強度をさげる、もしくは休息を挟みます

前回の投稿でご紹介したTSSと比較してみると、TSSは練習の強度/予想される疲労度をあらわしたものですが、HRVは「今のあなたの疲労度合」をあらわしたものです。
前者のTSSと比較して、HRVは運動時以外の疲労も反映されている点が優れていると言えます。

デメリットとしては、HRVは24時間の心拍数データが必要である点です。TSSはパワーメーターがあれば計測できますが、HRVは計算するために1日の心拍数変動を必要とします。
胸ベルトタイプの心拍計は正確ですが装着感が不快なために、つけっぱなしは現実的な方法ではありません。現状は腕時計型のデバイスをお持ちの方に限られるでしょう。

HRVの活用方法:頑張る日と無理しない日を使い分ける

この自律神経はアスリートに限らずとも、日常生活に応用ができます。

我々は練習以外にも様々なストレスを受けており、それに対する負担は心拍数変動として現れてきます。HRVによる自律神経評価は、トレーニングの負担だけでなく日々のストレスをいち早く知ることができます。

自分が疲れているかどうかというのは案外わかりにくく、疲労を自覚するころにはかなり重度になっているケースが多いものです。そのため、客観的な指標を元に疲労やストレスを早期発見、無理せず休息してください。
疲労が抜けたあとは、遠慮なく身体を追い込みましょう。


TSS HRV
概要 ライド中のパワーから
疲労度を計測
現在の疲労度を
心拍数から評価
メリット 疲労度を累積で見られる 日常の疲労を加味する
デメリット ライド以外の疲労はわからない 機器を24時間付けっぱなし
必要な機材 パワーメーター 心拍計(24時間装着)
指標の活用方法 トレーニングのピーキング トレーニングメニューの決定

前回のTSSと今回ご紹介したHRVを比較した表です。
TSSは練習量の累計を見ることができるので、試合前に練習量を調節するのに適しています。HRVはその日のコンディションを示しているので、その日になんの練習をするか、トレーニングメニューを考える上で一つの指標として用いることができます。

そもそも見ている項目が違うので、どちらが優れている、と一概には言えません。
お互いの得手不得手を理解した上で、トレーニングメニュー作成の参考にしていただければよいと思います。

次回は、このHRVの内容を踏まえて、最近話題のトレーニング法、Polarized Trainingについてご紹介していきます。

参考文献
Medicina (Kaunas). 2019 Nov 13;55(11):735.Validity of Prediction Equations of Maximal Heart Rate in Physically Active Female Adolescents and the Role of Maturation

Front Physiol. 2018 Mar 15;9:226.
Age-Predicted Maximal Heart Rate in Recreational Marathon Runners: A Cross-Sectional Study on Fox’s and Tanaka’s Equations

Int J Environ Res Public Health. 2020 Jul 29;17(15):5465.
HRV-Guided Training for Professional Endurance Athletes: A Protocol for a Cluster-Randomized Controlled Trial

Sensors (Basel). 2018 Aug; 18(8): 2619.
Validation of the Apple Watch for Heart Rate Variability Measurements during Relax and Mental Stress in Healthy Subjects

Int J Environ Res Public Health. 2020 Oct 30;17(21):7999.
HRV-Based Training for Improving VO2max in Endurance Athletes. A Systematic Review with Meta-Analysis

uptodate : Evaluation of heart rate variability
garmin website :https://www.garmin.co.jp/minisite/garmin-technology/health-science/


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