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2023年11月27日

【畑中勇介さん インタビュー】遥か高い目標を追い続け、そして新しいステージへ。長期間にわたり安定したパフォーマンスを維持するために必要なこととは?

畑中勇介さんは、全日本チャンピオンにもなったことがあるベテランサイクリストだ。38歳になった現在もなお国内最高峰カテゴリーの第一線で走り続けている。
長いキャリアを通じて安定した走りをし続けているが選手生活を続ける20年という長い年月の中でパフォーマンスを維持し続けるその秘訣を探ってみよう。

畑中さんがサイクリングに出会った頃は中学時代にまで遡る。当時感じていた自転車の魅力をこう話す。
「これはもう男の子全般に言えるんですけど、速く遠くへ行けること。僕の暮らしていた八王子市は東京都の西の方の都市ですが、さらに西に向かうと山や自然の宝庫でした。中学生の時は部活のソフトテニスをやっていて、その仲間たちとサイクリングに行きましたね。最初は競技というよりは、自転車に乗るということ自体に魅力を感じていました」

仲間とのサイクリングを楽しむ中で、自転車ショップに通うようになった畑中さん。ここで運命的な出会いを果たす。

「ある日、パーツを買いに行った自転車ショップにたまたまいた方がですね、すごく痩せてて坊主頭で、“この人は自転車選手なんだぜ”って言われて紹介されたんですけど……、そのときは“選手”っていうのがまったく理解できてなくて。その選手が“来週ジャパンカップっていうのがあるから観に来いよ” と。それがきっかけで1999年のジャパンカップへ観戦しにました」

初めて見た自転車レース。その印象をこう述べている。
「その時の印象は、まさに全身に稲妻が走りましたね。なんと坊主頭のあの選手が、メルカートネウノの選手(故マルコ・パンターニのチームメイト)と共に上ってきて先頭で山岳賞争いをしていたんです」

先日、行きつけのお店であった人物が、イタリア人のプロ選手らと先頭争いをしていたのだから、衝撃が走ったことだろう。それ以降、その選手は憧れの存在となる。
「レースの後だったと思いますが“どうやったらプロ選手になれますか?”っていうふうに質問をしたら、”今すぐテニスを辞めろ”と言われて」
「僕はソフトテニスの部長だったんですけど、その次の週には辞めたんです。ちゃんとした理由もあって左右非対称スポーツは、自転車をするには良くないから、陸上や水泳にしろっていう意味があったんですね。プロ選手になるっていう目標は、もうそこからずっと決めてましたね」
その人は栗村修さんだった。

”プロになるため”に。すべての時間・行動がそれ中心となる。
「その瞬間からは、高校に進学したらどのようにしたら自転車に乗れるかっていうことを基準に考え始めました。近隣には強豪自転車部のある高校もありますが、有名な競輪選手は輩出しているけどロード選手向けではなかったんです。
ですから、ロードに専念できるようなスタイルの高校を選びました。土日の両方が休みで(当時は土曜日にも授業があった)、遠征に行けるという理由だけで選んだんですよね」

人との出会いが畑中少年の目標になった

ここでも運命的な出来事が起きる。
「そこでラッキーなことに、面白い先輩とやる気のある顧問の先生を見つけて、自転車部を創設したんです。
入学式が終わった直後くらいに声をかけられて。当時はアマチュアのレースに中学生で走っていたので、その結果を見ててくれていたみたいで。
知らない先輩から“お前、自転車強いんだって?自転車部作ろうぜ”って言われて。
そこから一気にですね…創部1年目でインターハイに行きました。
そもそも部がなくても全日本選手権などは個人でも出られたので、そっちでやろうと思っていました。
でも高体連で走ることでインターハイに出場することができ、日本代表にも選出されやすくなりましたね。そういうチャンスは自分の力というよりも出会いによる影響が大きかったですね」

高校自転車部時代。関東大会で入賞をしたときの記念写真(提供:前田圭さん)

インターハイは3年連続3回出場し最高成績は2位。全国選抜と全日本選手権は優勝をするという輝かしい成績を残した。当時は指導者はいたのだろうか。
「通っていた自転車屋さんと栗村さんからアドバイスをもらっていましたが、基本的にすべてセルフでやっていて一度も練習を”やらされた“ことはなかったです」
大きな節目に大切な出会いがあり、そして進むべき道を自ら切り開いていった。そのチャンスを活かせたのも実力と努力あってこそだろう。
「今の時代なら情報を手に入れやすいけれど、逆に誤った情報も多く流れています。当時は本当に、人との出会い以外に情報の収集ができないので、すごくラッキーだったと思います」

高校卒業後は進学をせずにブリヂストンアンカーのサテライトチームへ進む。目標はヨーロッパで走ること。
「ヨーロッパへ最短で行くにはこれしかないかなと。高校卒業して4日後にはフランスへ。免許をとって初めて運転したのはフランスの地でした。
スポーツ推薦で大学へ進学することも魅力的でしたが、目標はやはりヨーロッパのプロ選手。
高校生の時にもジュニア日本代表の遠征がありましたが、アジア選手権かワールドカップのレースを選ぶことができました。アジア選手権のほうが格上ですが、僕は経験のためにヨーロッパ系の選手が集まるようなレースへ出向きました。
また春休みを利用して、スペインでレースを転戦したり、色々準備を進めていたので、いずれ海外へ行くというのは決めていました。
当時は若いがゆえ現実が見えていないというのがありましたけど、やっぱりトライするしかなかったですね。
当時のU23の日本代表がヨーロッパ遠征する時に同行しましたが、国内で脚力的には一緒ぐらいの選手がやはり彼の地で一緒に走ると海外レースの経験を積んでいた僕の方がポジション取りが長けていました。そういう意味では本当に行ってよかったなと思います」

しかし喉から手が出るほど欲しかったロードレースの日本タイトルは逃してしまう。
「アンカー時代にはU23の個人タイムトライアルで日本王者になりました。脚力勝負では勝ちましたが……。でも本当はロードレースも勝たなきゃいけなかったんですよ。それが僕のプライドだったし。
でもみんなそれを越えるプライドがあったんでしょう。そういう意味ではロードは負けてしまって。でも、1つ勝ったおかげで一番の売り手市場でエリートに上がれたと思います」

ステップアップをし国内有力チームのブリヂストンアンカーへ昇格する、というのが着実なルートだったが、ここで畑中さんはスキルシマノへの移籍を決断する。
「2008年シーズンは通常だったらサテライトチームからブリヂストンアンカーに上がるところだったんですけど、スキルシマノ(現シマノレーシング)がかなり挑戦的なことをしていて移籍を決めました。半分ヨーロッパの選手で半分日本人選手で、今でいうとセカンドカテゴリーのプロチームでツール・ド・フランスへの出場権利もありました。僕への条件はヨーロッパに住まわせてくれるということでした。オランダのチームでしたので拠点はあのファルケンブルク(アムステルゴールドレースのフィニッシュ地点)ですね。
ステップを飛び越えているっていうところはあるんですけど、それでもヨーロッパのトップクラスに挑戦しようということでプロ登録しました。海外生活は1年、その後何度か行きましたがこれも厳しい世界でした」
ヨーロッパでプロになる。その目標に向けて突き進む。そんな畑中さんにも大きな壁が立ち塞がった。

「オランダは風の中で走るレースだと知識として知っていましたが、さらにレースはレベルアップもしてるわけですから、かなり厳しかったですね。特に1年目は。次第にストレスなど溜まり体調を崩して国内へ戻りました」

オランダでの厳しい生活。体制を整えるために帰国して国内ツアーに照準を変えた。
「それこそ一番の目標であったジャパンカップで優勝してワールドツアーに。そこから目標を変更しました。ツール・ド・フランスへの道はさすがにもう厳しかった。
当時は日本人選手を欲しがる海外チームが結構あり、目が止まるようになんでもいいからとにかくもう1回、ヨーロッパで復活するためにやり方を変えようと。
2010年のジャパンカップでは3位に入り海外チームへのネゴも行い最終候補までは残りましたが、実は結びませんでした」
「ここから日本中心の活動になっていくんですよね。国内活動の中で、アジアツアーを転戦したり国内のトップカテゴリーで勝ったことによって、このもう1回シマノレーシングとしてヨーロッパにチャレンジするようなスタイルになったりしました」

ブリヂストンアンカーサテライトチーム所属時、ジャパンカップはナショナルチームで走った。序盤から終盤まで逃げ続け大いにレースを盛り上げた。

オランダから帰国し5年余りをシマノレーシングで走ったが、チームの方針転換がある契機となる。
「2014年にシマノの方針が若手育成に変更することが発表されます。ちょうどそこでヨーロッパのレースにチャレンジするということを掲げていたチーム右京に移籍しました。ヨーロッパへの道が微かでも見えるチームや環境をずっと選び続けてました。
その中で日本チャンピオンっていうタイトルも手にすることができて」

シマノレーシングではエースとして中核を担い、レースを動かす中心として活躍する(左端が畑中さん)。

日本タイトルを獲得する。

2017年、念願のロードレースの全日本チャンピオンに輝く。
「はい、これは結構遅かったですね。20代中盤には獲りたかった。このジャージパワーでまあ変な話、とにかくヨーロッパのチームに拾ってもらいたいっていうのがありました。国内ツアーでは3回勝って、アジアツアーでも勝っていたんですが、やっぱりヨーロッパに行くにはタイトルも時間も若いうちに必要でした。契約に結びつきやすいのはやっぱり日本チャンピオンチャージだったので、20代中盤なら可能性はあったと思います。ずっとトライしてきたつもりでしたね」

2017年に日本タイトルを奪取。ナショナルチャンピオンジャージに袖を通した。

環境は少しずつ変わっていく。年齢を重ねていくにつれ、考え方にも変化が訪れた。
「やっぱり単純に年齢ですね。加齢によってやり方(練習方法やレースが)が変わってきたので。
でも粘りましたよね。30歳ちょいぐらいまでは、なにかきっかけが無いかなあと思っていましたが、それよりももう1回”日本チャンピオンになりたい”とか“ジャパンカップに勝ちたい”とか。
具体的に何が変わったかというと国内のタイトルとか、そういったところにあのフォーカスしていったっていう。アジアの大会もありました。一番はやはり原点のジャパンカップですね。これまで10位以内に5回入ってるので。
毎年この大会に向けて調子を上げていったので、これに関してはヨーロッパでもう本当の意味でのプロにはなれないのがわかってからもこのレースだけはずっとトライしてきました。自転車始めるきっかけの大会であり、集大成というかね。その気持ちがすごく強いです。
そういう意味ではチーム右京は自分のタイトルを狙えるようなチームでした。
いいタイミングで移籍させてもらって挑戦させていただきました。コロナ禍の影響が残る2021年にはキナンレーシングチームに移籍し現在に至ります」

世界への挑戦を掲げたチーム右京へ移籍し、ヨーロッパへの道を探る。

ツール・ド・フランス出場を目標に掲げるチーム右京からの移籍。決して平坦な道のりではなかった畑中さんの選手生活だが、選手として成熟した今、国内のキナンレーシングを選択した理由とは。

「今のチーム右京とキナンの活動の差はアジアツアーで出られるレースが異なるくらいのほんのわずか。選手にとってはその差って大きいんですけど、ある一定の年齢と実力に収まってきた僕にとっては、その差は小さかった。その現状を踏まえてキナンにオファーさせていただきました。このチームのいいところは評価基準がレースだけじゃないところ。広報にも力を入れているので、レースで勝利するのと同様の価値があるっていうことを言っていただいて。とはいえ若い選手にとってはやっぱり結果が一番大きいと思うんですけど。
これからの年齢であったり、この競技のアプローチの仕方を考える僕にとってはベストなチームでした。今回の機会によって活動の幅が広がりました。今後この国内を盛り上げてこう、ということを考えたときに僕のレース以外の部分のポテンシャルをうまく利用させてもらえるっていうのはありがたいですね。経験や知識を皆さんや後進に伝えるとか、そういった役割もどんどんとこなしていきます」

キナンレーシングチームで走る畑中佑介さん photo:KINAN Racing Team / Syunsuke FUKUMITSU

これからの目標をこう話す。
「ここ3〜4年はコロナ禍もありましたしオリンピックも開催されたし、大きな変化がありました。コロナ禍の影響で旬の選手が海外に行けなかったせいで3〜4年間分の知識が空白になっています。その辺りを補っていければ。国内または、海外にチャレンジしている人、若い選手が注目してもらえるような環境を作りたいなと思ってます。
また全盛期よりも脚力的には衰えてきたけど、経験が生かされる長距離ライドだったり、シクロクロスやオフロード系イベントなどの機会も増え、活動の幅が増えているので、いずれはそういうのもチャレンジしたいですね。
生活にスポーツ自転車全般を取り入れていくっていうのをやっていきたいですね」

今後の活動に向けてコンディションを保つには

今後はレース活動だけでなく、自転車競技の普及に尽力をする。
近い将来では選手としてもまだまだ貢献したいという。そのためのコンディションを保つ方法も体の変化とともに変わっていった。

「若い頃はボディケアを怠っていましたが、ある日気がついて現在はしっかりとやっています。
サプリメントはいろいろと摂っていましたが、当時のサプリメントの摂り方は、コンディショニング維持というよりもどちらかというとパフォーマンスアップを考えていました。わかりやすく言うと、筋肉を大きくするのに効果的なプロテインや、集中力アップのサポートにカフェイン入りのエネルギータブレットを摂ったりとか、パフォーマンスを高める効果を期待してました。
やはり年齢とともに回復力であったり、最大筋力は確実に落ちていると感じます。最近ではオフロードレースやレース中継への出演など、いろんなことにトライしていく中で生活の不規則さも悪影響があります。そこで感じるのはコンディションを維持するには質の良い睡眠時間の確保が大切だということです。
そこで今サポートいただいている還元型コエンザイムQ10などを用いてコンディショニングしていくっていう方向に少し変わってきましたね。
現在はいかに明日へ疲労を残さないように上質な睡眠を心がけ、次の日のトレーニングをするか。またレース連戦が続くシーズン中はとにかく回復力を高めたいっていう感覚ですね」

コンディションキープに還元型CoQ10を活用

「コンディショニングで悩みがあったところに、妻のオススメもあってアスリートQ10を摂るようになりました。しっかり睡眠をとって朝の目覚めがよくなることを狙っています。睡眠時間っていうのは、やっぱり体にとって一番大切だと思います。この質を上げる効果が期待できる環境を作っていけたらと」。

ローディング期間は3錠摂取がポイント

「最初ローディング時期は3錠ほど飲んでいますが、維持する期間は1日1粒から2粒にしています。もうこれで今は十分かなと思ってます。
摂取するサプリメントの量は減ったかもしれないですね。確実に体に必要なものをセレクトして使うというスタイルに変えました。
いろんなトライをしてて、大袈裟ですがバッグの半分とは言わないですけど、どえらい量のサプリメントを持ち歩いてた時期もありました。

質を上げるためにサプリをうまく使っていくというところですよね。そこがコエンザイムの強みではないかなと思ってます。

現在でも筋肉のダメージ回復を期待してプロテインなどを今も使っています。ただ日々の練習量は明らかに昔よりも減少していて爆発的なスプリントの練習も減りましたし、そういう意味では摂取するバランスはコンディショニング用のサプリメントに少し移行しています」

若手と同様に走れるパフォーマンスを維持し続けたい。

「ロードレースの距離感が大好きなので。もう契約がある限り続けていきたいですね。
とはいえ契約があったとしても、やはりチームメイトと一緒に合宿をしたり、一緒にまあまあ会話をしながら生活しているわけですから、この中でやっぱり恥ずかしくないコンディションは作りたいですね。
瞬発力がある若い選手たちのその一瞬で発揮する能力とかには、さすがに抜かれ始めていると感じる部分はあるんですけど、ただレースが始まると、そこを補うような経験が僕にはあります。ゴール後にチームメイトから”あの時のフォローありがとうございます”って声かけてもらえるんですね。
これがなくなるまで全開で選手というポジションを続けたいです。そこにプラスして、これから新しい時代が来ると思うのでレースだけじゃなくて、それこそ年齢を重ねてもマルチにいろんなことやってる選手がどうやって自転車を使って楽しく生きていけるか。自分自身が一番楽しむことによって伝えていきたいですね」

コエンザイムQ10にまつわるTIPS

加齢とともに体内にある量が減少するコエンザイムQ10

還元型CoQ10は、日々、エネルギーを作り出している細胞の中のミトコンドリアにとって必要不可欠な成分です。生命維持や運動に必要なエネルギーは「ミトコンドリア」で作られます。その“エネルギー生産工場”で重要な役割を果たしているのが還元型CoQ10なのです。

いくら優れた栄養素を取り入れても、還元型CoQ10がなければ効率的にエネルギーは作れません。

また活性酸素対策としても期待されています。とても大切な成分なので、カラダで作られるのですが、残念ながら20歳ごろをピークに体内にある還元型CoQ10の量は減少してしまいます。

食品だけでコエンザイムQ10の濃度を上げるのは難しい

食品だけでは血中のCoQ10の濃度を上げるのには不十分(日本人は、還元型コエンザイムQ10を通常の食事から1日あたり約5mg摂取している)と言われています。

レース前後はQ10ローディングがおすすめ

継続して摂取するのがポイント。1日の摂取目安は100mgなので、ソフトカプセルタイプは1日1粒が目安です。たくさんのエネルギーが必要となるレース数日前にはローディングを設けてみたり、追い込んだトレーニングの後には普段より多めの2~3粒にするなど、コンディション作りに役立ててください。

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ATHLETE Q10ラインナップ

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ATHLETE Q10
¥3,780(税込、内容量:30粒)
還元型CoQ10を1粒に100mg配合したサプリメント
内容量/標準20.4g(680mg×30粒)栄養成分表示(1粒あたり)/還元型コエンザイムQ10 100mg

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ATHLETE Q10 GLUTAMINE
¥2,268(税込、10本入り)
還元型CoQ10とグルタミン・乳酸菌を配合したパウダータイプ
内容量/パウダー5g×10本 栄養成分表示(1本あたり)/還元型コエンザイムQ10 30mg、グルタミン 3000mg、ラブレ乳酸菌24億個以上

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ATHLETE Q10 BCAA
¥2,268(税込、6本入り)
レース直前に。BCAA配合でエネルギー効率アップ
内容量/ジェル50g エネルギー68.5kcal 栄養成分表示(1本あたり)/還元型コエンザイムQ10 50mg、BCAA 1000mg、L-カルニチン250mg

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ATHLETE Q10 HIGH-ENERGY
¥2,268(税込、6本入り)
走行中のカロリー補給に!
内容量/ジェル50g エネルギー128kcal 栄養成分表示(1本あたり)/還元型コエンザイムQ10 30mg

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ATHLETE Q10 CAFFEINE
¥2,268(税込、6本入り)
ラストスパートに。カフェイン補給で最後までシャキッと!
内容量/ジェル50g エネルギー114kcal 栄養成分表示(1本あたり)/還元型コエンザイムQ10 30mg、カフェイン 50㎎


株式会社ニューレックス(素材提供:株式会社カネカ)
お問い合わせ 06-6930-5110
https://www.athleteq10.com/

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