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2020年08月18日

【#rxjgrc】日本縦断ギネスレコーズチャレンジを振り返る

日本縦断を自転車でという人生の中で一度やるか、やらないかというエピックな挑戦をした高岡亮寛さん。走るからにはギネス日本記録の更新というテーマを掲げて8月5日から8月11日の6日間13時間28分で、これまでの記録から30時間9分の記録更新を達成し完走を果たしました(ギネスワールドレコーズには申請中)。
今回の挑戦に、サポートとして帯同した筆者の視点でインサイドレポートをお届けします。

【発端】
6月に解除された緊急事態宣言後。高岡氏と雑談する中で、浮かんだテーマのひとつがこの企画。「やるならサポートするよ」とは筆者の一言。これをうけて挑戦を決意、したかどうかはわからないが、ほどなくしてギネスワールドレコーズジャパンにギネス挑戦の申請を行った。7月はじめには骨子をまとめ、8月初旬にスタートすることを決める。

【概要】
目的は日本縦断ギネス記録の更新すること。加えて
「目標がないなら、自分で作る」。
この取り組みを見て、皆さんが新しいことをやってみよう、目標を作ってみようと思ってくれれば面白い、と共通の想いがあった。

さて、準備期間においてもネタはつきませんが、ここは割愛。
スタート予定の8月5日はあっという間に訪れる。
九州鹿児島は佐多岬をスタート。目指すは北海道・宗谷岬の2,600kmを7日19時間37分以内に完走すれば、ギネスレコード更新。前日は仕事仲間のフォトグラファー辻啓さんと3人で九州地方の穏やかな天候の中、翌日のコースを下見しながら佐多岬へ。
スタート地点から九州を縦断するコースの一部は、7月豪雨災害を受けた地。
そこで災害支援寄付のチャリティを実施。さとふるの災害支援寄付サイトに賛同・活用した。

【経緯】
8月5日午前4時、鹿児島・佐多岬をスタート。8月6日午前6時半に関門トンネルを通過。本州を縦断し、10日午前5時20分発の津軽海峡フェリーに乗船。同日午前9時、北海道・函館市着。翌日11日17時28分 稚内市・宗谷岬に到着。

【結果】
6日13時間28分で完走。およそ30時間9分の更新。現在はギネス・ワールド・レコーズ・ジャパンに申請を行う資料の作成中(8月17日現在)。

6日間と半日を共に駆け抜けて最初に感じたことは自然の脅威だ。九州では太陽に焼かれ、北陸では雨と風に。青森・北海道では追い風に助けられました。大げさかもしれないが、大地に弄ばれた、というイメージ。まさに向かい風になったら1.5倍は時間がかかったはず。

最大の苦難は
最大にして最初の苦難は初日に訪れていた。
急激に上がった気温。まだコンディションが良い状態だったので勢いでしのいだ、といった印象だ。だが日焼けや多汗な状況と緊張によるものか、強い痒みを伴う湿疹(蕁麻疹)が出ていた。これが良質な睡眠を妨げて、翌日以降体力の回復を妨げることに。

人に支えられて走る
サポートスタッフのSNS活用で、現地のサイクリストが応援に駆けつけてくれた。その方の職業は医師で、症状を聞き塗薬の処方をしてくださった。その日から皮膚疾患からの大幅な回復が見られた。睡眠障害もなくなり食欲も戻り調子も上向きに。
ルートについても多くの助言が得られた。
地域のサポーターとSNSで繋がり、助けられる。多くの人に支えられて走っている。

睡眠時間・脳を休ませること
睡眠不足が走りのクオリティに大きく影響を及ぼすということがよくわかった7日間だった。走りながら眠気を訴えることが多く、一瞬記憶が飛ぶほどだったという。危険がおよぶ前に自らペダリングを緩め仮眠を取る場面も見られた。
15分ほど仮眠をとるとペダリングのキレが戻る。後半はこれの繰り返しとなった。おそらく脳が身体の異変を察してストップをかけているのだろう。精神力が強すぎることも、急激なスイッチオフを招いていたのかもしれない。それだけ過酷なチャレンジだったのだ。エネルギーの補給も重要だが、長時間の挑戦は睡眠が重要なファクターではないか。

機材はほぼノントラブル

使用したのはスペシャライズド・Sワークス ルーベチーム。チームは従来設計よりもヘッドチューブが短い。フロントサスペンションのフューチャーショックを内蔵したフレームで快適性が高く、昨年のグランフォンド世界選手権ではこのフレームで年代別3位に入賞するなど実績がある。スピードもあるフレームなのだ。

ライトのバッテリーは小休止のたびに充電をしておく

驚くほどに機材は快調だった。もっともトラブルが多いタイヤにかんしては、パンクゼロという素晴らしい結果をもたらした。タイヤシステムは自身でのパンク修理を考慮してクリンチャーに。チューブは軽量で乗り心地がよいラテックスを採用。タイヤ幅は28C、空気圧は状況に合わせて5〜5.2Barの範囲で。

そして平地が多いシチュエーションを考慮して、DHバー(プロファイルデザイン・フリップ/エルゴ/50A)を活用した。これで平均時速が2キロ上がった。

話題となったフロントシングルは50T。これは事前にレースで“使えるか”どうかを確認。上りも50x33Tローギアなら39x25Tよりも軽い。スプリントをする場面がないゆえビッグギアは不要。下りはエアロを重視するので必要がない。

雨脚が強ければ泥除けもつけた。レーサーパンツに泥がつくとサドルソアなどの感染症になる確率も上がるのでできるだけ装着するように促した。
徹底した機材チョイスで臨むが連続した悪天候によって、変速のサテライトスイッチが接続不調になるなど状況の激しさを物語っている。

機材に関してはショップメカニックのCUBさんが解説した詳しい記事を。後ほどお届けするのでお楽しみに。

頼もしいサポートカー
今回苦楽を共にしたサポートカー シトロエン・ベルランゴも紹介する必要があるだろう。
グループPSAジャパン協力のもと、デビューしたばかりのベルランゴと共に2600kmの旅を敢行。

ヨーロッパメーカーらしいスマートなボックスバンで、8ATのスムースな加速感。インテリジェンスな機能満載で、ストレスなく走破することができた。シートのフィット感は個人的には絶賛したいレベル。

7日間といえども膨大な情報量で到底語りつくせないが、当記事でこのチャレンジの片鱗に触れていただければ幸いです。

写真:辻 啓、山本健一、福田昌弘

関連URL:公式サイト
https://rxjgrc.roppongi.express/

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