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2025年07月20日

才田直人の“自転車ワーケーション放浪旅”第四十四回 / 寄り道だらけの自転車四国お遍路【後編】

寄り道だらけの自転車四国お遍路【前編】はこちら

立て続けに現れる「ヒルクライム札所」

四国に渡ってから、早いもので40日が経とうとしていた。徳島、高知に続いて、愛媛の札所と山岳を巡っていた私にとって、最も憂鬱だった札所があった。

それが、お遍路中最大の激坂とも言える横峰寺である。過去に一度登ったことがあり、その厳しさがまだ体に染みついていた。再挑戦には、正直恐れがあった。

とはいえ、八十八ヶ所を回るという大きな目的がある以上、「やるしかない」。黙々とペダルを踏み込み、前回よりもわずかに速いタイムで登り切る。苦しさを受け入れることに、少し強くなれた気がした。「やるしかない」場面において、考えすぎず自然体でいられるようになった気もする。

六十番札所「横峰寺」は登坂距離5 km、平均勾配はなんと約11%という激坂。

寄り道こそ私のお遍路の楽しみ

愛媛最後の札所である三角寺の激坂を越え、いよいよ「菩提の道場」とされる香川県へ。菩提とは、煩悩を断ち切り、悟りへ至ること。修行の最終段階である。

香川最初の札所は、お遍路で最も標高が高い雲辺寺。長い登りを越えて山頂に到達したのち、内陸の徳島県・三好市へと大きく寄り道する。

六十六番札所「雲辺寺」が建つ、標高927 mの雲辺寺山には、見晴らし抜群の「雲辺寺山頂公園」がある。ロープウェイでアクセスが可能できるので、たくさんの観光客が訪れる。

目的は京柱峠。弘法大師が「まるで京都へ向かう道のりのように、長く厳しい峠だ」と語ったことが、名前の由来とされている。私にとっても、この寄り道は旅のテーマにぴったり合っていた。

このチャレンジに同行してくれたのが、西条駅前で美容院「chamahair」を営む藤原弘喜さん。2週間ほど前に、私のYouTubeを見て連絡をくれた彼は、放置していた私の髪をカッコよくカットしてくれて、ヘッドスパまで施してくれた。「お接待」と呼ばれる、四国ならではのお遍路さんへの応援である。

そのご縁が、京柱峠への同行へとつながった。お遍路の道中で新たな友人ができた。それは旅の大きな醍醐味の一つである。

京柱峠は酷道ヨサクを代表する峠。立派な看板はサイクリストには嬉しい。酷暑の中、藤原さんと登頂。

お遍路「結願」へ

香川県に入ってからは、横峰寺がまるで前哨戦だったかのように、「登ったことがある登坂に再挑戦する」札所が続いた。

白峯寺と根来寺の2つの札所があり、香川随一のヒルクライムスポットである五色台。屋島寺のある屋島も、ドライブウェイが伸びる、定番のヒルクライムコース。そして、八栗寺はお遍路さんか、よっぽどディープな自転車乗りしか訪れないであろう激坂。

これら全てに登ったことがあったが、横峰寺の経験が生きたのか、大きな抵抗感もなく乗り越えることができた。

標高292 mの屋島。源平合戦の舞台であり、高松を代表する観光地。近年、瀬戸内海や市街地を一望できる展望スペース「やしまーる」を中心に、整備が進んでいる。おすすめ!
通常はケーブルカーで登る八十五番札所「八栗寺」。激坂区間は1 kmほどと短いが、最大勾配は20%を超えてくる。

そして、いよいよフィナーレへ。全ての札所を回り終えることを「結願」と言い、その地が八十八番札所の大窪寺となる。

幾つかあるルートの中で、私はあえて女体山を越えるルートを選択した。終盤5 kmの平均勾配は10%に迫る厳しいルート。やや荒れた林道をクリアし、大窪寺へと辿り着く。境内を歩き、お参りをする。

背後に聳える女体山を眺めながら、じわじわと達成感が湧いてきた。

八十八番札所「大窪寺」の背後に、荒々しい岩肌が印象的な女体山が聳える。

トップクライマーとの再会

お遍路を終えた私は、もうしばらく四国に滞在した。その理由の一つが、香川在住のトップクライマー・真鍋晃くんと走ること。

一緒に登った竜王山は、香川県の最高峰。空海が修行し、湯治を広めたとされる塩江温泉を起点に40分以上の長い登りとなった。にも関わらず、最後はハンドルを投げ合うスプリント勝負に。

全力で追い込んだライドは、四国旅の締めくくりに相応しいものだった。同着という結果と、出し尽くした清々しさを胸に、次戦での決着を誓って彼と別れ、香川県を後にした。

そして、四国の旅を始めた徳島に戻り、フェリーで和歌山へ。

2022年の富士ヒル王者である真鍋くん。兄妹で香川最高峰「竜王山」へのクライミングに付き合ってくれた。

旅は続く。修行は続く。

目的地は高野山。四国八十八ヶ所を巡る「結願」を終えた者が向かう「満願」の地であり、弘法大師が開いた真言宗の聖地。関西屈指のヒルクライムスポットでもある。

ここで再び、心強い同行者が登場。台湾KOMや乗鞍、何度もレースで戦った先輩の矢部周作さん。歩き遍路を達成している彼は、私の旅の間も常にアドバイスしてくれた。

大阪から高野山の麓までの道中、矢部さんがずっと私を引っ張ってくれた。そしていよいよ最後の山岳。私は解き放たれるようにペースを上げる。

終盤はKOM(サイクリングアプリ「Strava」上で、特定の登坂区間の最速記録を持つライダーに与えられる称号)に届きそうだという、目の前にぶら下げられた「にんじん」を追いかけて、限界まで追い込んでクライミングを終えた。

真夏の暑さと湿度で汗だくになりながら、KOMを獲得して心地よい疲労感に包まれる。ふと、心の中にこう浮かんだ。

「煩悩のかたまりだ」

四国での修行の末にたどり着いた高野山。その登りで「KOMが欲しい」と、なりふり構わず脚を回していた私。悟りどころか、競争心むき出しだった。

まるで終わりのない修行のような、ヒルクライムに彩られた私の旅。その先はまだまだ長いようである。

矢部さんと初めて走ってから15年近い月日が経つ。今でもこうして一緒に走れることが嬉しい。
白衣に身を包み、般若心経を唱える矢部さん。歩き遍路を達成している人は、自転車遍路より多くのものを、お遍路を通して得ているように感じられた。私もいつかは歩き遍路、だろうか。

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