2016年10月22日
別府史之 1日密着【後編】 インタビュー
レースでは落車が多いが……。
編:年間を通じてレースでは落車が多いけど、集団の雰囲気はどんな感じ?
フミ:落車は多いですね。これは選手のメンタリティの問題ですね。そこに入ってこないでしょって、ところに入ってくる。ジェネレーションギャップもあるけど、ここ10年くらいで選手同士のリスペクトもなくなってきている。テクニックというか、走る勉強をしていない。ワットとか身体能力は高いけど、テクニックがない。そのスピードでそのコーナーに入って曲がれるのかって。ぶつかりながら曲がってくる選手とかもいる。ブエルタでも最終日に危ない目にあって、近くにコンタドールやキンタナがいて……。
編:リスペクトがないというのは……。
フミ:リスペクトが無い、ほんとに。あわよくば誰か蹴落として自分が自分がって。それはなんか美しくないなって。勝つ人間は一人しかいない。だけど、例えば選手が200人いれば、そこに200通りのドラマがあるんですよ。途中で辞めちゃった選手、すごい辛い思いしてアシストする選手、落車した選手、ステージ優勝した選手、一人一人違うドラマがあるんですよね。生活も削って、身も削って、精神面も削って。だからそういうのを見せてあげられると面白いのかなって。勝った選手だけじゃないですよね。こんな競技ほかにないですよね。
編:他の競技を見たとき、例えば、ボクシングや柔道とかは、階級別で世界チャンピオンがいっぱいいて。ボクシングだったらその中でも3団体ぐらいあって、何人世界チャンピオンいるの、って。それをUCIの中で、例えば50kg台の世界チャンピオン、60kg台のってやったら、もしかしたら20~30人はチャンピオンが誕生しちゃうかなと。無差別級でずっとやっているようなもの。
フミ:ステージレースなんかは全部のカテゴリー、無差別級の差が出るスポーツなんですよね。アップダウンがあったり、長距離が得意な選手や、短距離が得意な選手とか。もちろん一発勝負でヨーイドンで勝負したらちょっとわからないけど、でもシーンによって活躍できる場所がそれぞれの選手にあるってのが面白味なのかなってのは思いますね。だから「あの選手が勝ったの!?」っていうサプライズもあるし、「この選手はスプリントが得意だから当然だよね」とか「この選手は体重が軽くて小柄だから上り得意で当然だよね」とか。そういうのがあるから自転車レースって、いろんなタイプ別の選手がいるから面白いのかなって思うです。例えばオリンピック1つだけにこだわっちゃうと面白味がちょっと半減しちゃう。だから、例えばジャパンカップだったら、クリテリウムで走れる選手もいるし、本戦で走れる選手もいるし。得意・不得意が極端に出るスポーツ。
なぜこの過酷なスポーツを続けるのか。
ほんとうに過酷なスポーツ。時間的な割合で言ったら……。華やかな部分とそれ以外部分の差が大きい。だがその世界で13年目。どうやってそのやる気を、頑張り続けることができるのか。
フミ:僕1人じゃ走れないですよ。自分は1人じゃないし、支えてくれる仲間、スポンサーがいるし、観客・ファンの人。もちろん練習しているときは1人なんだけど、でも結果出すためにはいろんな人の気持ちを背負いながらやれているっていうのがすごい力になってるのかなって思うんですよ。やっぱり「一人じゃない」。トレーニングしているときはすごい孤独で、すごい地味なんですよ。だから苦しい時期もあるし辛い時期もあるけど、僕個人としても自分のためだけに走ってないんですよね。どっちかっていうと人のために走ってるってのがすごい大きくて。たかが自転車レースで、勝った負けたのというレースだけど、でもこれで人が幸せになってくれたらいいなあってすごい素直に思えるし、喜んでくれたらすごい嬉しいし。そういった中でモチベーションを上げているっていうのがあって。
編:シャイン・オン!キッズによって巡り会ったハル君のエピソードもそうだけど、そういう活動を行なっているフミの行動が理解できますね。※2
フミ:なんか出会いっていうのは、僕もいろんな人と巡り会って出会ってきて、こうしてプロに、そこまで駆け上がっていくまでにたくさんの人の、協力って言ったら変だけど、なんだろ、応援っていうか支えがあって、頑張ってこれて今があるんだなって思えるし。やっぱりその、周りで支えてくれる人の力が。だからもちろん僕のやってることは、スタートしてゴールして勝った負けたなんですよ。だけどその中で何が一番力になってるのかなっていったら、すべての気持ち次第なんですよね。楽しいのか、好きなのか。今回ブエルタ・ア・エスパーニャ走ったときにも感じたんですけど。情熱の国って言われているだけあって、実際パッションを感じる熱量があるんですよ。だから今回ブエルタ・ア・エスパーニャを走ってその熱量を感じることができたことが、すごくよかった。そういうことを経験させてくれる自転車競技が改めてやっぱり好きなんだなって。
編:ブエルタは選手も運営もリラックスしていて、気持ちよく取材もできて。
フミ:ツールとかはシステム化され過ぎているから、形が決まってるっていうか、あんまり面白味がなくなってきているなぁと。作りあげられているからこそ、注目度が高く、見ている人が多いという面で面白いかもしれないけど。イタリアとかスペインは違うんですよね。やっぱラテン系なんでしょうか。任侠の世界じゃないけど、選手それぞれの気持ちを見せるレースなんですよ。ロードレースの原点ってそこにあって、だからこそ、そこに魅力があると思うんですよ。人に魅せる競技なんですよね。
“江戸前の旬”っていう、江戸前の寿司屋の話があって。コハダっていうと江戸前では高級品。それはお寿司屋さんのプライドだから、コハダや初ガツオの初物は、本マグロのトロよりも高い値段で競るんですね。それは寿司屋さんの意地で、見栄であって誇りであるから、わざわざそれを買い叩いたりなんかしない。漢気なんですよ。そういうのが、勝った負けたじゃないけど、ホイールが前に出た、後ろに下がったっていうのと、同じなんじゃないかなって思う。今失われつつある粋な生き方っていうのが、自転車ロードレースなんじゃないかなって思うから。やっぱり卑怯っていうか、セコイ走りをしていると、どこかでその綻びが出て、勝てないんですよ絶対。だから前で、前で戦って、出し切った人間が勝つ。
無線を聞いて走ってなきゃいけないんですけど、だけど僕らはイヤフォンを外して、情熱すべて出して、限界まで出しきって勝った負けただから。もう野生っていうか本能の感覚なんですよね。そういう感覚になるスポーツってたぶん他にないし。でもそれってなんか、人が本来持っている感覚、人間として持っている感覚なのかなって。それを出せるのが誤魔化しの効かないのが自転車競技なのかなって思えるんですよ。
最近は自転車に乗る人が増えているけど、そういうところに触れられるんじゃないかなって。会社の仕事したりとかして、ストレスとかもいろいろあったりとかして。でも自転車乗ることによって今まで以上に自分を追い込むこともできて、「あ、今までこんな自分見せたことなかったけど、これだけできるんだ」って。ヒルクライムで山を上り切った達成感とか、そういうところに繋がってくるのかなって。ペースは違うしれないけど、それぞれが自分の限界まで追い込んだって。だから僕は、そういう自転車競技に惹かれるんですよね。純粋に本能っていうのがすごい魅力なんですよ。
編:そうなってくると辞める理由が見つからないというか、そう理解できるな、と。
フミ:でもそれが自転車じゃなくてもいいんです。みんな命がけで、生き残っていかなきゃいけない。それでどうすれば生き残っていけるかっていうのもサバイバルだし、そういう中で生きていかなきゃいけないんですよ。日本では悶々としていても暮らせる世の中で、いっぺん日本から外に出たら絶対そうはいかないですからね。僕は一般の人でも、やっぱり輝いていてほしいし、粋であってほしいんですよ。なにか筋の通るものがあってそれ夢っていうとすごくおおざっぱだけど。その生き方っていうか、ロマンってあるじゃないですか。ロマンってそれなのかなって思うんですよ。人のロマンって。他の人が見たらくだらないなあって思うかもしれないけど、それに情熱を燃やせるっていうのが。ロマンってなんだろうって思ったときに、それはなんだろうって。いやでも僕は幸せ者ですね。ほんとに、多くの人が応援してくれるって幸せなことだって思うし、力になるし、嬉しいことですね。
(協力:トレック・ジャパン 写真/編集部)
※2/シャイン・オン!キッズ のビーズが繋げた出会い。くわしくはこちら。
著者プロフィール
山本 健一やまもと けんいち
FUNRiDEスタッフ兼サイクルジャーナリスト。学生時代から自転車にどっぷりとハマり、2016年まで実業団のトップカテゴリーで走った。自身の経験に裏付けされたインプレッション系記事を得意とする。日本体育協会公認自転車競技コーチ資格保有。2022年 全日本マスターズ自転車競技選手権トラック 個人追い抜き 全日本タイトル獲得