2019年03月03日
ハンドメイドバイシクル展2019 レポート vol.2
たつみ商会:装飾的なヒゲが印象的なBBシェル。ロストワックス製法によって精度が高いのが魅力だが、同時に硬度が高いため仕上げるには手間がかかる。http://www.tatsumi-shokai.com/
作り手も、客の実力も問われるオーダーフレームの深遠なる世界
世界的にみれば、競技用に限らずカーボンフレームがシェアを伸ばし、金属製のオーダーフレームは数が減っている。物理的な数値で性能の優劣を語るなら、カーボンとスチールに争う余地はない。しかし、それを『所有する喜び』を含めて考えるなら、両者は一歩も引けを取らぬライバル関係にある。
そして、その金属フレームを支えているのがカスタムビルダーと呼ばれる小規模のフレーム工房だ。オーダーフレームの魅力はアメリカと日本で見直され、若いフレームビルダーたちが増えつつある。新しい人たちが、新たな可能性をみせて輝きを放っているともいえるが、中には「まだ一人前というよりも、修行中と言ったほうがいい」とベテランビルダーが評するレベルのビルダーもいる。
現在、日本のフレームビルダーは玉石混交である。実力に見合わないプライスタグをつけているブランドもあるし、バーゲンプライス!と思えるベテランビルダーもいる。そんな過渡期にあって、10年後に生き残っているブランドは多くないだろう。それ故に職人は切磋琢磨するだろうし、どのビルダーにフレームを任せるのか、そう考えて会場を歩くのは抜群に楽しい時間の過ごし方である。
オーダーフレームの醍醐味は自分のために作られるワンオフにあることは間違いない。だから、オーナー以外が乗って、いくら褒めても、けなしても意味がない。それと同時に、オーナーが職人の技術を引き出せるか否かも問われてくる。
そういう意味で成功が約束されていないから楽しいし、自分の思ったようなフレームを作らせられるようになって、初めて自転車道楽の世界においては一人前なのだ。マスプロメーカーのバイクもいいが、2台目、3台目のロードバイクを買うときにはオーダーフレームも視野に入れておくといいだろう。
というわけで、前回と合わせてハンドメイドバイシクル展2019の注目のブランドをピックアップした。
東洋フレーム
ハンドメイドバイシクル展でプレミアされたフラッグシップモデル“ti-Road-D”。東洋フレームが誇る技術を集結し、3-2.5チタンをフィレット溶接し、細部までフルポリッシュ加工が施されている。生産は完全フルオーダーで100万円(フレームのみ)。
美しくていねいに溶接されたフィレットブレイズの上には、メッキではなく、1つひとつ職人が磨き上げて輝きを出すポリッシュ仕上げを施している。すべて自社工場内で完結できるのが東洋フレームの強みだ。
薄くて軽量なオリジナルのスルーアクスルエンド。
アメリカの天才フレームビルダー、トム・リッチーに手ほどきを受け、日本屈指のフレームビルダーとして評価されている石垣鉄也さん。
公式HP:東洋フレーム
RAVANELLO(ラバネロ)
これまでに多くのトップ選手を輩出してきた“チームラバネロ”でお馴染みのラバネロ。アルミフレームなど3台の展示を行なったが、中でも目を引いたのがスチールフレームをリビルトし、リムブレーキからディスクブレーキにした1台。形状や強度の関係でブレーキ台座はフラットマウントではなく、ポストマウントを採用している。このように1つのフレームで長く楽しめるのがオーダーフレームの味わいだ。ちなみにディスク仕様のオーダーフレームは16万円~。
フォーククラウンのブレーキ取り付け穴は、チューブを溶接するときに使用するのと同じロウ材で穴をふさいである。
フラットマウントではなく、ポストマウントを採用。
HELAVNA(ヘラブナ)
奇をてらうことなく、オーセンティックな作りで高い実力を感じさせるヘラブナサイクル。フレームビルダーの絹川公将さんはサイクルストアヒロセで基礎を学び独立。トップチューブには鱗を模したアクセントを入れるなど、ユーザーの負担が小さくてもオリジナリティをしっかりだせるように工夫している。
アメリカの人気ブランド、リチャード・ザックスのラグに手をかけて個性を出している。
FUNRiDEでアルバイトをしていたこともあるというフレームビルダーの絹川さん。
DOBBAT`S(ドバッツ)
オン&オフロードを問わず、レースからツーリングまで高い評価を得ているドバッツ。近年はシートステーの確度に合わせてシート部をカットしたデザインがドバッツのアイコンになりつつある。国内最高と言われるフィレット溶接を施しながら、フレームは20万円〜と手頃な設定を実現している。人気ブランド故に納期は長めだが、待つ価値のあるフレームだ。ちなみに写真のフレームはエンヴィのカーボンフォーク付きで32万8000円。
OGRE(オーガ)
海外のハンドメイドショーにも積極的に出展し、ジワジワと存在を高めている京都のOGRE。チタン専門で生産台数は多くないが、目の肥えたエンスージャストから高い支持を得ている。国内の溶接コンクルールでは常に上位に入賞し、自転車界随一のTIG溶接を誇る。今後、海外のショーで評価されれば、一気に開花する可能性が高い。
公式HP:OGRE
まとめ:最先端の規格に対応できるか
職人に自分専用のフレームを設えてもらうというのは、いつの時代も自転車道楽の中でも頂点に位置する遊びだ。
かつては選手が使う機材も職人がこさえたモノだが、カーボンフレームの台頭ともに、選手が使う機材は既製品となり、選手用のオーダーという話も滅多に聞かなくなってしまった。
しかし、自転車を走らせる悦びは速さだけではない。お気に入りの一台を作る楽しみは普遍的であり、オーダーフレームはアメリカを中心として再興しつつある。それは今年のハンドメイドバイシクル展2019をみても、同じ胎動を日本でも感じる。
かつてスチールフレームが没落していった背景の1つには、規格が追いついていかなかった点が挙げられる。大型化するヘッドチューブのサイズやBBなど、フレームの基本性能を決めていく規格がすべて旧式のままだった。それゆえハンドリングや加速面で劣勢だったことは否めない。だが、44㎜ヘッドチューブの登場あたりから復活の兆しをみせ、現在は12㎜径のスルーアクスルエンドも用意されるようになった。
ツーリング車にしても、ミッドセンチュリーの模倣をするだけの時代は終わりつつある。レース用パーツなども取り入れて、新しい時代を切り拓こうとする若きビルダーも増えてきた。増えてはいるけれど参加するブランドが多くはない。しかし今年はドリアーノ・デローザが出展するなど注目度、文化的にも高まりを感じさせる。
とある著名なビルダーは「3年前の自身の作品が古く感じる。オーナーさんが聞いたら気分を害するかもしれないけど、これは私が成長しているということでしょうね」と述べた。頼もしいコメントだ。
来年はどんな成長を遂げるのか、すでに楽しみだし遠くから足を運ぶ価値のあるイベントなことは間違いない。
写真:編集部
著者プロフィール
菊地 武洋きくち たけひろ
自転車ジャーナリスト。80年代から国内外のレースやサイクルショーを取材し、分かりやすいハードウエアの評論は定評が高い。近年はロードバイクのみならず、クロスバイクのインプレッションも数多く手掛けている。レース指向ではないが、グランフォンドやセンチュリーライドなど海外ライドイベントにも数多く出場している。