2016年10月18日
瀬戸圭祐の 「快適自転車ライフ宣言」 2-2)戦略と心理とアクシデント、レース観戦のツボ
第2章:ハマるとヤバい?自転車の魅力! その2 戦略と心理とアクシデント、レース観戦のツボ
「ジャパンカップ」と「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」が間もなく開催される。
世界のトップ選手を間近で見る事ができる。そんな素晴らしい自転車レースを2週続けて身近に楽しめるという、とても恵まれた貴重な機会である。
自転車の魅力を語るに、まずはレースをより楽しく観戦するノウハウについてお話をしたい。
ロードレース観戦の大きな特徴は、世界のトップ選手が繰り広げるレースを生で見れるのに、タダで誰でも観戦する事ができる事である。サッカーや野球など他のスポーツ観戦において世界のトップが出場する試合が無料なんてあり得ない。こんな大サービスを受けられるのだから、これは見に行く他ないでしょう!
知識なく見に行っても「カッコよかった!」「スゲー迫力だった!」といった感動を得ることはできるだろう。しかし自転車レースは、独自のルール、ステージの特徴、チームの目的と戦略、選手の能力と特徴、個々の選手の役割、集団と逃げ集団などの駆け引き、集団での位置取り、選手同士の暗黙の了解、落車などのトラブルやアクシデント……などなどといった様々な観点でいろいろと楽しむ事ができる、すごく奥の深い、味のあるスポーツなのである。
まずはレースの種類について紹介したい。
<ステージレース>
ツール・ド・フランスに代表される、数日間から3週間に渡り開催されるレース。
毎日、「ステージ」と呼ばれるレースを行い、各ステージごとに順位とタイムを争いながら、最終的に全ステージを終えた時点での合計所要タイムが最も少ない選手が総合優勝となる。チーム順位は、通常は各チームの各ステージ上位3選手の累積タイムで決定される。
3週間を闘い抜くステージレースの最高峰は、「ジロ・デ・イタリア」「ツール・ド・フランス」「ブエルタ・ア・エスパーニャ」の3つで、総称して「グランツール」と呼ばれている。
日本で5月に行われる「ツアー・オブ・ジャパン」はアジア最高峰のステージレースのひとつである。
3週間にわたり熱戦が繰り広げられるツール・ド・フランスはパリでフィナーレを迎える
<ワンデー(クラシック)レース>
ワンデーレースは1日で勝敗を決するレース。チーム一丸となって個人(エース)を一番初めにゴールさせる。1日の一発勝負のため、「勝ち」を意識した選手同士や各チームの駆け引きは激しく、翌日への体力温存の必要のない、全ての力を出し尽くす切迫感があって面白さが凝縮される。
ジャパンカップの最終日に行われる本レースは、UCI(Union Cycliste Internationale:国際自転車競技連合)カテゴリーのオークラス(Hors Class = 超級)でアジア最高峰のワンデーレースである。
ステージレースとワンデーレースでは、コース上に設けられた山岳ポイント(峠の頂上に設定)や、スプリントポイント(主に平坦路に設定)の通過順位によって与えられるポイントの合計数を競う山岳賞やポイント賞の設定がある場合が多く、これらを巡る戦いや駆け引きも魅力のひとつである。
アジア最高峰のワンデーレースであるジャパンカップには全国からロードレースファンが集まる
<クリテリウム>
市街地に設定された短いコースを何周も回り、順位を競うレース。何度も通過する選手を目の前で見ることができ、スリリングかつ迫力満点。「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」と「ジャパンカップクリテリウム」は世界トップ選手の戦いが、間近で展開されエキサイティングな観戦を楽しめる。
その年のツール・ド・フランスで活躍した選手を間近で見ることができる、さいたまクリテリウム
<ヒルクライム>
Mt.富士ヒルクライムに代表される、長い上り坂を上り、タイムを競うレース。平地のレースよりも風圧の影響が少なくて、集団走行のニーズは低く、他車との接触の危険性が少なくなる。上り坂では実力に応じてタイム差が大きくつくため個人戦の色合いが強く、マイペースで走れる競技として非常に人気が高い。
日本で人気のヒルクライムレース。Mt富士ヒルクライムは富士スバルラインを8000人が駆け上がる
<タイムトライアル (通称TT)>
個人タイムトライアルは、選手がひとりずつ時間差でスタートし、決められたコースを走り、そのタイムを競う。距離は数kmから長い場合は数十kmとなる。
チームタイムトライアルは、チーム全員でスタートし、チームのうち規定人数(例えば、9人出走のうち5人など)の最後の選手がゴールラインを通過したタイムの一番早いチームが優勝となる。
タイムトライアルはエアロ性能を追求した専用のTTバイクも見どころのひとつ
次にレース観戦のツボである。
<チームでエースを勝たせる>
個人タイムトライアルやヒルクライムを除いて、自転車レースはチームの戦いである。チームのエースを皆で一丸となって、優勝させるかを競うのが自転車レースなのである。通常エースは総合的に一番の実力がある選手となるが、コースによってはスプリンターと呼ばれる瞬発力の高い選手や、クライマーと呼ばれるヒルクライムが得意な選手などがエースになる事もある。エース以外の全ての選手(1チーム9人の場合は他の8人)はエースを勝たせるためのアシストとなる。
アシストの仕事はいろいろあるが、最も重要なのは、エースの前を走ってエースへの風圧を軽減する風よけの仕事。ほかに特段の仕事が無い限り、ひとりでも多くのアシストがエースの体力を温存のための風よけになる。サポートカーからドリンクボトルや補給食を受け取り、他の選手に運ぶ事も大切な仕事である。
エースがスプリンターの場合はゴール直前まで猛スピードでエースの前を走り、エースの“発射台”としてエースを勝たせるのもアシストとしての仕事の見せ場だ。
山岳に強いエースであれば、峠でエースを牽引できる実力を持ったアシストが求めらる。
そしてエースはただ強いだけでなく、チームメンバーにこのエースを勝たせるためにアシストに徹するという思いを持たせる、人格的な魅力も求められるのである。
エースを勝たせるために、アシストは自己を犠牲にして戦う
<風圧の軽減が戦略のカナメ>
自転車で時速40~50kmで走るといのは、毎秒十数mの台風のような強い逆風の中を走ることと同じになる。実際40~50kmで走るクルマの窓から顔を出すと、すごい風圧を感じるが、それと同じ風圧を全身で受けながら突き進んでいる状況なのである。
その風圧にどうやって立ち向かうかが、ロードレース競技の大きなポイントになる。
ドラフティング(前を走る選手の車輪に接するように走る)が上手く機能すれば、風圧の影響は大幅に減少する。風圧は集団内では半分になるとも、状況によっては1/10になるとも言われる。
そこで選手は、一人で風を受け続けることの無いように通常は集団で走行する。集団で走っている場合、先頭の選手が入れ替わるのは、風圧の負担を交互に受けるためである。
プロトン(集団)は空気抵抗を低減するために密集して走る
<先行集団とメイン集団の駆け引き>
しかし、ずっと集団にいて、そのままゴールすれば勝ち目は無いとして、必ず集団から飛び出して逃げる選手達がいる。そこで様々なチーム戦略や駆け引きが展開されるのである。
先行集団は逃げ切ってゴールをする事や山岳賞やポイント賞を狙うのが主な目的となる。
ほとんどの場合、チームの異なる選手の集団となるため、呉越同舟で駆け引きをしながらもともに逃げ切りを目指す。共闘体制ではあるが脱落者が出たり、裏切りや抜け駆けもあってドロドロした心理戦が展開し、見てる側にはとても面白い。
先行集団に特定のチームの有力選手のみが居る場合には、そのチーム以外の選手は、先頭に立たないで有力選手のチームを風よけにして後方につきながら、できるだけメイン集団が追いつくように動く。メイン集団では、先行集団に有力選手を送りこんでいるチームの選手は先頭に立たず、メイン集団の速度を上げないようにして先行集団の逃げが成立するように走る。
先行集団に有力選手がいない場合や、逆に主要なチームの有力選手が全て含まれている場合には、先行集団内で交互に先頭交代し、一丸となって逃げ切りを図ろうとする。
<先行逃げ切りの成功確率は1割にも満たない!?>
通常のレースでは、先行する逃げ集団がゴールまで逃げ切れることはほとんどない。逃げ集団はメイン集団に比べて少ない人数で走るため空気抵抗を受ける時間が長く、体力消耗が激しく、体力を温存しているメイン集団にゴールまでに吸収されてしまうのである。
メイン集団が先行する逃げ集団を捕まえるのには、通常10kmで1分の差を縮められるため、メイン集団はその計算をしながら進んでいるのであり、綿密な戦略で動いているため先行集団が逃げ切るのは容易ではないのである。
先行集団が逃げ切れるのは、逃げている集団に有力選手がいない場合にメイン集団で駆け引きが始まり各チームが牽制しあってペースが上がらないといった状況になる事である。
先行集団に上位の有力選手がいる場合は、メイン集団は必ず吸収しに動くため逃げはほとんど成功しない。
またメイン集団の先頭は、通常総合順位がトップの選手(ツール・ド・フランスではマイヨジョーヌの選手)のチームが先頭を引くという暗黙のルールがある。メイン集団では大勢がひしめき合って走行しているため、接触などによる落車などのトラブルが発生しやすく、トップチームはそういったアクシデントに巻き込まれないように前方を確保しているのである。
このように戦略的に面白く、意外な選手が飛び出したり、リードを広げたり、また想定外のパンクやメカトラなどのアクシデントがあったりと様々なドラマが展開される。
更にはゴールに近くなれば各チームの最終戦略と個人の力が激しくぶつかり合い、抜きつ抜かれつが頻繁に起こって、すごくエキサイティングなシーンを楽しめる。
知れば知るほどに、楽しみが広がり深まって行くレース観戦、一度ハマって見ると抜けられなくなってしまうので、ご注意を!
(瀬戸圭祐さんの「快適自転車ライフ宣言」は隔週火曜日掲載です。今回は臨時号のため、次回は10月25日に公開予定です。お楽しみに!)
瀬戸圭祐の「快適自転車ライフ宣言」
第2章 ハマるとヤバい?自転車の魅力!
<項目>(予定)
2)戦略と心理とアクシデント、レース観戦のツボ
3)誰でも自由に!孫とも楽しめる真の生涯スポーツ
4)あちこち行きたい!自転車ツーリングの魅力
5)Mの世界?パスハンティングの快感
6)百花繚乱!イベントは選り取り見取り
7)自転車ナルシスト!自分だけの自転車に心酔する
8)仲間が増える!自転車コミュニティ
(写真/和田八束、小野口健太、瀬戸圭祐、編集部)
著者プロフィール
瀬戸圭祐せと けいすけ
中学/⾼校時代に⽇本全国を⾛破し、その後、ロッキー、アルプス、⻄ヒマラヤ/カラコルム、ヒンズークシュ、北極圏スカンジナビアなど世界の⼤⼭脈を⾃転⾞で単独縦断⾛破。 ⼗数年ジテツウを続けており、週末はツーリングや⾃転⾞イベントなどを企画実施。 ⾃転⾞の魅⼒や楽しみを著書やメディアへの掲載、市⺠⼤学での講座、講演やSNSなどで発信し続けており、「より良い⾃転⾞社会」に向けての活動をライフワークとしている。 NPO法⼈ ⾃転⾞活⽤推進研究会 理事、(⼀社)グッド・チャリズム宣⾔プロジェクト理事のほか、 (⼀財)⽇本⾃転⾞普及協会 事業評価委員、丸の内朝⼤学「快適⾃転⾞ライフクラス」講師、環境省「環境に優しい⾃転⾞の活⽤⽅策検討会」検討員などを歴任。