2015年11月05日
【菊地武洋】大人になれない自転車バカ
FUNRiDEがWebメディアとして生まれ変わると聞いたのは、紙媒体の休刊から間もないころ、試乗会へ向かう羽田空港の国際線ターミナルだった。新しい媒体との関わりは、つねに楽しみだし、ぜひとも手伝わせてほしいとお願いした。そして、運良くスペースをもらえることになったので、ひとりのサイクリストとして、ときに専門家の立場から書こうと思う。第1回は僕が手掛けることの多いインプレッションについて。
自転車にそんなに差があるの?
パーツの違いなんか、乗っていてわかる?
初心者じゃわからないんでしょ?
むつかしく考える人もいるけど、実は自転車のインプレは簡単だ。違いを感じることは、誰にだってできる。同じ場所、同じパーツ構成、同じタイミングで乗り比べればいい。神経を研ぎ澄ませて……なんてしなくても、違いはすぐに感じる。それが条件が変わってくると、少し経験が必要になってくる。
自転車で走ったときの印象はフレームだけで決まるわけじゃない。
フレームは主役かもしれないが、脇役次第でまったく違うモノになる。その代表例はホイールだ。こいつが違ってしまうと、初心者は加速もコーナーリングのイメージも変わってしまうので、ホイールのインプレなのか、フレームが主なのかわからなくなってしまう。タイヤの銘柄が違えばもちろん、空気圧の違いによっては印象は大きく違う。サドルもハンドルも、同様に印象に大きな影響力をもっている。一緒にテストしているライダーがいると、仲間の意見にだって引っ張られやすい。
自転車は多くのパーツの集合体。だから、その数の分だけ複雑に要素が絡みあって印象を決めている。よく「ホイールが違うと意味がない」とか「サドルが……」と言われるけど、天気やコースだって、良し悪しに関係している。もっとも、僕は走っているときに自転車の性能など考えない。ちょっとは感じることもあるけど、性能について考えながら乗るのは仕事の時だけだ。
先入観をもたないようにする。これが仕事で乗るときに気をつけていることだ。寸法や角度、値段は乗る前に調べない。自分の感想とスペックを照らし合わせることもあるが、最近はほとんどしない。
タイヤを×××に換えたら、こうなるかなぁ……。この乗り心地の良さの主たる理由は×××だろうな……。といった推察はするし、実際にパーツを交換することもある。予想通りに乗り味が変わったときは嬉しいし、そこからはアレコレ考える。完成車のインプレというのは、興味のほとんどがフレームに集中するけど、それは料理で言えば素材のひとつ。どう味付けをしていくかが、美味しい料理の決め手である。
自転車の性能=フレームの性能、ではない。
子供の頃、音楽の時間に曲を聴かされて「使われている楽器を当てなさい」というテストがあった。自転車に乗って、フレームの性能だけを語るのは、あのテストに似ている。全体像を捕らえるのではなく、全体から引き算で考える。けれど、フレーム以外のパーツが奏でる音はノイズではない。1つの楽器が良くても、全体のバランスが悪ければ、いい演奏とは言えない。
それでもインプレ記事が成立しているのは、フレームには相応のパーツが……という不文律があるからだ。10万円のフレームに50万円のホイールを装着するような、非現実的な組み合わせをメーカーも記事も推奨してはいけない。もし、入門者用モデルに「ボーラ35を入れれば、加速はよくなるだろう」なんて書いてあったら、書き手の良心を疑われてしまう。インプレ記事というのは、自転車とともに書き手を読み解くもの。うっかりした褒め言葉を選んで、薄っぺらなヤツだと思われないように精進しなくては。
(写真/和田やずか 文/菊地武洋)
著者プロフィール
菊地 武洋きくち たけひろ
自転車ジャーナリスト。80年代から国内外のレースやサイクルショーを取材し、分かりやすいハードウエアの評論は定評が高い。近年はロードバイクのみならず、クロスバイクのインプレッションも数多く手掛けている。レース指向ではないが、グランフォンドやセンチュリーライドなど海外ライドイベントにも数多く出場している。